更なる疑惑
旧王都のファティマ教会の職員は、全員捕縛されて騎士団で取り調べを受ける事になった。
新王都のファティマ教総本山へは大公家から使いが送られたが、代わりの人員が送られて来るまでには数日を要するだろう。
その間、教会は騎士団の管理下に置かれることになり、信者はこれまで通りの礼拝が許可されるそうだ。
孤児院には騎士団から警備の者が送り込まれ、大公家の使用人が子供の面倒を見るらしい。
いずれナバレロとチターリアも孤児院に戻そうかと考えているが、状況が落ち着くまでは預かった方が良さそうな気がする。
とりあえず、教会の摘発は一段落したようなので、責任者のレーブに声を掛けて帰ることにした。
「レーブさん、こちらの状況も落ち着いたようなので、俺はこの辺りで失礼させていただきますね」
「お手伝いいただき、ありがとうございました。エンゲルス達の取り調べが終わりましたら報告させていただきます」
「はい、よろしくお願いします。あっ、そう言えば、孤児院の情報をくれた孤児が話していたのですが、時々子供が居なくなっていた……とか話していました」
子供が居なくなっていた件を伝えると、レーブの表情が厳しくなった。
「それは、里親に引き取られたという事ですか?」
「その辺は分からないと言ってましたね」
「売られた可能性もあると?」
「無いとは言い切れないかと……」
話が進むほどに、レーブの表情は厳しさを増した。
「何か思い当たることでもあるのですか?」
「エルメール卿もご存じの通り、以前の旧王都は身元確認が緩く、胡乱な人物が出入りしていました。我々も取り締まりを行っていましたが、一部の地域の治安は褒められたものではありませんでした」
「そうした場所では、人身売買が行われていたのですか?」
「残念ながら、そうした事例があったのは確かです」
ダンジョンを中心にして栄えた旧王都は、発掘を優先させるために脛に傷を持つ者も受け入れてきた。
おかげで各種の犯罪に手を染める者も多く、その一つが人身売買だったらしい。
「ですが、ダンジョンの崩落を機に身元確認の厳格化を進めたので、治安は確実に良くなっています。現在では人身売買などは行われていないと思いたいですが、身寄りを亡くした子供であれば、行方が分からなくなっても疑われにくいですし、最後の稼ぎ時だと考える者が居たとしてもおかしくはないです」
「仮に、人身売買に関わっているのが、エンゲルス達を貶めた娼館の連中だとしたら……」
「勿論、摘発の対象となりますし、徹底的にやりますよ」
単純に女遊びを覚えさせて金を巻き上げた程度では捕縛は難しいが、人身売買に絡んでいたとなれば話は別だ。
「教会には何人の孤児が居たのか記録は残っているのでしょうか?」
「まだ書類関連は調べていませんので分かりません」
「虚偽の記録とか残しているかもしれませんね」
「そうですね、孤児院の子供達からも聞き取りをしましょう。勿論、エンゲルス達はキッチリ締め上げてやりますよ」
「お任せします。もし娼館の摘発などで手が必要ならば、声を掛けて下さい」
「はい、その時はお願いいたします」
レーブと握手を交わして教会を後にして、ギルドのロッカーへ向かう。
教会の外には、騒ぎを聞きつけた近所の住民たちが集まっていた。
既にエンゲルス達は騎士団に移送され、礼拝堂への立ち入りは解禁されているのだが、騎士が目を光らせているせいか立ち入ろうとする者は居ない。
ただ、教会の敷地の入り口は、野次馬に塞がれてしまって出られそうもなかった。
仕方がないからステップを使って上を抜けて行こうと宙を歩き始めると、野次馬からどよめきが起こった。
まぁ、空中を歩く猫人は俺の他には居ないもんね。
そのまま足を速めて通り抜けようかと思ったら、下から声を掛けられた。
「あの! 教会はどうなってしまうのですか?」
「今、新王都のファティマ教会へ知らせが向かっています。数日中には新たな人員が送られてくるはずですよ」
「司祭様は、どうなるんですか?」
「それは、騎士団の取り調べ次第ですね」
「まさか、死罪とか……」
何と返答しようか少し迷っていたら、別の野次馬が声を上げた。
「あんな女狂いなんて死んだ方がマシだろう」
「何だと、失礼なことを言うな!」
俺に質問した人が抗議の声を上げたが、すぐさま反論を食らった。
「何が失礼だ。あの野郎、夜な夜な変装して娼館通いしてやがったんだぞ」
「嘘だ! エンゲルスは親身になって相談に乗ってくださったんだぞ」
「そいつは司祭の昼の顔だよ。娼館に居る時のだらしない面を見れば、お前だって幻滅してるさ」
「何だと……」
「そこまで!」
野次馬同士で殴り合いになりそうだったので、声を張って諫める。
「まだ騎士団が調査している最中だ。真相が判明する前に、憶測だけで下らない揉め事を起こすなら、お前らも騎士団に拘束してもらうぞ」
俺が睨んだ程度では大した威圧にはならないだろうが、それでも野次馬は大人しく引き下がった。
野次馬の上を通ったついでに、そのまま空中を歩いてダンジョンの入り口近くにあるギルドのロッカーへ向かうと……管理人のブルゴスさんによる独演会が行われていた。
「突然通路の曲がり角から飛び出して来たのは三頭のレッサードラゴン。こいつは分が悪い、一度引いて立て直すぞと戻りかけた先には二頭のレッサードラゴンが待ち構えていた! Cランクに上がったばかりの俺達が、五頭のレッサードラゴンと戦うなんざ正気の沙汰ではないのだが、前と後ろを塞がれて戦う以外に道は無し!」
歌舞伎役者が見栄を切るようなブルゴスさんの熱演に、ナバレロだけでなくチターリアまで聞き入っている。
「こんな所で死んでたまるか、たとえ死ぬことになったとしても、最後の最後まで足掻いてやろうじゃねぇか! 腹が据われば震えも止まる、気合いが入れば声も出る。覚悟を決めた俺達は、腹の底から雄叫びを上げながら、レッサードラゴンに斬りかかった!」
これはブルゴスさんが現役の冒険者だった頃に、酒場で仲間に語った武勇伝なのだろう。
捨て身の攻撃に出たブルゴスさん達の気合いに恐れをなし、レッサードラゴンたちは尻尾を巻いて逃げていったそうだ。
まぁ、本当かどうかは分からないけどね。
「ブルゴスさん、長い時間お世話になりました」
「お帰りなさい、エルメール卿。教会はどうなりましたか?」
「いやぁ、想像以上に酷い状態で、司祭以下五人全員が捕縛されました」
「そいつはまた……どうして、そんな事に?」
「色仕掛けに負けたみたいですよ」
「かぁ、情けない……ファティマ様の天罰が下りますぜ」
摘発の様子を話すと、ブルゴスさんは顔を顰めてみせた。
「ダンジョンが寂れてきて、神頼みする冒険者も減ってたんでしょうかね」
「旧王都の冒険者は教会にお祈りに行くものなんですか?」
「人それぞれですが、何せ地中深くに潜るのですから、不安や恐怖を打ち消すのにファティマ様のお力を借りるのは珍しくなかったですぜ」
ダンジョンが栄えていた頃は、礼拝に来る人への対応に追われ、色香に迷う暇も無かったのだろう。
色仕掛けをした娼館の連中も、ダンジョンが賑わっていれば客も増えるし、教会に手を出す必要もなかったはずだ。
「何か、色々とタイミングが悪かったのかな?」
「そう言ってしまえば、そうなのかもしれませんが、だからと言って子供が巻き込まれても良い訳じゃありませんぜ」
ブルゴスさんのゴツい手で頭を撫でられたチターリアは、嫌がるどころか目を細めている。
ちょっと強面だけど、ブルゴスさんは意外に子煩悩みたいだ。
ブルゴスさんに子供の服を買い揃えられる店を教えてもらい、ナバレロとチターリアの面倒を見てもらった礼を言い、ギルドを後にした。





