冒険者との話し合い
ギルドから、今後のダンジョンの発掘に関して、冒険者の代表と話し合いをするので参加してほしいと要請された。
またナバレロとチターリアをロッカーの管理人ブルゴスさんに預けて、ギルドの会議室に足を運んだ。
「ご足労いただき、ありがとうございます、エルメール卿」
「いえいえ、発掘については他人事ではありませんからね」
出迎えたギルドマスター、アデライヤの他に、参加者は四人いた。
二人は、先日の大公家の会合にも参加していた、ギルドの担当者ソイルと大公家の担当者セルバテス、後の二人は冒険者のようだ。
二人いる冒険者代表の一人には見覚えがある、ダンジョンで未発掘部分を掘ってお宝を探すパーティー、シルバーモールのリーダー、ヒュストだ。
ヒュストはシーカーも兼任しているシマウマ人で、落ち着いたタイプだ。
もう一人は二十代後半から三十代前半くらいのジャガー人で、少し不貞腐れたような表情を浮かべていた。
「エルメール卿、今日は冒険者側の代表として、ダンジョンで長く活動している二つのパーティーのリーダーに来てもらっています。蒼炎の牙のリーダー、ベントレイとシルバーモールのリーダー、ヒュストです」
「よろしくお願いします」
俺が頭を下げてみせると、ヒュストは笑顔で頭を下げたが、ベントレイは不満げに頷いただけだった。
冒険者によくいる、舐められたら負け症候群なのだろう。
「最初に断っておくが、これから話す内容は決定ではない。あくまでも現状の説明と今後の状況予測であって、最終的な決定は広く意見を聞いてからになる」
そう断りをいれてから、アデライヤは大公家で話し合われた内容をヒュストとベントレイに伝えた。
内容は、冒険者による自由な発掘ではなく、学術関係者主導の調査的な発掘になっていくであろうというものだ。
アデライヤが話している間、ヒュストは時折メモを取りながら頷いていたが、ベントレイは露骨に不機嫌そうな表情を浮かべてみせた。
「ふざけんじゃねぇ! 俺らは学者や貴族の使いっ走りじゃねぇ!」
アデライヤが話を切った途端、ベントレイはテーブルを叩いて声を荒げた。
冒険者から反発されるのは予想の範疇なので、あぁやっぱりという反応だ。
ビクっと体を震わせたのは、大公家の担当者セルバテスだけだ。
「ダンジョンってのは、冒険者が命懸けで切り開いてきた場所なんだよ! 貴族や学者が出る幕なんざ無ぇんだよ!」
子供が駄々をこねるようにテーブルを叩いて声を荒げるベントレイに、ギルドマスターのアデライヤは冷めた口調で告げる。
「貴族や学者の出る幕は無いか?」
「当たり前だ、そんな弱っちい連中に何が出来るってんだよ」
「ダンジョンの新区画を発見した」
「はぁ?」
「これから本格的に発掘が行われるダンジョンの新区画は、こちらにいらっしゃるエルメール卿のおかげで発見できたものだ」
まぁ、前世の知識があったおかげでもあるんだけど、今は関係ないから黙っていよう。
「だ、だとしても、そいつが新区画を発見できたのは、冒険者がダンジョンを攻略したおかげだろう!」
「だから、これまで通りに冒険者に勝手に掘らせろというのか?」
「当然だろう、それが冒険者の権利ってもんだ」
「崩れるぞ」
「はぁ?」
「冒険者に任せて勝手に掘らせたら落盤事故を起こしたのを、もう忘れたのか?」
「あ、あれは単に失敗しただけで……」
「いや違うよ」
しどろもどろになりつつあったベントレイの言葉を遮ったのは、同じく冒険者のヒュストだった。
「ダンジョンの旧区画は、先史時代の建物の遺跡だったから、内部に入り込んだ土を掘った程度では落盤は起こらなかったんだ。でも、新区画の発掘は建物の外側を掘らなきゃいけないから、これまでと同じ掘り方では確実に落盤事故を招いてしまうよ」
ヒュストの言う通り、ダンジョンの旧区画は超高層ビルを中心とした建物だったので、純粋な発掘作業というよりも廃墟探索と言った方が正しい。
最初から柱や梁といった構造物があるから落盤の恐れは無かったが、新区画は埋まった建物を掘り出す作業だ。
そして既に一度、無計画な発掘作業が原因で落盤事故を起こし、多くの冒険者が生き埋めとなっている。
「んじゃあ、どうしろって言うんだよ!」
「地中を安全に掘り進めるように、統制された作業が必要になる。問題は、それを誰が統率するかじゃないかい」
ヒュストが率いるシルバーモールは、新区画発見の知らせを聞いて真っ先に現れたパーティーだ。
未発掘な部分を掘り進めてお宝を探すパーティーで、安全に掘り進める技術と経験を持っていると聞いた。
「ベントレイの言う通り、全てを貴族様や学者に主導されるのは反対だが、その一方で無秩序な発掘作業が行われて落盤事故が起こり、一緒に生き埋めにされるのも御免だ」
言葉を切ったヒュストは、俺に視線を向けて来た。
「失礼ながら、エルメール卿はどの立場でこの話し合いに参加されていらっしゃるのでしょうか?」
「あぁ、俺はオブザーバーと思って下さい」
「オブザーバー?」
「当初、俺を冒険者の代表にしようという話だったんですが、ご存じの通り俺は貴族でもあります。仮に俺が貴族寄りの意見に賛成したならば、冒険者の皆さんは素直に納得出来ないと思って、冒険者の代表は辞退したんです」
「なるほど、ではエルメール卿の意見は反映されないのですね?」
「それはちょっと困りますね。俺は冒険者であり、新区画の第一発見者でもあります。落盤事故などが発生して、お宝が回収できなくなるような状況には断固反対しますよ」
「確かに、その通りですね」
ヒュストは二度、三度と頷いた後、今度はベントレイに向き直った。
「ベントレイ、俺は問題点は二つだと思うんだ」
「はぁ? どういう意味だ」
「一つは君の言う権利の問題。もう一つは安全の問題だと思うんだが、どうだ?」
「そうだな、権利の問題は譲れねぇ。それに、生き埋めにされんのも御免だ」
「冒険者は生きて戻って何ぼだからな。俺は絶対に専門家による統制下での安全な発掘作業にしてもらいたい」
「俺も異議無しだ。落盤でお宝を失うなんざ馬鹿のやる事だ」
ベントレイとヒュストの掛け合いを聞きながら、俺は左手の甲に右手で爪を立て、口許がニヤけるのを必死で我慢していた。
ヒュスト、ベントレイを操るの上手すぎだろう。
「それじゃあ、発掘は専門家主導で良いんだな?」
「あぁ、構わねぇ……てか、絶対にそうしてくれ」
アデライヤが確認すると、ベントレイは自分の手柄のように言い切ってみせた。
「では、次に権利の話になるが……」
「おっと、そっちは譲る気は無ぇぞ!」
「あの……ちょっと良いですか?」
ベントレイがぐっと身を乗り出したところで、手を挙げてアデライヤに発言の許可を求めた。
「何でしょう、エルメール卿」
「ベントレイさんも、ヒュストさんもご存じの通り、新区画には多くのアーティファクトが眠っています。そして、これがアーティファクトの実物です」
「おぉぉ……」
スマホを取り出して起動させると、ベントレイを含む全員が目を輝かせた。
「これこそが、冒険者がダンジョンに潜る目的と言っても過言ではないでしょうが、起動する前は単なる板切れにしか見えません。当たり前の話ですが、知識の無い者が無闇やたらに持ち出せば、折角の価値が失われてしまうかもしれません」
「どうすりゃ良いんだ」
ベントレイは物欲丸出しの視線でスマホを見つめながら、身を乗り出すようにして尋ねてきた。
「そうですね。闇雲に学者を嫌うのではなく、冒険者側が利用すれば良いんじゃないですか? 利用という言い方がふさわしくないなら……協力を求めるんです」
「例えば、現場で鑑定させるとかか?」
「良いですね。学者も人数が限られていますから、どこまで実現出来るのか分かりませんが、下手に動かす前に鑑定させるのは良い方法だと思います」
「なるほどなぁ、利用……おっと、協力してもらうってのは悪くねぇな」
話し合いが始まってから観察を続けてきたが、ベントレイという男はただの馬鹿ではなく、扱いやすい男のようだ。
発掘のプロ集団のリーダー、ヒュストと、討伐主体の強面集団のリーダー、ベントレイ(扱いやすい)。
なるほど、冒険者との最初の話し合いとして良く考えられた人選だ。
この後も、ベントレイが上手い具合いに転がされながら話し合いは続けられた。





