新しい教会関係者(中編)
「カタリナ司祭、確認しておきたいのですが、ファティマ教は猫人を差別したりしませんよね?」
「勿論です。ファティマ教会の扉は全ての人に対して開かれています」
「では、ジャンヌさんが俺を敵視するのは、魔物の心臓を生で食べたと思っているからですね?」
俺は魔物の心臓を生で食べた事を自慢げに話して回ったりはしていないが、『魔砲使い』なんて呼ばれるほどバカスカ魔法を使っていれば、推察されても仕方ないだろう。
一般的な猫人は魔力が少ないし、普通に魔法を使う猫人ならば、魔物の心臓を生で食べたと思われても仕方ないのだ。
「エルメール卿は……お食べになられたのですか?」
カタリナ司祭の質問に、俺はキッパリと答えた。
「はい、食べました。でなければ、これほど強い魔法が使えていません」
「それみろ、やはり禁忌を冒していたのではないか!」
ジャンヌが鬼の首でも取ったかのように息を吹き返したが、そんなのは想定内だ。
「ファティマ教では禁忌とされているけど、王国には魔物の心臓を生で食べるのを禁ずる法律は無いよ」
「だが、ファティマ教では禁じられている。その禁忌を破った者が、大きな顔をして教会に足を踏み入れるな!」
「はぁ……カタリナ司祭が言った言葉を聞いていなかったの? ファティマ教会の扉は全ての人に対して開かれているって」
「ふざけるな! それはファティマ教の戒律を守る者であって……」
「ジャンヌ! それは違います」
「カタリナ様……」
「ファティマ教は、たとえ禁忌を冒した者であっても、教会を訪れて祈りを捧げる事を禁じていません」
ファティマ教で魔物の心臓を生で食べるのを禁じているのは、イスラム教の豚肉やヒンズー教の牛肉のようなものだ。
厳格に守る人にとっては凄いタブーだが、一般人にとってはわざわざ魔物の心臓を生で食べようとは思わない……程度の感覚なのだ。
猫人みたいに生まれつき魔力が低い人種でなければ、魔物の心臓を生で食べなくても工夫次第で何とかなってしまう。
そして、魔力の少ない猫人は冒険者になるのが稀だから、魔物の生の心臓を手に入れる機会が無い。
俺のように、猫人なのに冒険者を目指して、それこそ命懸けでゴブリンを倒し、生の心臓を手に入れて食べる奴なんてレアケースなのだ。
「俺は、ファティマ教が禁忌としている事には賛成しています。確かに魔力が高まるけれど、副作用が大きすぎる。やり方を間違えれば、本当に命を落とすからね」
「だったら食わなきゃよいだろう。過ぎたる力を求める必要など無い!」
「それは、狼人だから言える言葉だよ」
「どういう意味だ!」
「体格にも魔力にも恵まれているから、どちらも持たない者の苦しみを理解出来ていないんだよ。俺の体格で腕力頼りで魔物が討伐出来ると思う? 『巣立ちの儀』を受けた日に、冒険者ギルドで測定して魔力指数が三十二しか無くて、魔法で戦えるようになると思う?」
「だったら、冒険者なんて諦めれば……」
「ふざけるな! なんで諦めなきゃいけない! 猫人に生まれたら夢を諦めろと言うのか!」
ファティマ教の教義を守ることばかりに固執して、猫人の実情をまるで理解しようともしないジャンヌに腹が立って、ぶちキレてしまった。
「俺はファティマ教が魔物の生の心臓を食べるのを禁忌としているのを否定しない。だが、禁忌と分かっていても夢を叶えるために手を伸ばした者を拒絶するなら、俺はファティマ教を否定する!」
「お、落ち着いて下さい、エルメール卿。ファティマ教は、何人たりとも拒絶したりしません。たとえ禁忌を冒した者であっても、法を破った者であっても、女神ファティマ様に祈りを捧げたいと思う者は、どんな人種の者であっても受け入れます」
俺の剣幕に驚いて、カタリナ司祭が必死の形相でジャンヌとの間に入った。
「すみません、少し熱くなりすぎました。でも、持たない者の苦しみを、与えられなかった者の足掻きを、もう少し理解してもらいたいのです」
「も、申し訳ありませんが、戒律を変える訳には……」
「勿論、そこまでは望んでいません。ただ、禁忌を破らざるを得なかった者達を非難しないで欲しいんです」
「分かりました、私が司祭を務めている間は、この教会では禁忌を冒した者であっても、温かく迎え入れるとお約束しましょう」
カタリナ司祭は俺に向かってハッキリとした口調で約束した後、まだ不満そうな顔をしているジャンヌに向き直った。
「ジャンヌ、貴方はもっと寛容さを身に付けなさい。人は弱い者です、時には戒律を破り、時には道義に外れ、時には法を破ってしまう事もある生き物です。それでも、悔い改めて、前を向こうとするのもまた人間です。禁忌を破ろうとしている者が居るならば諫めなさい。ですが、やむを得ず禁忌を破ってしまった者に対しては、ただ咎めるのではなく、その理由に寄り添いなさい。私たちは、共に学び、教え導く者です。咎めて拒絶するのは、私たちの役目ではありません。分かりましたか?」
「はい……司祭様」
孤児院の運営状況を確かめに来たはずなのに、物凄い勢いで脱線してしまった。
というか、半分ぐらいは俺が脱線させてしまった感じだ。
そろそろ、本題に戻るとしよう。
「すみません、カタリナ司祭。本来の訪問目的からだいぶ逸れてしまったので、そろそろ本題に入らせて下さい」
「はい、お伺いいたします」
「前任の教会関係者によって、杜撰な孤児院運営が行われていた件については承知されていらっしゃると思いますが、実はその孤児院の状況を知らせてくれたのが、この二人なんです」
カタリナ司祭に、ナバレロとチターリアを紹介して、二人と出会ってからの経緯を掻い摘んで説明した。
「では、この二人もご家族が居ないのですね?」
「はい、一時的に俺の所で預かっていますが、同年代の子供達との社会性や教育を受けさせるには、孤児院の方が適しているのではないかと考えています」
「なるほど、確かに大人ばかりに囲まれているよりも同年代の子供と過ごした方が良いですね」
「はい、ただこの子達は、一度孤児院の子供達から拒絶されているので、戻っても上手く馴染めるのか心配なんです」
子供同士だから何日か一緒にいれば大丈夫……なんて考えて、実は深刻な状況になったりしたら洒落になりませんからね。
「確認させていただきたいのですが、この二人がエルメール卿に孤児院の劣悪な環境を訴えたことで、今回の摘発に繋がったのですね?」
「はい、その通りです」
「ならば、この二人が孤児院を惨状から救った一番の功労者という事ですよね?」
「あぁ、確かにそうなりますね」
「でしたら、それを最初に孤児院の子供たちに伝えれば良いのではありませんか?」
「なるほど……それならば受け入れてもらえそうですね」
「とりあえず、孤児院の現状をご覧になって下さい」
カタリナ司祭に案内されて、教会の裏口を出た途端、驚いてしまった。
「えぇぇ……木立が無い」
「はい、周囲から隔絶するような木立は必要無いと思い、全て伐採して子供らのための運動場にいたしました」
大公家のロルディオさんが、自慢げに説明してくれただけあって、子供たちが笑い声を上げながら楽しそうに遊んでいた。
前世を過ごした日本の公園のように、滑り台やブランコなどの遊具がある訳ではないが、安全に走り回れる場所があるだけでも子供は楽しく遊べるものだ。
走り回っている子供たちが着てる服も、粗末な貫頭衣ではなく着古されているようだが普通の服だ。
そもそも、この世界の子供達は、王侯貴族か裕福な家の子供でもなければ、殆どが古着を着ている。
服が汚れているのは、転げ回って遊んでいるからだろう。
運動場の日当たりの良い一角には物干し台が立てられていて、たくさんの子供服が干されている。
洗濯する人は大変だとは思うが、これを見る限りでは清潔な生活をさせてもらっているようだ。
あとは、栄養状態やナバレロとチターリアが受け入れてもらえるかだろう。





