新しい教会関係者(後編)
俺達が近づいて来るのを見て、運動場で遊んでいた子供達が物珍しそうに寄って来た。
俺はてっきりカタリナ司祭の所に子供達が集まるものだと考えていたのだが、子供達が声を掛けたのは別の人物だった。
「ロルディオさん、その人だぁれ?」
「こちらは、ニャンゴ・エルメール名誉子爵様だよ」
「えぇぇ……貴族様?」
「そうだよ、みんな失礼の無いように、さぁ挨拶しようか」
「こんにちは」
子供達は、大公家から派遣されてきているロルディオさんに促されて、不思議そうな顔をして俺に挨拶してきた。
「俺、知ってるぞ。この前、見に来てた人だ」
ギルドの職員デニスと一緒に立ち入り調査に訪れた時に、見本役をやらされていた子供だろう。
「見に来ても、爺に騙されて帰っちゃったんだ」
一旦ギルドに引き返し、更に大公家に回ってから戻って来たので、孤児たちの目から見たら、そう思われてしまうのかもしれない。
「あっ、あいつ、ここから逃げ出した奴だ!」
「あのチビもだ!」
思っていた通り、子供達はナバレロとチターリアを憶えていた。
さて、どうやって説明しようかと考えていたら、俺より先にロルディオさんが口を開いた。
「はいはい、みんな、ちょっと聞いてくれるかな」
騎士団が踏み込んで教会関係者を捕縛した後から、ロルディオさんは孤児院の環境改善に務めてきた。
新任のカタリナ司祭やジャンヌよりも、子供たちはロルディオさんが一番頼りになると思っているのだろう。
「みんなを助けてくれるように、大公様のお屋敷に知らせてくださったのが、エルメール名誉子爵なんだよ。さっき、テドロが騙されたと言っていたけど、騙された訳じゃなくて、ちゃんと事態を見抜いて知らせに来て下さったんだ」
「じゃあ、その黒猫さんが助けてくれたの?」
「その通り、エルメール名誉子爵が力を貸して下さったから、みんなは今の生活が出来るようになったんだよ」
「そうなんだ……騙されたんじゃないんだ」
ロルディオさんの話を聞くと、子供達が俺を見る目が明らかに変わった。
というか、俺はあちこちに知らせて回っただけだから、そんなに感謝されるほどではないんだけどね。
「それから、ここにいる二人が、孤児院が酷い状態だとエルメール名誉子爵に知らせてくれたんだよ。二人が知らせてくれなければ、エルメール名誉子爵も孤児院の状況に気付けなかったそうだよ。今の暮らしが出来るのも、この二人が知らせてくれたおかげだよ」
「おぉ……そうなんだ」
二人に対する敵視するような空気も、目に見えて緩んだ気がする。
「では、みんな、二人が孤児院に戻って来たら、仲良くできるかな?」
「いいよ、仲良くする」
たぶん、生活の質が劇的に改善されて、子供達の心にも余裕が生まれたのだろう。
もし、着る物にも食べる物にも困るような生活が続いていたら、これほど簡単に受け入れては貰えなかったはずだ。
「ナバレロ、チターリア、一緒に遊んでおいで」
「う、うん……」
ナバレロも、レイラの腕から降ろされたチターリアも、どうして良いのか戸惑っていたが、ロルディオさんに促されて誘いにきた子供達に連れられて、一緒に遊び始めた。
ぎこちなかったのは最初だけで、同年代の子供同士とあって、すぐに馴染んだようだ。
「エルメール卿、孤児院の中もご覧になられますか?」
「はい、どう変わったか見せてください」
ロルディオさんに案内されて孤児院の内部へと足を踏み入れると、先日とは明らかに空気が変わっていた。
この前来た時には、ジメっとしてカビ臭い感じで生活感が感じられなかったが、隅々まで掃除されて、心なしか明るく感じる。
一番変わっていたのは、水回りで、水浴び場だった所には大きな浴槽が設えられていて、竈や魔道具でお湯が沸かせるようになっていた。
更に、孤児院専用の炊事場が増築されていて、子供達のための食事はここで用意されるようになったそうだ。
炊事場には多くの食材が積まれていて、三人の調理人が仕込み作業を行っていた。
この調理人も大公家から派遣されているらしい。
「カタリナ司祭、ファティマ教からはどのような支援をしていただけるのでしょうか?」
「ロルディオさんと相談いたしまして、主に勉強を教えることになっております」
「内容は、どんな感じですか?」
「『巣立ちの儀』を終えたら、すぐにでも働きに出られるように、読み書きと計算、それと王国の法律に背かないように道徳も教えてまいります」
「掃除や洗濯など、身の回りの事もやらせるのでしょうか?」
「はい、しっかりと自立できるように、調理なども教えていこうと考えております」
以前の状態と比べたら、天と地ほどの差がある。
教室兼食堂には、以前には無かった本が置かれていた。
読み書きの教本の他に、薬草や魔物の辞典も置かれている。
こうした本は、冒険者ギルドから提供されているらしい。
一獲千金の夢がある冒険者は、普通の子供にとっても憧れの職業だから、孤児院の子供も興味を持つだろう。
興味を持った本を読みたければ、当然読み書きの勉強にも身が入るという訳だ。
ついでに冒険者ギルドにとっては、新規冒険者の勧誘にもなる一石二鳥の効果が期待できる。
「うん、これなら二人を安心して預けられます」
「これまで、大公家は孤児院の運営について関心を払ってまいりませんでした。これからは、お金も口も手も出していく所存です。エルメール卿にも、またご協力をお願いするかもしれませんが、その時にはよろしくお願いいたします」
「俺個人で出来る事には限りがあるので、大公家の支援には感謝しています。今後ともよろしくお願いします」
ファティマ教に任せきりでは少々心配だったが、大公家がロルディオさんのような人材を派遣してくれるならば大丈夫だろう。
「カタリナ司祭も、よろしくお願いしますね」
「はい、今回の一件では私どもファティマ教の関係者が多大なご迷惑をお掛けいたしました。今後は、あのような不祥事を引き起こさなように、大公家やギルドにも協力を仰いで孤児院を運営してまいります」
「よろしくお願いします」
ロルディオさんに、持参したナバレロとチターリアの着替えを渡して、このまま二人を預かってもらう事にした。
孤児院の経営が修正されなかったら、このまま二人を引き取るのも止む無しと考えていたが、これだけの環境が整っているならば、ここで暮らした方が良い気がする。
孤児院の外に出ると、ナバレロもチターリアも遊びに夢中で、こちらには気付いていないようだ。
改めて挨拶をすれば別れづらくなって、湿っぽくなってしまいそうなので、このまま声を掛けずに帰ることにした。
教会でロルディオさん、カタリナ司祭と握手を交わし、改めて二人のことをお願いした。
ジャンヌは……まぁ、二人は禁忌を冒した訳じゃないから大丈夫だろう。
教会を出たところで、レイラに抱え上げられてしまった。
「何も言わずに来ちゃって良かったの?」
「うん、別に二度と会えない訳じゃないからね」
「それもそうね」
「それに、子持ちになるのは、まだ先でいいや」
「ふふっ、子供がいたら安心して踏み踏み出来ないものね」
「それは……まぁ、そうかな」
「しょうがない、今夜はいっぱい踏み踏みしていいわよ」
「それは……考えとく」
熟考の末に、この日の晩はいっぱい踏み踏みした。
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