判定は……
教会の裏口を出ても、孤児院の建物は木立に遮られて良く見えなかった。
木立を回り込むような細い道を通り抜けると、ようやく孤児院の建物が視界に入ってきたが、あちこち修繕が必要に思えるほど痛んで見える。
「みすぼらしい建物で申し訳ございません。修繕費用に回せる余裕がないもので……」
こちらの胸の内を読んだのか、エンゲルスが言い訳じみた口調で言った。
それにしても、孤児院なのにやけに静かに感じる。
俺の勝手なイメージだが、孤児院というと躾が行き届かず、野生児たちが騒いでいるように思っていたのだが、歓声や笑い声どころか話し声すら聞こえてこない。
「さぁ、どうぞお入り下さい」
エンゲルスに招き入れられた部屋は、学校の教室を思わせる作りで、壁には黒板が掛けられていた。
黒板と交差する向きで長いテーブルが二つ置かれ、十五、六人の孤児が席に着いていた。
テーブルは片側に八人ほどが座れる長さで、子供達が全員座っても半分ほどが空いている。
「今は、文字の勉強をしている最中です」
孤児たちの手元には、木の板に粘土を張り付けたものが置かれていて、ヘラでなぞって文字を書く練習をしているようだ。
粘土ならば、一度ヘラで文字を書いても指で潰して消せる。
日本ならノートに鉛筆で書いて覚えるのだろうが、こちらの世界では紙はまだ高価な品物だし、鉛筆は存在していない。
孤児たちは、揃いの貫頭衣を着せられていて、垢じみた感じはしない。
黙々と粘土板に向かってヘラを動かし、文字のような模様を刻んでいる。
「このように、孤児院では将来のための教育も施しています」
「文字の他には?」
「計算と躾、それに一般常識を教えています」
デニスの質問に、エンゲルスは落ち着いた様子で答えている。
俺は二人よりも一歩引いたところから、部屋全体を見回してみたが、最低限度の掃除は行われているように見えた。
この教室のような部屋は、学習のための部屋であると同時に、食堂としての役割も果たしているそうだ。
教室のような部屋と廊下を挟んだ反対側が寝室だそうで、二段ベッドが通路を挟んで二台ずつ置かれていた。
ベッドには布団一枚と毛布が置かれていて、私物らしい物は見当たらない。
ここと同じような部屋が、他に三部屋あるそうだ。
廊下を奥に進んだ先が水回りになっていて、水浴びをする浴室、トイレ、炊事場などがあった。
どこも一応掃除はされているように見えるが、建物の中には薄っすらと饐えたような臭いがこもっている。
単に掃除が雑なのかもしれないが、部屋の隅や窓枠には、分厚く埃が積もっていた。
それと、孤児院のどこの窓からも見えるのは木立ばかりで、物理的に外の世界と隔絶させられているように感じる。
デニスは時折簡単な質問をしたが、エンゲルスの案内が終わると二度、三度と大きく頷いてみせた。
「いやぁ、わざわざ案内をしていただいて申し訳ありませんでした。何しろ上に確かめて来いと言われてしまいまして……」
「いえいえ、支援をしてくださっているギルドにすれば、それは当然でしょう。突然の御来訪で、お見苦しい所もあったかと思いますが、これが孤児院の現状でございます」
建物の外に出ると、エンゲルスはヒビが入った壁を眺めながら、資金難を憂うように言ってのけた。
「エルメール卿、何かご質問はございますか?」
「あぁ、自分は興味本位で付いて来てしまっただけなので、どうぞお気遣い無く……」
「では、教会へ戻りましょう」
孤児院に残るらしい若い職員に見送られながら、細い道を抜けて教会へと戻る。
教会内部の食堂に案内され、お茶を飲みながらデニスが持参した書類を開いてエンゲルスと運営資金についての話をした。
俺はお金に絡む話だからと遠慮して、少し離れた席でお茶だけ飲んでいる振りを続けていたのだが、怒りを表情に出さないようにするのに苦労していた。
孤児院を見て回っている間、教室兼食堂、寝室、廊下、水浴び場などに空属性魔法で作った収音マイクを仕掛けてきた。
外部には洩らさず、俺だけが聞こえる形にしたのだが、低く抑えた声で子供達に脅しを掛ける様子や、ムチらしい音が響いてきた。
『おら、さっさと脱いで元の服を着ろ! 大きな声を出すんじゃない!』
『やめて! ぶたないで!』
『大きな声を出すな!』
子供達や職員の声は、木立と教会の厚い壁や扉に遮られ、俺達のいる部屋までは聞こえてこない。
『あいつらを出してやってくれよ!』
『うるさい、ギルドの連中が帰ってからだ!』
どうやら視察の時に見た子供の他にも、まだ子供が居るようだ。
出してくれということは、どこかに閉じ込められているのだろう。
ナバレロの話では、孤児院は受け入れキャパをオーバーしていたはずなのに、さっき見た時は半分ぐらい空きがある状態だった。
どこか別の場所に連れていかれてしまったのかと危惧したが、閉じ込められているとは思っていなかった。
「それでは、これで失礼させていただきます。突然の訪問でお騒がせいたしました」
「いいえ、お気になさらず。これからも、ご支援を賜りますようお願いいたします」
教会を出て挨拶をするデニスは、本当に人の良い、少し間が抜けたギルドの職員に見える。
俺もエンゲルスと挨拶を交わしたが、過剰に愛想良くしすぎていないか心配だ。
デニスと連れ立ってギルドを目指して歩き、最初の角を曲がる時に振り返ってみたが、教会の前にエンゲルスの姿は無かった。
そのままギルドを目指して、雑談をしながら歩いているのだが、顔が強張るのが自分でも分かった。
俺達が帰った直後、エンゲルスは足早に孤児院に戻ると、若い職員に布団や毛布を片付けるように命じた。
どうやら、孤児院に置かれていた布団や毛布、貫頭衣は、何かの災害が起こって教会に避難民を受け入れることになった時のために置かれている物だったようだ。
「エルメール卿、もう大丈夫なのでは?」
教会を出る時に、探知ビットをばら撒いて来たが、誰かが後を付けて来るような反応は無い。
それでも、極力声を落として探った状況をデニスに伝える。
「どうやら、まっクロクロのようです」
「でしょうね」
「俺達が見た他にも孤児が閉じ込められていたようです」
「えっ、本当ですか?」
「正確な人数までは分かりませんが、あの倍以上は居るんじゃないですかね」
「でも、そんな人数が居るなら、我々に見せた方が支援金を手に入れられるんじゃないですか?」
「身支度を整える時間が無かったんでしょ。俺達が見た子供は髪の短い子ばかりでしたし、その髪も湿ってましたからね」
「さすが、良く見てらっしゃいますね」
恐らくだが、デニスも子供の髪が湿っていたのには気付いていたと思う。
貫頭衣もやけに綺麗だったし、部屋も慌てて掃除したのだろう。
子供の身支度、掃除、布団や毛布の設置などをしていたのなら、よくぞあの短時間で終わらせられたものだと感心する。
「あのまま踏み込んでも良かったのではありませんか?」
「そうなんですけど、まだ裏がありそうな気がして……踏み込むなら大公家の力も借りようかと思ってます」
「裏と言いますと?」
「時々子供が減っているという話も聞いたので、もしかしたら人身売買にも手を染めているかも……」
「なるほど、それでは一気に囲んで証拠隠滅する暇を与えないつもりですね?」
「それと、子供の保護もお願いしたいので……」
「分かりました。二度手間になってしまいますが、一度ギルドに戻っていただけますか?」
「ええ、構いませんよ」
大公家に行くならば、このまま直接向かった方が近いが、どこから見られているか分からないので、一度ギルドに戻ってアデライヤに報告を済ませてしまうことにした。





