新しい教会関係者(前編)
旧王都のファティマ教会に補充の人員が派遣されて来たそうなので、孤児院の運営状況などを確かめるために行くことにした。
成り行きで預かることになったナバレロとチターリアには、衣食住については与えられているが、あまり面倒を見れていない。
教会の関係者を摘発したり、人身売買に関わった連中を捕縛に行ったりしていたので、昼間はブルゴスさんに預けていた時間の方が多いぐらいだ。
ダンジョンの崩落事故によって両親を亡くした二人が、この先自分の足で歩いていくためには、やっぱり教育が必要だろう。
俺の場合は、前世の記憶を引き継いでいたので、言葉と文字さえ覚えてしまえば、後は普通に生きていけば習慣とかは身に付いたが、二人はまだまだ学ぶ必要がある。
そのためには学校に通う必要があるし、ちゃんとした教育をしてくれるならば、孤児院に戻った方が良いのだろう。
ただし、あくまでも孤児院の生活がきちんと整えられているのが前提だ。
二人を孤児院に戻すならば、それを確かめてからだ。
「なぁ、俺達ここに居ちゃ駄目なのか?」
チャリオットのみんなが護衛の依頼から戻ってきて、色々と構ってもらえるからナバレロは孤児院には戻りたくないようだ。
逃げ出す前の孤児院は環境も劣悪だったみたいだし、ダンジョンの崩落事故以前から居た子供達との間に軋轢もあったそうだ。
「俺達は、依頼で拠点を空ける事も多いからね。ただ、孤児院がちゃんと運営されていないなら、別の方法も考えるよ。まずは確かめてから考えよう」
「そうか、分かった」
孤児院の見学にレイラも一緒に行くと言い出した。
「だって楽しそうじゃない。それに、男の目線だけじゃ分からない所もチェックしないとね」
普段、レイラと出掛ける時には俺は抱えられて移動するのだが、今日はチターリアが抱っこされている。
俺はナバレロと並んで歩いているのだが、目線が同じなのが情けない。
教会は捜索が行われていた時の物々しい雰囲気から平常時に戻り、近所の人々が礼拝に訪れていた。
新任の教会関係者が派遣されてきたと聞いて来たものの、誰に声を掛けようか迷っていたらキチンとした身なりの馬人の男性に声を掛けられた。
「おはようございます、エルメール卿」
「おはようございます。えっと、教会の方ですか?」
「いえ、私は大公家にお仕えしている者で、ロルディオと申します」
「もしかして、教会の方が不在の間、孤児院の運営を担当されていた方ですか?」
「はい、これまでも孤児院は大公家、ファティマ教、ギルドの三者で運営されてきたのですが、我々は資金面の支援が主で、直接の運営はファティマ教に任せきりでした。今回の事態はそうした状況が原因となっているので、これからは運営面の支援も増やしていく事になりました」
「では、孤児院には引き続き人員も派遣して下さるのですか?」
「はい、ファティマ教会と共同で運営してまいります」
ファティマ教のみでの運営には不安を感じていたので、これは良い知らせだ。
「エルメール卿、本日は礼拝にお見えになられたのですか?」
「いえ、今日はですね……」
ナバレロとチターリアを保護した所から、今日の来訪目的までをザックリと説明すると、ロルディオさんが案内を買って出てくれた。
「それでは、赴任して来られた司祭様をご紹介いたします」
「よろしくお願いします」
ロルディオさんに案内された司祭室には、二人の女性が居た。
一人は三十代ぐらいの小柄な羊人の女性で、もう一人は二十代半ばぐらいの体格の良い狼人の女性だ。
「カタリナ司祭様、こちらニャンゴ・エルメール名誉子爵様です」
「初めまして、ニャンゴ・エルメールです」
「お初にお目にかかります、ファティマ教司祭のカタリナと申します。御高名は耳にしておりましたし、王都でご活躍のお姿は何度かお見掛けいたしておりました」
カタリナ司祭は、茶色のふわふわした髪も相まって、とても柔らかな印象の女性だ。
背丈は女性としても小柄だが、修道服を盛り上げている胸の膨らみはかなり豊かだ。
「エルメール卿、こちらは司祭補佐のジャンヌさんです」
「初めまして」
部屋に入った時から睨まれている気がしていたが、失礼の無いように会釈をしたのだが、予想外の反応が返ってきた。
「ふん、汚れたケモノ風情が……」
「ジャンヌ! 申し訳ございません、大変失礼いたしました」
「カタリナ様、禁忌を冒した者に頭を下げる必要などありません!」
「ジャンヌ! 控えなさい!」
カタリナ司祭が厳しく窘めても、ジャンヌは不満そうな表情を隠そうともしていません。
俺としては、無駄な揉め事とか増やしたくないんだけど、何も言わないとレイラがキレそうなので、釘を刺しておこうかね。
「ジャンヌさんは、カタリナ司祭がお嫌いのようですね」
「ふざけるな! 私がカタリナ様を嫌う訳が無いだろう!」
「では、なぜカタリナ司祭に恥をかかせる言動を続けるのですか?」
「恥をかかせるだと……」
「ジャンヌさん、先程ロルディオさんが僕を何と紹介したのか聞いていましたか?」
「はぁ? 覚える必要の無い名前など聞く必要も無いだろう」
「そんな浅はかな考えだから、カタリナ司祭が恥をかくんですよ」
「貴様、調子に乗る……」
「控えなさい、ジャンヌ!」
「カタリナ様、どうして、こんな……」
「控えなさいと言っているのが聞こえないのですか!」
カタリナ司祭の剣幕に押されて黙ったものの、ジャンヌは不満たらたらといった様子だ。
「エルメール卿、重ね重ね失礼いたしました。後ほど厳しく言っておきますので、どうかお許し下さい」
カタリナ司祭は跪いて頭を下げたけど、突っぱねさせてもらう。
「お断りします。本人が反省していない謝罪など意味無いでしょう」
「貴様……汚れたケモノの分際で……」
「黙れ! 俺は国王陛下から功績を認められた名誉子爵だ。その功績の中には、昨年の王都の『巣立ちの儀』の会場が襲撃された時に、エルメリーヌ姫を始めとして多くの人命を守り抜いた事、今年の王都の『巣立ちの儀』が再び襲撃されるのを未然に防いだ事も含まれている。ファティマ教の総本山に対しても多大な貢献をして王国貴族となった俺を、ファティマ教の司祭補佐が愚弄する意味を考えろ! 俺を愚弄することは、国王陛下の判断を愚弄するのと同じだぞ!」
本当に俺が名誉子爵と紹介されたのと聞いていなかったのか、それとも聞いていながら軽視していたのかは分からないが、ジャンヌは今更ながらに自分のしでかした事に気付いたようだ。
呆然と立ち尽くしているジャンヌをカタリナ司祭が修道服を引っ張って無理やり跪かせ、更には体全体を使って頭を床まで下げさせた。
「申し訳ございませんでした。どうか、どうか、お許し下さい」
これじゃあ俺が悪者みたいだけど、まだ手を緩めるつもりはないよ。
「カタリナ司祭の声しか聞こえないんだけど」
「ジャンヌ、お詫び申し上げなさい」
「も、申し訳ありませんでした」
「それは、誰に対する何の謝罪?」
更に追い打ちをかけると、ジャンヌは顔を上げて俺を睨みつけた。
「はぁぁ……まだ、そんな目をするんだ? ちゃんと状況理解出来てる? 自分の行動がカタリナ司祭の立場をどれだけ悪くするか、まだ分からないの?」
「あ、貴方様に暴言を吐いたことを……心から謝罪します」
「はぁ……まぁいいや、ちゃんとカタリナ司祭にも謝っておきなよ」
「はい……」
ジャンヌは顔を俯けたままなので、どこまで反省しているのか分からないが、これ以上やるのも面倒なので、この辺で手打ちにしておこう。





