事件のその後
旧王都の経済界に激震が走った。
旧王都でも屈指の大商会であるクーネベルト商会に対して、大公家騎士団による大規模な捜索が行われたのだ。
容疑は、違法薬物の密輸幇助、および未成年者の違法人身売買だ。
孤児院から子供を違法に買い取っていた件については、クーネベルト商会会長の別邸でも捜索が行われ、裏庭から複数の子供の遺体が埋葬されているのが見つかったそうだ。
別邸の地下室からは、おぞましい拷問道具の数々も見つかったそうで、社会的には人格者として知られていた会長の裏の顔が暴かれることとなった。
裏庭に埋葬されていた子供の遺体は、教会から消えた孤児の数を上回っており、旧王都で発生していた子供の行方不明事件との関連も調べられているらしい。
教会関係者による不正の話を知った時点では、相当時間が掛かると感じたが、俺の予想を遥かに上回るペースで捜査は進んでいるようだ。
その理由は、騎士団による尋問なのだろう。
偽名を使って手引きを行っていた裏組織の一員オルデレスでさえ音を上げる拷問と言う方が相応しい尋問に、商会に所属するような人間が耐えられるはずがない。
商会を丸ごと封鎖、カギとなる人物を尋問して証拠を押さえる。
お客からの預かり品だという荷物の中から違法な薬物が出て来たり、表の帳簿とは別に薬物密輸に関する帳簿が見つかったりすれば、言い逃れなど出来るはずがない。
苛烈な尋問と徹底した捜索の繰り返しによって、クーネベルト商会の闇は次々と明らかにされていったそうだ。
当初、騎士団としても大商会が潰れると大きな影響が出るので、極力逮捕する人間を絞って商会を継続させる方向で動いていたらしい。
ところが、調べが進むほどに裏取引に関わっていた人物が予想を超えて増えてしまったので、商会の存続は難しくなっているようだ。
幼児の売買、虐待死の張本人である会長、それを知りつつ子供の調達や後始末に関わった家宰は死罪を免れないだろうし、密輸関連で幹部がゴッソリ抜けたら潰れるのも已む無しなのだろう。
クーネベルト商会の捜査が進む一方で、暗礁に乗り上げているのが裏社会に対する捜索だ。
孤児の売買を主導していたソルタンドは、騎士団に捕縛される前に毒を飲んで死んでしまった。
違法薬物の密輸に関する帳簿は、娼館にあるソルタンドの部屋から発見されたが、全ての証拠がそこで途絶えてしまっている。
ソルタンドは、旧王都を仕切っているボスの一人であるフーバーの側近だと知られているが、そのフーバーへ辿り着く道筋がブッツリと途切れてしまっているのだ。
密輸した薬物はどこにやったと、ソルタンドの手下の一人で、オルデレスに会いに行ったところを捕縛したベイツを尋問しても口を割らなかったそうだ。
ただ、違法薬物のその後について、供述をした者もいたそうだ。
密輸された薬物は、ソルタンドが管理する倉庫へと運び込まれ、フーバーの手の者が引き取りに来ていたらしい。
ただし、薬物を引き取りに来た人物の名前も特徴も何一つ分かっていないらしい。
倉庫の番をしている人間は、二枚の金属板を合わせると一枚の板になる割符の片方を渡されていて、割符を持参した人間に薬物を渡していたそうだ。
毎回、倉庫を訪れる人物は変わっていて、誰一人名乗ったりもしなかったらしい。
倉庫番も頻繁に交代させられていて、受け取りに来た人物と言葉を交わす事すら禁じられていたそうだ。
フーバーとソルタンドの関係を考えれば、割符を持参して薬物を引き取りに来たのはフーバーの手下だと考えられるが、割符を処分されたら証明のしようがない。
どうやら、フーバーはトカゲの尻尾切りに成功したようだ。
「現状での事件の経過は以上になります」
事件のその後を知らせるために、わざわざチャリオットの拠点を訪れてくれた大公家騎士団のレーブは、話し終えた後で悔しそうな表情を隠さなかった。
「フーバーの手下を捕らえて、ちょっと手荒に尋問する……とは、いかないんですか?」
「難しいですね。取りに行かされた品物が違法薬物だと知っていなかった可能性もあります」
「割符まで使って、喋るなと指示されて、まともな品物だとは思わないでしょう」
「それが、中身は普通の品物だが、今後の重要な取引を任せるための練習だ……とか言ってやらせる場合もあるそうなんです」
フーバーとソルタンドが繋がっているのは周知の事実だが、それを証明するための薬物の引き渡しについては、証拠を残さないように細心の注意が払われてきたようだ。
「では、その割符でも見つからないと証明のしようが無いんですか?」
「そうですね。その割符もとっくに処分されてしまったでしょう」
レーブはソルタンドの手下から回収した割符も持参していたが、見た目は直径七センチほどのメダルをギザギザに割ったものだ。
両面に彫刻が施されていて、二つを合わせると絵柄もピッタリと合うように作られているそうだ。
「随分と精巧ですけど、どうやって作るんですかね」
「こうした割符は、最初に割った状態の木型を作り、それで砂型を作って鋳造するそうです」
「この割符を作った職人は分からないのですか?」
「探せば見つかるかもしれませんが、おそらくソルタンドが発注した物でしょう」
「辿ってもフーバーに行きつかないように……ですか?」
「おっしゃる通りです」
「本当に、いつでも切り捨てられるようにしていたんですね」
「そうなんですが、それに見合っただけの甘い汁を吸わせていたのでしょう」
今回フーバーに切り捨てられたソルタンドも、手下であるオルデレスやベイツを切り捨てられるように準備していたようだが、俺がボイスレコーダーを使って阻止した。
そして、自分が騎士団に捕縛されると決まった瞬間、ソルタンドは毒を飲んで自殺してフーバーへの繋がりを自ら断ち切った。
「単純に利用し、利用されるだけの関係では無かったという事ですか?」
「甘い汁を吸わせる他に、家族や恋人の所在を掴まれているとか、弱みを握られていたりするようです」
フーバーという男は元冒険者としてダンジョンにも潜っていたそうで、利益を与えたり、弱みを握ったりの駆け引きは当時からもやっていたらしい。
「大公家はフーバーは野放しにしておくのですか?」
「今のところは泳がせているという感じです。ただし、違法薬物の取り締まりは今回の一件に絡めて強化していきます」
「とりあえず、ソルタンドの一味を一掃したことで勢力を削いだ。それに加えて収入源である違法薬物の取り締まりを強化して弱体化を図るといった感じでしょうか?」
「裏社会の連中が必要悪だなどとは申しません。法に背いて私腹を肥やそうなどという連中はいない方が良いに決まっています。ただし、一度に壊滅させようとすると捨て身の抵抗を図る可能性が高まります」
「そこで弱体化させてから壊滅させようという作戦ですね」
「おっしゃる通りです。焦って荒っぽい手口で稼ごうとするならば、その時は徹底的にこらしめてやりますよ」
どうやら今回の一件で、裏社会の勢力の一つを完全に潰すところまでは行かなかったようだが一定の成果は得られたらしい。
ダンジョンの発掘方法が変化し、これまでのように腕っ節頼みの探索者は必要とされなくなり、旧王都自体大きな変革の時を迎えている。
住民の身元確認が厳しくなったことで、今まで流れ込んできた脛に傷を持つような連中は数を減らしていくだろう。
治安も良くなっていくだろうし、裏社会の連中も変革を迫られることになるのだろう。





