ちょっとした油断
レーブは拘束したベイツとオルデレスを騎士団へ護送させた後、応援の人員を呼び寄せた。
「エルメール卿、このままソルタンドを捕縛しようと思っています。協力していただけますか?」
「勿論、そうなると思ってソルタンドには追跡用のビットを張り付けたままです」
「さすがですね。一度エルメール卿に捕捉されたら逃走は不可能ですね」
応援の人員が到着したところで娼館に向かう。
あれからソルタンドは自室から動いていないし、収音マイクで音声を拾うと呑気な鼾が聞こえて来た。
まさか、呼び出しから戻ってから時間も置かずに捕縛されるなんて思ってもいないのだろう。
レーブが早々にソルタンドの捕縛を決めたのは、まだ娼館が営業を始める前だからだ。
客が入っている状態でソルタンドが逃亡を図れば、無駄な騒ぎになりかねない。
娼館に到着すると、用心棒風の男二人が入り口に立ちふさがった。
「な、何だ手前ら!」
「見ての通りの騎士団だ、ソルタンドに用がある。案内しろ」
「何の用だ!」
「お前らに聞かせる必要は無い。邪魔立てするなら排除する」
「やれるもんなら、やって……ぎひぃぃぃ」
用心棒の男がナイフを抜いた瞬間、雷の魔法陣をぶつけて制圧した。
「そっちはどうする? 抵抗するな同じ目に遭わせるけど」
「と、とんでもねぇ。不落の魔砲使いに逆らう気なんて無ぇっす」
もう一人の用心棒は、両手を挙げて後ろ歩きで入り口から遠ざかってみせた。
その頃、ソルタンドの近くに設置した収音マイクが、慌ただしく駆け付ける足音を拾ってい、直後に激しくドアが叩かれた。
『ソルタンドさん、騎士団の奴らが捕縛に来ました!』
ドアの外からの呼びかけに、ソルタンドは戸惑ったような声を上げた。
『なんだと! ベイツはどうした?』
『まだ戻って来ていません』
『ちっ、野郎しくじりやがったのか……出るぞ!』
おっと、そうはいかないよ。
「シールド!」
空属性魔法のシールドで、ドアの前を封鎖する。
『な、なんだこれは! くそっ、どうなってやがる!」
『ボス、早くしてくだせぇ! 奴ら乗り込んできやした!』
『分かってる! 分かってるが、出られねぇんだよ!』
仕事オンリーで、密談などに利用するためなのか、ソルタンドの部屋には窓が無い。
入り口前を封鎖してしまえば、他には出入口は無いはずだ。
いや、いざという時の抜け穴が……無いみたいだ。
『くそっ、ふざけんな! どうなってやがんだ!』
ソルタンドはシールドに向かって罵詈雑言を浴びせながら、殴る、蹴る、椅子を叩き付けるなどの奮闘をしているが、その程度で壊れるようでは『不落』の名が廃る。
娼館の内部に入った後も、行く手を遮ろうとするソルタンドの手下を雷の魔法陣で制圧しならが、無人の野を行くがごとく悠々と廊下を進んだ。
「不落のニャンゴ・エルメール卿を相手にして痛い目に遭いたくなければ、無駄な抵抗は止めろ!」
ドアの陰に隠れて、不意打ちを狙って飛び出そうとした奴には、シールドに顔面をぶつけてひっくり返ったところに雷の魔法陣を食らわせる。
ソルタンドの部屋の場所も探知ビットで把握済みだ。
「そこを右に、ドアの前に一人います」
「了解です。騎士団だ、武器を捨てて投降しろ」
「くそっ、手前らなんかに……いぎぃぃぃ」
ナイフなんか抜かなきゃ痛い思いをしなくて済んだのに、そんなに義理立てするほどの人物なのかね。
レーブは昏倒した手下の手元からナイフを蹴り飛ばし、ドアの内側に向かって呼びかけた。
「騎士団だ、無駄な抵抗はするなよ」
レーブがドアを押し開けると、ソルタンドはデスクに腰を下ろして、何事も無かったかのように装っていた。
「これはこれはレーブさん、いったい何の騒ぎですか?」
「ベイツとドゥエルことオルデレスを捕縛した」
「はて、一体何の話です?」
ソルタンドがしらを切ったところで、ボイスレコーダーで録音したファイルを再生させる。
『あぁ、大して役に立たねぇクセに、ガキを何処にやったんだとか、ネチネチとうるせぇのなんの……』
『でも、騎士団の連中はオルデレスの名前も面も知らないんですよね?』
『そうだが、あのエロ司祭が騎士団の見張りに加わっていない保証はねぇからな』
再生された音声ファイルを聞いているうちに、ソルタンドの顔面から血の気が引いていった。
「ねっ、アーティファクトって凄いでしょ?」
「し、知らねぇ、そんなの俺の声じゃねぇ!」
「あぁ、なるほど、自分の声って、録音して聞くと別人みたいに聞こえるんだよ」
骨を伝わった音と耳からの音の合成について簡単に説明した後で、肝心な事を伝える。
「まぁ、俺達から聞けば、どっちも貴方の声だけどね」
「嘘だ……ちくしょう、なんだよアーティファクトって……そんなの知らねぇよ」
実際には、俺の空属性魔法と組み合わせて録音しているんだけど、アーティファクトのおかげって言っておいた方が納得するだろう。
「大丈夫ですよ、アーティファクトといっても万能ではありませんから」
「そうなのか? だったら……」
「騎士団の皆さんが、入念に取り調べてくれますから。今度は、今朝ほど優しくないと思いますけどね」
俺が視線を向けると、レーブは力強く頷き返してみせた。
「お任せ下さい、エルメール卿。クーネベルト商会の件もしっかり聞き出します」
「な、何でそれを! いや、知らねぇ……俺は何も聞いちゃいねぇ!」
クーネベルト商会の名前を出すと、ソルタンドは取り乱した。
『な、何でそれを! いや、知らねぇ……俺は何も聞いちゃいねぇ!』
「なっ、何なんだよ、それは! 悪魔の道具か!」
『なっ、何なんだよ、それは! 悪魔の道具か!』
ボイスレコーダーを使って、ちょっとイタズラを仕掛けると、ソルタンドは口をパクパクさせながら黙り込んだ。
たった今、自分が口にした言葉が、全く同じ口調で再生されれば、ボイスレコーダーの存在を知らない人からすれば悪魔の道具と思っても仕方ないかもね。
「このアーティファクトはまだ解析中で、どんな効果があるのか分かっていない。声だけを取り込むのか、あるいは……それ以外の物も取り込んでしまうのか……」
「何だよ……何だよ、それ以外って!」
『何だよ……何だよ、それ以外って!』
「言霊……言葉を通じて、その人の魂を取り込んでいるかもね……取り込んで、取り込んで、取り込んでいったら……」
「やめてくれ、話すから……もう、やめてくれ」
ソルタンドは跪いて頭を下げ、これ以上録音しないように懇願してきた。
まぁ、魂を取り込む機能なんてある訳ないんだけどね……無いよね?
「それじゃあ、騎士団に移動しようか」
「了解です」
「クーネベルト商会の話もしてもらうよ」
クーネベルト商会の名前を出すと、ソルタンドはビクっと体を震わせた。
連行をレーブに任せて、ちょっと目を離したのは失敗だった。
「待て、何をしてる!」
レーブの慌てた声に振り返ると、ソルタンドが机の引き出しから何かを取り出して、口に放り込むのが見えた。
ガリっと何かを嚙み砕く音がしてソルタンドの喉がゴクリと動き、その直後に胸を搔きむしり始めた。
「がっ……ごぶぅ……」
ソルタンドはゴボっと血の塊を吐き出して倒れ込み、そのままビクンビクンと痙攣をし始めた。
「しまった、カブラダの毒か!」
「エルメール卿、今なんとおっしゃいました?」
「たぶん、カブラダの毒を蜜蝋で固めたものです。先程のベイツがオルデレスの隠れ家を訪れた時に、もし騎士団に捕まることになったら、飲んで自害しろと命じてました」
「クーネベルト商会について余程話をしたくなかったのでしょう」
トントン拍子で摘発が進んで、油断していたのは大失敗だった。
この部屋は騎士団が封鎖して、内部を徹底的に調べ上げるそうだ。
人身売買に絡む契約書の類が残されていると助かるのですが、失敗を挽回するのはなかなか難しそうだ。