横領の理由
一旦ギルドに戻った後、追跡者はいないと思ったが、空中を走って大公殿下の屋敷に向かった。
正門の前で地面に降りると、すかさず衛士が駆け寄って来る。
「ニャンゴ・エルメール卿、ご用件をお伺いいたします!」
「急な来訪で申し訳ありませんが、大公殿下か執事のマルシアルさんにお会いしたい」
「はっ、ご案内いたします!」
衛士の案内で屋敷の玄関へ向かうと、執事のマルシアルさんが出迎えてくれた。
そこで、孤児院についての経緯と騎士団の人員を借りたい旨を伝える。
ギルドが招集した冒険者でも、教会の制圧は容易いだろうが、ギルドや冒険者には犯罪を取り締まる権限が無い。
騎士団のように揃いの服装をしていない冒険者が教会に踏み込めば、強盗と勘違いされる可能性もある。
その結果として、旧王都のギルドとファティマ教との関係がこじれる可能性もある。
俺は名誉子爵という地位を手に入れたが、ファティマ教という組織に対抗するには少々立場が弱い気がする。
ファティマ教はシュレンドル王国で信者数が一番多い宗派ではあるが、信者が多い理由は『女神の加護』と『巣立ちの儀』のおかげだ。
そのため、『巣立ちの儀』や年越しのミサ、豊穣祭などのイベントの時だけ教会を訪れる人の方が多い。
それでも、魔法は女神ファティマによって授けられると考えている人は多く、教会の権威をギルドがないがしろにすれば、民衆の反感を買う恐れがある。
そこで教会の摘発に、大公家という虎の威を借りようと考えたのだ。
急な訪問にも関わらず面会してくれた大公殿下は、俺の話を聞き終えた直後に近衛騎士を呼んで命令を下した。
「百人部隊を編成し、教会を制圧せよ。その際、教会関係者は残らず捕縛、書類などの証拠の隠滅を許すな。虐待されている孤児が多数いる可能性が高い。消化の良い食事を与えられるように準備しておけ」
「はっ! 了解しました!」
「エルメール卿、同行をお願いできるか」
「勿論です」
騎士団の施設は屋敷と隣り合う敷地にあるとは言え、百人の人員を即座に揃えられるとは、さすが大公家といったところだろう。
しかも、目的地であるファティマ教の教会は、大公家の正門から歩いても十五分ほどの距離だ。
俺が大公家の正門を潜ってから一時間足らずで、教会は騎士団によって制圧された。
「これは、何の騒ぎですか!」
踏み込んだ騎士に捕らえられたエンゲルスは、最初は強気に抗議していたが、騎士の多くが孤児院へ向かったと知ると悲痛な叫び声を上げた。
「だ、駄目だ! いや、そっちには何も無い!」
「エンゲルスさん、先程はどうも……」
「エ、エルメール卿……」
「俺達に見せた孤児の他にも子供を隠してますよね? 運営費もメチャクチャだって、デニスさんが言ってましたよ」
「そんな……騙したのか!」
「何言ってるんですか、先にギルドや大公家を騙したのは貴方でしょう」
体裁を繕うためとは言え、本来居るはずの人数よりも少ない子供や生活感の感じられない部屋を見せて、騙し通せるとでも思っていたのだろうか。
それを指摘すると、エンゲルスはガックリと肩を落として項垂れた。
驚いたことに、孤児院には四十九人もの子供が居た。
俺とデニスが立ち入った時に居た人数の倍以上の子供が隠されていたのだ。
表に出ていた子供たちは汚れている印象は薄かったが、隠されていた子供たちは垢じみて酷い有様だった。
着せられている服も、服と呼べないような布切れにしか見えず、中には下着を穿いていない子供も居た。
この状態の子供を見せた方が支援が引き出せるのではないかと思ったが、すでに十分な支援を引き出した後に、こんな酷い状態を見せれば金の流れが疑われると考えたのだろう。
子供たちは食事を十分に与えてもらっていなかったようで、騎士団が用意したパン粥を貪るように食べていた。
「足りなくなったら追加を作るから、慌てて食べなくていいぞ」
「こんな幼い子供に、何という仕打ちをしているんだ……」
騎士の中には同じ年頃の子供を持つ者もいるようで、虐待していたエンゲルス達に対して激しい憤りを感じているようだ。
大公家からはメイドさんや使用人さんも同行していて、食事を終えた子供を順番に洗い、散髪し、新しい服を着せていった。
満腹になったことで安心して眠ってしまう子供もいて、騎士たちも手伝って世話を焼いていた。
今回、摘発された教会関係者はエンゲルスを含めた五人で、全員が男性だった。
というか、五人でこの人数の子供を面倒みていたのかと思うと、手が行き届かないのも当然だろう。
ただし、面倒をみられない状況を放置して、追加の支援も受け取っていたのだから、同情の余地など無い。
孤児たちの世話は大公家の皆さんに任せておいて大丈夫そうなので、木立を回り込む細い道を抜けて教会へ戻ると、表に野次馬が集まっていた。
まぁ、突然騎士がゾロゾロとやって来て教会を封鎖すれば、何事かと思うのは当然だろう。
騎士団が教会に到着した直後、エンゲルスを含めた五人全員が確保されましたが、その時点では礼拝堂に集められていただけだった。
ですが、俺達が視察した時には居なかった、酷く汚れた子供達が見つかった時点で、全員に手枷が嵌められている。
礼拝堂の椅子に横並びで座らされ、全員が俯いて床を見つめている。
「エルメール卿、ちょっとよろしいでしょうか?」
声を掛けて来たのは、今回の隊を率いているレーブという虎人の騎士だ。
年齢は三十代ぐらいで、当然ガッシリとした体格をしているが、物静かな感じがする。
レーブに促されて、エンゲルス達から離れた礼拝堂の隅に移動した。
「なんでしょう?」
「まだ詳しい尋問はしていませんが、どうやら連中は女の色香に惑わされて道を踏み外したようです」
「えっ、全員ですか?」
「はい、奴らから金を巻き上げた者が居るようです」
今回捕らえられた五人は、孤児ではないが、子供の頃にファティマ教の神学校へ入れられた者達だそうだ。
いわゆる修道士で、貴族や商家の三男、四男など、家を継ぐあての無い者達の中には、幼いうちに神学校へ入れられる者が少なくないそうだ。
「神学校では寮での生活が義務付けられていて、外部と接触する機会が極端に少なくなります」
「でも、ファティマ教の教義って、そんなに厳しいイメージが無いですけど」
「それは、外部の信者向けの教義ですね。教会内部の者に課せられる教義は厳しいそうですよ」
家族を含めて外部との接触が制限され、教会内部では女性との接触は禁じられるそうだ。
逆に、修道女は男性との接触が禁じられる。
その結果、出来上がるのが女性経験の全くない純粋培養の修道士という訳だ。
「女性と付き合った経験も無い男が、突然性の喜びを知ってしまったら……こうしたケースは過去にもあったそうです」
「ファティマ教が教義を改めるとかは……?」
「しないでしょうね。考えてみて下さい、教会の役職に就いている者は、長年に渡ってそうした行為を禁じられてきた者達です。自分たちが禁じられた楽しみを若い連中だけ享受するなんて許さないでしょう」
「まぁ、そうでしょうね。ところで、ここの連中を色ボケにした張本人は、分かっているんですか?」
「はい、どうやら娼館の主のようです」
「そいつらへの処分は?」
「ここの連中から聞き取った内容次第でしょうが、難しいかもしれませんね」
どんな手段で娼館の主がエンゲルス達を誘惑したのか分からないが、教会の金を横領しろと命じた証拠でも残っていなければ、罪に問うのは難しい。
「これだけの事態を引き起こしたのですから、そいつも我々に目を付けられるのは覚悟の上でしょう」
「では、罪に問われるような証拠は残していない?」
「その可能性が高いです。まぁ、叩けば埃の出る連中ですから、力づくで捕縛しようと思えば出来なくはないですが、こちらが法を曲げるような事は出来ませんからね」
教会関係者が全員捕縛されたので、一時的に教会は封鎖されることになった。
大公家から王都にあるファティマ教の総本山へと使いが出され、事情を説明して新たな司祭や修道士を派遣してもらう事になる。
その間、孤児院の運営は大公家が肩代わりするそうだ。
ナバレロとチターリアは、孤児院の運営が正常化するまでは俺が預かることになりそうだ。
孤児院がまともに運営されるようになって、その様子を二人に見せて納得したら孤児院に戻そうと思う。





