娼館の闇(中編)
疑惑の娼館の経営者は、フーバーというカバ人の男だそうだ。
フーバーは娼館だけでなく、賭博場や酒場、金貸しなどの色々な店を経営する、旧王都の裏組織のボスの一人だそうだ。
元は冒険者だったらしいが、パーティーを組む冒険者と仲間割れをして、暴力沙汰でギルドのランクを剥奪されたらしい。
ダンジョンでの活動はギルドの登録が無くとも可能だった時代の話だが、フーバーは冒険者から足を洗い、裏社会の用心棒になったそうだ。
そこから冒険者時代に養った腕っぷしと用心深さを活用して頭角を現し、今では他の組織からも一目置かれる存在になっているそうだ。
若い頃は自分で傘下の店を回って睨みを利かせていたフーバーだが、ここ何年かは表に出ることは少なくなっているらしい。
とは言ってもフーバーの影響力が衰えている訳ではなく、むしろ稀に姿を現した時の迫力と普段は姿を見せない得体の知れなさが合わさり、不気味さが増しているそうだ。
フーバーが表に出なくなった代わりに、何人かいる腹心が店の実務を仕切っている。
娼館の実質的な経営をになっているのは、ソルタンドという狐人の男だそうだ。
このソルタンドという男が手下を使い、ファティマ教会の司祭エンゲルスを色香に迷わせ、教会の金を巻き上げたそうだ。
「騎士団としては、フーバーも引きずり出すのは難しくても、なんとかソルタンドは捕えたい……という感じでしょうか?」
「おっしゃる通りです。フーバーはここ最近は娼館には姿を見せていないそうなので、孤児が行方不明になった件との繋がりを立証するのは難しそうです」
もう一人、孤児の人身売買疑惑に関わる人物として、ドゥエルいう中年の犬人がいる。
このドゥエルがソルタンドの代理だと名乗り、孤児を買い取り、どこかへと連れて行ったとされている。
「ちょっと聞きたいのですが、なぜエンゲルス達はドゥエルが娼館の関係者だと信じたんでしょうか?」
「それは、娼館のツケの取り立てをしていたからです」
ソルタンド達は、エンゲルス達教会関係者の金銭感覚を麻痺させるために、サインのみの付け払いにしていたそうだ。
「そのツケをまとめて取り立てていたのがドゥエルだったなら、孤児の売却代金などのやり取りで、教会の関係者だと証明出来るんじゃないですか?」
「そう思われるかもしれませんが、ドゥエルが証文を持参したのは一度きりで、孤児の買い取りは金貨でお支払いをしたそうです」
「えっ、孤児の購入代金は娼館のツケとの相殺じゃないんですか?」
「はい、支払いは金貨で行い、ツケの支払いはその金貨で行われたので、最初に信用させるために提示した証文が偽物だと言われてしまうと、ドゥエルと娼館の関係の証明が難しいのです」
「ドゥエルは、あくまでも独立した人身売買業者だというのが娼館の主張なんですね?」
「おっしゃる通りです」
「騎士団としては、このドゥエルという男と娼館の繋がりを証明したい訳ですね?」
「そうなんです、そこが証明されないと娼館の関係者を罪に問えなくなってしまいます」
「主要人物のうち、実際に話が聞けそうなのはソルタンドだけですか?」
「はい、そうなります」
「騎士団に呼び出して事情を聞くことは可能ですか?」
「その程度でしたら、問題ありません」
とりあえず、レーブにソルタンドを呼び出してもらい、適当に事情聴取してもらう事にした。
翌日、この日もナバレロとチターリアを預けて騎士団に出向いた。
呼び出したソルタンドの事情聴取に俺は同席しない。
覗き窓が付いた隣室から様子を窺い、聴取の内容を聞き取る予定だ。
事情聴取が行われる部屋は、取り調べ室のような殺風景な部屋ではなく、装飾用の絵画などが飾られた応接室という作りだ。
打ち合わせ通り、案内されてきた狐人の男がソファーに座らされて暫く待たされる。
案内役が立ち去るまでは、如才ない笑顔を浮かべていたソルタンドだが、一人になった途端眉間に皺を寄せてお茶をすすった。
小さく舌打ちした後で、不意に周囲を見回し始め、覗き窓が隠されている戸棚の方へと歩み寄ってきた。
気付かれないように覗き窓を閉め、空属性魔法の探知ビットでソルタンドの動きを探る。
ソルタンドは壁一面に作り付けになっている戸棚の前をゆっくりと移動している。
体の動きからは、戸棚に置かれた本などを物色しているようにも思えるが、覗き窓を探しているようにも感じられる。
戸棚の前を端から端まで移動したところで、ソルタンドが呟いた。
「ふん、気のせいか……」
ソルタンドがソファーに戻ったところで、そーっと覗き窓を開けて様子を窺う。
年齢は三十代前半ぐらいに見えるが、少し小柄で、金色の髪に整った顔立ちをしているから、実年齢よりも若く見えているかもしれない。
黙っていれば良い男なのだろうが、時折口許を歪めると底意地の悪さを感じる。
事情聴取を担当するレーブが姿を見せた途端、ソルタンドはにこやかに笑みを浮かべてみせた。
「わざわざ足を運んでもらって申し訳ないな」
「とんでもありません、騎士団に協力するのは当然です」
事情聴取が始まってからも、ソルタンドは誠実そうな態度を崩さなかった。
教会関係者が娼館通いにのめり込んでしまった事については、切っ掛けは作ったがサービス自体は他の客に対するものと変わりなく、自分達に非は無かったと主張した。
そして、人身売買については全く身に覚えは無く、教会関係者のツケも現金で支払ってもらっていたから関係ないという主張を繰り返した。
「それでは、ドゥエルという男とは面識が無いのだな?」
「勿論です、そのような男はおりません」
「ドゥエルというのは偽名で、娼館では違う名前で呼ばれているのではないのか?」
「とんでもない、そのような男が居るとお疑いでしたら、隅から隅まで探していただいて結構ですよ」
その後もソルタンドは否定し続けたが、レーブもまた執拗に質問を繰り返した。
これはソルタンドを苛つかせるために、事前に打ち合わせていた通りだ。
重箱の隅をつつくような、ねちっこい質問の繰り返しは、のぞき見しているだけの俺でさえイラっと感じるほどだったが、それでもソルタンドは冷静な態度を崩さなかった。
見事というべき対応だが、普通ありもしない疑いを掛けられて、執拗な質問を続けられれば苛立ってくるものだ。
ここまで冷静だと、むしろ疑わしいと感じてしまう。
事情聴取は騎士団側が明確な証拠も示さないまま、三時間以上に渡って続けられた。
しかも、事情聴取を終えた際もレーブは、完全に疑念を払拭した訳ではない、新たに疑わしい事実が出てくれば、また話を聞かせてもらうと伝えた。
ソルタンドは、いつでも呼び出しに応じるとにこやかに答えていたが、相当腹を立てているはずだ。
部屋を出ていったソルタンドの周囲には、空属性魔法で作った収音マイクを浮かべてある。
ソルタンド自身に探知ビットを張り付け、そこを基準として手の届きそうもない場所に設置した。
この収音マイクは新型で、軽い衝撃でも壊れて消える強度にしてある。
もし、何かの拍子に何者かに触れられたとしても、霧散して捉えられないはずだ。
アーティファクトを使って証拠を残すことを考えた時に、真っ先に考えたのは撮影だったのだが、撮影するためには接近したり侵入したりする必要がある。
それはそれで面白そうな気がするが、まずは確実な方法を選択した。
それが空属性魔法の収音マイク、スピーカーとアーティファクトであるスマホの組み合わせだ。
このスマホにはカメラ機能の他に、ボイスレコーダーの機能が搭載されている。
これで盗聴した音声を録音保存することが出来る。
収音マイクとスピーカーは、チャリオットの活動の中で通信機として使いながら改良を重ねてきた。
最初は音声が届くだけで、音の高さなどが変わってしまったり、ノイズが多かったりしたのだが、今は普通に話すのと同じ音を遠くまで届けられる。
これでソルタンドが周囲の者達と話す内容を聞き取り、同時に証拠として押さえる。
「エルメール卿、ソルタンドが騎士団を出ました」
「では、我々も動くとしますか」
「はい、例の娼館の近くに監視拠点を用意しました。そちらにご案内いたします」
レーブと一緒に移動を始めると、スピーカーからは苛立たし気なソルタンドの声が響いてきた。
『ちっ、ネチネチ、ネチネチと同じ話を何度もしやがって鬱陶しい。いくら揺さぶろうと俺様がボロを出す訳ねぇだろう』
視線を向けると、レーブはしてやったりとばかりに笑みを浮かべている。
さぁ、思う存分話してもらおうじゃないか。
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