優しい弟(フォークス)
※今回はフォークス目線の話になります。
地下道建設の現場で一日の作業を終えた後、いつもならガドやクーナと食事をして、時には米の酒を呑んでゆっくり帰るのだが、今日はさっさと食事を終えて拠点に戻った。
大丈夫だとは思うが、弟のニャンゴと昨晩連れて来た子供がちょっと心配なのだ。
「ただいま……」
「おっ、おかえり、兄貴」
拠点のリビングでは、弟のニャンゴが子供二人に夕食を食べさせている最中だった。
夕食のメニューはスライスしたパンの上にトマトソースを塗り、具材やチーズを載せて焼き上げた、弟がピザトーストと呼んでいる料理だ。
野菜も肉も一度に食べられるから便利なのだが、弟としては味に満足していないらしい。
もっとチーズが、うにょーんと伸びなきゃとか、タバなんとかの辛みが足りないとか、食べる度に文句を言っているが、俺からすれば十分美味しいと思う。
食事の風景を眺めていて、いつもと何が違う感じがすると思ったら、弟がうみゃうみゃ言っていないのだ。
普段ならピザトーストの出来に文句を言いつつも、最終的にはうみゃうみゃ言うのだが、今夜は優しげな笑みを浮かべて二人の子供を見守っている。
「ニャンゴ、孤児院はどうなったんだ?」
「あぁ、予想していたよりも酷かった」
「そうなのか? だってファティマ教会がやってるんだろう?」
「そうなんだけど、司祭とか修道士も人間なんだよ……」
そう言うと、弟は教会の孤児院を見に行った顛末を話し始めた。
その内容は、にわかには信じがたいものだった。
「子供を隠すって……どこに隠してたんだ?」
「床下の倉庫というか、収納スペースみたいな場所にギュウギュウ詰めにされてたみたい」
「なんで隠す必要があったんだ?」
「全然世話なんかしてなくて、昨日のナバレロやチターリアよりも汚れてたよ」
「それは酷いな」
昨晩、ニャンゴが連れて来た時には、この二人も酷く汚れて酸っぱい臭いがしていた。
まぁ、今でこそ俺も身綺麗にしているけど、アツーカ村やイブーロの貧民街で暮らしていた頃は褒められた状態ではなかった。
猫人でもない二人がそんな状態だったのは、孤児院から抜けだして浮浪児として暮らしていたからだが、孤児院に居る子供が同じ様な状態ならば孤児院の意味が無いだろう。
「それで、この二人はどうするんだ?」
「うーん……とりあえず、まだ孤児院がバタバタしているから、落ち着くまでは預かろうかと思ってる」
「お前が依頼に行く時にはどうするんだ?」
「そこなんだよねぇ……ここで留守番させるか、それとも何処かに預けるか……」
「今日はどうしてたんだ?」
「ギルドのロッカーの管理人をやってるブルゴスさんに預かってもらってた」
「なるほど、ロッカーの管理人室か」
旧王都の冒険者ギルドには、ダンジョンに潜る冒険者のために装備や武器などの荷物を預かるロッカーがある。
ダンジョンは地下なので、長い時間潜っていると時間の感覚が薄れてきて、地上の昼夜と違ったリズムで活動する者もいるそうだ。
ダンジョンから戻って来る時間もまちまちなので、ロッカーの荷物を夜中でも出し入れできるように管理人室が設けられている。
仮眠が出来るベッドが置かれた一室と簡単な煮炊きが出来る炊事場、それにトイレと水浴び場だけのシンプルな作りだが、一夜を明かすには十分な設備が揃っている。
管理人のブルゴスさんは少し強面だけど、猫人の俺にも分け隔てなく接してくれる親切な人だ。
ニャンゴの話によれば、ダンジョンが今よりも栄えていた頃には、子供をロッカーの管理人室に預け、一人で潜る猛者もいたらしい。
「それじゃあ、ニャンゴも依頼の時には管理人室に預けるのか?」
「いやぁ、今はダンジョンへの立ち入りも禁止されているのに、子供だけ預かって下さいと言うのは図々しいでしょ」
弟はシュレンドル王国の名誉子爵にして、Aランクの冒険者でもある。
身分やダンジョンの新区画を発見した功績などを考えれば、預かれと命令しても罰が当たらないのに、遠慮するあたりが弟らしい。
俺と弟が話し込んでいる間に、ピザトーストを食べ終えたナバレロとチターリアはコックリ、コックリと居眠りを始めていた。
「悪い兄貴、続きは二人を寝かしつけてから話すよ」
「手伝うか?」
「そんじゃあ、ナバレロに歯磨きさせてから、俺の布団で寝かせてやって」
「分かった。行こうか、ナバレロ」
「うん……」
昨日から環境が激変して、今までよりも良い暮らしが出来ていても気疲れしているのだろう。
こうなる事を見越してか、弟は二人を夕食の前に風呂に入れて寝巻に着替えさせていた。
カクっ、カクっと居眠りを始めるナバレロに、どうにかこうにか歯を磨かせてから、屋根裏の俺達の部屋へと連れて行った。
昨日も泊まっているから、不安を感じなかったのか、布団に横たわるとチターリアを待つことなく眠りに落ちていった。
一方のチターリアは歯磨きを終えたところで限界が訪れたようで、ニャンゴに抱えられて屋根裏部屋まで運ばれてきた。
「寝ちゃったか」
「うん、歯磨きの途中で魔力切れでも起こしたみたいにね」
弟はナバレロの隣にチターリアを寝かせると、掛け布団をそっと乗せ、ポンポンと優しく叩いてから俺を促してリビングへと降りた。
二人を寝かせたお布団は弟が使っているものだが、今日もふっかふかのぽっかぽかに仕上がっていた。
「心配いらないぞ、ちゃんと兄貴のお布団も仕上げておいた」
「ニャンゴ……ありがとう」
お日様に当てて干すのも良いが、弟が魔法を使って仕上げたお布団は格別なのだ。
今夜も良く眠れそうだ。
リビングに戻った弟は、ホットミルクを作ってくれた。
温めたミルクにハチミツを入れただけだが、ほんのりした甘味がクセになる美味しさなのだ。
「それで、どこまで話したっけ?」
「えっと、二人をどうするかだ」
「そうそう、そうだった。大公家から新王都のファティマ教会に使いの者が向かっているそうだから、あと数日で後任の人員が来ると思うんだ」
「でも、新しく来る人は信用できるのか?」
「それは大丈夫じゃないの。不祥事の内容は伝えられるだろうし、大公家や冒険者ギルドにも迷惑を掛けてるんだから、下手な人材は送ってこられないでしょ」
「なるほど、それもそうか……」
俺は難しい事は分からないけど、大貴族や冒険者ギルドと仲が悪くなるのは、ファティマ教にとっても都合が悪いのだろう。
「預かるとしても数日だろうし、その間は依頼を休んでノンビリしても良いかなって思ってる」
「そうか、ニャンゴはちょっと働きすぎだから、少し休んでも良いんじゃないか」
「だよね。明日は、二人を連れて美味しいお魚でも食べに行こうかにゃぁ……」
「ニャンゴ、あんまり良い思いをさせちゃうと、孤児院に行きたくないって言うと思うぞ」
「みゃっ……それもそうか。でもなぁ、二人とも辛い思いをしてたみたいだし……」
「ニャンゴは優しいからな」
「そ、そんな事はないよ。普通だよ、普通……」
弟は謙遜しているけれど、普通の人は貧民街に落ちてしまった大して仲の良くない兄弟を救いだそうなんてしないと思う。
それどころか、自分をいじめていた悪ガキを命懸けで助けようとしないだろう。
「そうだな、普通だな。お前は普通に優しい子だよ」
「や、やめてよ、兄貴……」
隣に座った弟の頭を無意識に撫でてしまったら、弟に膨れっ面をされてしまった。
でも、膨れっ面をしながらも、俺の手を払いのけたりしない弟は優しいと思う。