孤児の背景
翌朝、地下道の工事現場に出掛ける兄貴とガドを見送った後、ナバレロとチターリアを起こして三人で食卓を囲んだ。
炙ったベーコン、かぼちゃのポタージュ、それにパンという簡単なメニューだったが、ナバレロもチターリアも貪るように食べている。
昨晩もパン粥を食べさせたけれど、これまで食事に困ってきたトラウマがあるのか、二人ともパンくず一つ残さずに食べた。
「さて、ナバレロ。少し話をしようか」
「な、何だ……でしょうか」
二人ともまだ警戒しているようで、食事を終えたチターリアはナバレロに隠れるようにして俺の様子を窺っている。
「あぁ、名誉子爵だからってかしこまる必要は無いよ。ここに居る時の俺は冒険者だからね」
「でも、凄い冒険者なんだろう。俺の父ちゃんはBランクだったけど、周りからは凄いって思われていたぞ」
ナバレロの父親は、ダンジョンで活動する冒険者だったそうだが、二年ほど前にダンジョンに潜ると言って家を出たまま戻って来なかったようだ。
チャリオットのようにギルドのロッカーに装備などを預けている冒険者ならば、ダンジョンに潜ったのか確認できるが、そのまま潜る者は記録が残らない。
これは、ダンジョンの発掘を優先して、身元確認を緩くしていた影響もある。
なので、ナバレロの父親が本当にダンジョンで消息を絶ったのか、それとも何らかの事情があって姿を消したのかは分からない。
「まぁ、Aランクだから、それなりに凄いよ」
「そうだよな、昨日のあれって魔法なのか?」
「そうだよ、空属性魔法の応用だよ」
「凄ぇ! 俺もあんな風に魔法を使えるようになるかな?」
「それは、ナバレロの属性次第だね」
ダンジョンのある旧王都で、冒険者の息子として生まれ育ったとあって、ナバレロはAランクの俺に興味津々のようだ。
「俺も大きくなったら冒険者になってダンジョンに潜って、父ちゃんを探すんだ!」
「ナバレロ、他の家族はどうしてるんだ?」
「母ちゃんは、たぶん家ごと……」
「兄弟は?」
「チッタ以外には居ない」
チターリアとは血が繋がっていないと聞いたが、ここでナバレロが兄弟はいないと言えばショックを与えると思ったのだろう。
目配せをしてきたナバレロに頷き返しておいた。
ナバレロが暮らしていた家は、ダンジョンの崩落に巻き込まれていて、崩落が起こった後、母親の行方は分からないそうだ。
おそらく、家ごと崩落に巻き込まれてしまった可能性が高いが、これも父親同様に確認は取れていないらしい。
「ナバレロは、チターリアの家族がどうなったのか知ってる?」
「俺と同じように、家ごと……」
チターリアの暮らしていた家は、最初の崩落の一番端の辺りにあったらしい。
路地裏で遊んでいたチターリアだけが助かって、両親も二人の兄も目の前で崩落に巻き込まれてしまったらしい。
つまり、二人ともダンジョンの崩落によって家族も家も失ってしまったようだ。
「あの崩落事故が起こった後、二人はどうしていたの?」
「俺は、伯父さんの家に世話になったんだが、意地悪されて飛び出しちまった」
「チターリアとは、伯父さんの家から逃げ出した後に知り合ったの?」
「いや、俺の母さんとチッタの母さんが友達で、チッタが赤ん坊の頃から知ってた」
「あれ、でもチターリアの家も崩れてしまったんだよね? じゃあ、何処で再会したの?」
「孤児院……」
「えっ、二人は孤児院にいたの?」
「うん……でも、酷い所だった」
二人ともあまりにも汚れていたし、満足に食事をしていないように見えたので連れて来たが、希望するなら孤児院に連れて行こうと思っていたのだが、何やら事情がありそうだ。
「孤児院の何が嫌で逃げ出して来たの?」
「元々孤児院に居た奴らが嫌がらせをするんだ」
ナバレロの話によると、ダンジョンの崩落によって、たくさんの孤児が発生してしまったようで、孤児院のキャパを超えてしまったらしい。
元々孤児院で暮らしていた者達にとって、新たに孤児院で暮らすようになった者達は、自分達の権利を奪う敵だと認識されてしまったらしい。
「でも、あれだけの災害だから大公殿下からも、ギルドからも追加の支援があったと思うんだけどなぁ……」
「良く知らないけど、食べ物は奪い合い、布団も無い、水浴びも満足に出来なかったし、服も着たままだったぞ」
ナバレロの言うことが本当ならば……いや、たぶん本当なんだろうが、孤児院の環境は相当劣悪のようだ。
「教会にお参りに来る人から、食べ物とか貰えなかったの?」
「孤児院は教会とは別の所にあって、俺達はそこから出るなって言われてた」
「世間の目に入らないようにされていたのか……」
「あっ、でも俺よりも年上の人は、少しずつ居なくなってた」
「幼い子は?」
「時々……」
「なるほど」
ナバレロの話だけでは分からないが、どうも孤児院の経営は上手くいっていないようだ。
それは、資金難から来る問題なのか、それとも人材の問題なのか、いずれにしても現状を確かめてからでなければ二人は連れていけない。
「ナバレロ、俺が関わった以上、二人がちゃんと生きていけるようにしてあげたいと思っている」
「本当か?」
「うん。ただ、俺もこういうのは初めてだから、どうするのが一番良いのか迷っている。だから、ナバレロも一緒に考えてくれるかな?」
「分かった。でも、考えるって言われても……」
「そうだね、考える材料が無いと話にならないから、これからギルドに出掛けよう。チターリアが迷子にならないように、ナバレロが手を繋いでいてくれる?」
「大丈夫だ、任せてくれ」
ナバレロは七歳になったばかりで、チターリアはまだ四歳にもなっていないらしい。
二人を連れて、俺が向かった先はギルドのロッカーだ。
「ここって、ダンジョンの入り口じゃないのか?」
「ナバレロは来たことあるの?」
「父ちゃんに連れられて、そこから下を覗いたことはある」
二年以上前と言えば、まだ四歳ぐらいのはずだが、良く覚えているものだ。
前世の日本に比べると、ずっと若い頃から働き出すのが普通だから、大人びた子供も少なくないが、ナバレロは相当大人びている。
兄弟が居ないと言っていたから、近所の年上の子供と一緒にいる時間が長かったのか、父親絡みで冒険者と接する機会が多かったのかもしれない。
「おはようございます、ブルゴスさん」
「これはこれは、エルメール卿、おはようございます。今ロッカーのカギを……」
「あぁ、そうじゃなくて、ちょっとお願いがありまして」
「何でございますか? ダンジョンの立ち入りが禁止されて、この通り暇ですから、何なりとおっしゃって下さい」
崩落が止まった後も、ダンジョンの立ち入り禁止は続いているので、ロッカーを利用する者はおらず閑散としている。
「ちょっとギルドマスターと話があるので、その間だけ二人を見ていてもらえませんか?」
「それは構いませんが、この二人は?」
ざっと昨夜からの経緯を説明すると、ブルゴスさんはナバレロに視線を向けた。
「坊主の父ちゃんは、何て名前だ?」
「エンボロだ」
「なんだ、お前エンボロの息子か」
「父ちゃんを知ってるのか?」
「あぁ、Bランクに上がって、これからだって思ってたのにな……」
ブルゴスさんの話では、ナバレロの父親は腕の立つ冒険者だったそうだ。
さすがに一緒にダンジョンに潜ったことは無いそうだが、ロッカーの管理人をしていれば噂話を耳にする機会は多かったらしい。
「ダンジョンに潜る冒険者の半分は夢のため、もう半分は金のため……なんて言われてる。パーティーを組んで潜れば分け前で揉めるのは珍しくもない。だが、エンボロが仲間と揉めたって話は一度も聞いたことがない」
仲間とトラブルになったのでもなければ、Bランクの冒険者ならば滅多なことでは命を落としたりしないと思うのだが……。
「噂ですが、エンボロは最下層の横穴に挑んだんじゃないかって言われてました」
「なるほど……」
「そこに行けば、父ちゃんが見つかるかもしれないのか?」
「そいつは難しいな。あそこを攻略した者は一人も居ないし、崩落後にどうなっているかも分かっていない」
ブルゴスさんは慎重に言葉を選びながらナバレロに説明してくれたが、もし最下層の横穴に入って消息を絶ったのならば、生きている可能性はゼロだろう。
ダンジョン崩落の一因となった地竜も、最下層の横穴から出て来た可能性が高いので、遺品を発見することすら困難だろう。
俺は、ブルゴスさんとの話に夢中なナバレロに、チターリアを忘れるなと釘を刺してから、ギルドマスターとの面会を申し込みに向かった。





