大公家での会合(前編)
「ようこそいらっしゃいました、エルメール卿」
「こんにちは、今日はよろしくお願いします」
大公殿下の屋敷を訪れると、狼人の執事マルシアルさんが出迎えてくれた。
「もう皆さん、お揃いでしょうか?」
「ギルドマスターのアデライヤ様と担当職員の方、それに当家の執務官は席に着いております」
「えっ、マズいな待たせちゃってるのか……」
「いいえ、お時間までには、まだ間がございますし、当家の主を除けば、エルメール卿が一番身分が高いのですから問題ございません」
「そうかもしれませんが、人を待たせるのって苦手なんですよね」
「それは、慣れていただくしかありませんな。これからは、先に到着してしまうと相手が恐縮してしまう状況が増えますよ」
「あぁ、そういうものなんですね」
「はい、貴族社会とは、そういうものです」
ザ・執事というカッチリした雰囲気のマルシアルさんだが、話すとユーモアに富んでいる。
この辺りは、主人であるアンブロージョさんの気質も影響してるのだろう。
「どうぞ……」
案内された部屋は、大きなテーブルが置かれた談話室のような作りになっていた。
大公殿下が座る席から見て、右斜め前にギルドマスター、その隣に担当者らしい三十代ぐらいの馬人の男性が座っている。
大公殿下の左斜め前が俺の席で、その隣には二十代後半ぐらいの山羊人の男性が座っていた。
俺が部屋に入った途端、三人は席を立って頭を下げた。
「遅くなって申し訳ない、どうぞ楽になさって下さい」
俺が座ったところで、三人も腰を下ろす。
正直、とっても面倒くさい。
座ったまんま、やぁどうも程度で構わないと思うのだが、まさか大公殿下相手に俺が実践する訳にもいかないから、あと一回同じことが行われるのだろう。
全員が着席したところで、ギルドマスターのアデライヤが声を掛けてきた。
「エルメール卿、ギルドで地下道関連を担当しているソイルです。お見知り置きを……」
「ソイルです、よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしく」
ギルド側の担当者の紹介が済んだところで、山羊人の男性が声を掛けてきた。
「初めまして、大公家で地下道関連の執務官をしております、セルバテスと申します。よろしくお願いいたします」
「こちらこそ……」
俺を除くと一番若く見えるセルバテスは少し緊張しているようで、しきりに額の汗をハンカチで拭っている。
互いの紹介が終わって、少し経ったタイミングで大公アンブロージョ・スタンドフェルド殿下が姿を現した。
すぐさま全員が席を立って、深々と頭をさげる。
「あぁ、楽にして構わんぞ。ギルドの担当、名を何と言う」
「はっ、ソイルと申します」
大公殿下は大股で自分の席まで歩くと、どっかりと腰を下ろした。
「さぁ、楽にしてくれ。実りある時間にしよう」
全員が着席したタイミングで、またアデライヤが声を上げた。
「ご多忙な時間にお集まりいただき感謝します。本日はダンジョンの発掘と管理についての話し合いを行いたいと思っております」
アデライヤは、ダンジョン新区画での発掘作業は無秩序で行えば落盤事故を引き起こしかねないことと、地下道の完成によって出入りする人間が増えると管理の目が届かなくなるなど、今後予想される問題点を語った。
説明が一段落した所で、今度は大公殿下が口を開いた。
「アデライヤよ。受け取った資料を見て、大公家の支援が必要なのは分かったが、これまでダンジョンの管理は全てギルドが行っていたのに、大公家が絡むのを冒険者は納得するのか?」
「おっしゃる通り、冒険者の一部からは反発の声が上がると思われます。なので、冒険者の代表としてエルメール卿にご足労を願いました」
「なるほどな……」
大公殿下は納得したようだが、たぶん冒険者たちは納得しないだろう。
「あの、ちょっとよろしいですか」
「なんでしょう、エルメール卿」
「俺を冒険者の代表にしたいようですが、ご期待に添えられないと思います」
「なぜでしょう?」
「確かに俺は旧王都を拠点として冒険者をやっていますが、同時に名誉職とはいえども子爵位を王国から与えられています。冒険者にとって不利な意見を採択した場合、俺の見解は貴族側の見解として受け取られてしまう気がします」
「なるほど……」
「それと、うちのパーティー、チャリオットのメンバーについても同様かと」
俺が意見を述べ終わると、大公殿下はニヤリと口許を緩めてみせた。
「エルメール卿、まさか早々にお役御免になるためではなかろうな?」
「とんでもございません。これでも冒険者の端くれとして、冒険者側に利益がもたらされるようにしたいとは思っております。ただ……」
「ただ?」
「地下道が完成すると、これまでとは発掘の形態が大きく変わっていくのは明らかです。将来的な発掘状況を考えれば考えるほど、冒険者の役割が小さくなっていくのは止むを得ないとも感じております」
新区画には旧区画に出没していた強力な魔物が現れない可能性や、アーティファクトなどの新しい知識、検証が必要になると話すと、大公殿下も大きく頷いた。
「なるほどな、確かにこれからは、冒険者がお宝探しに潜るというよりも、学者が調査に向かうといった要素が強まるだろうな」
「ですが、フキヤグモやヨロイムカデといった魔物は生息していますので、冒険者の出番が全く無くなるという訳ではありません。ただ、需要自体は大幅に減ってしまうでしょう」
「だが、ダンジョンからの出土品は確実に増えるぞ。そうなれば旧王都の外へと持ち出される物も増えて、護衛の依頼は大幅に増えるであろうな」
「はい、おっしゃる通り、冒険者の依頼数は、現状よりも増えるでしょう。問題は、これまで発掘を基本に活動してきた冒険者達が、護衛依頼で納得できるかどうかですね」
ダンジョンでの宝探しと、商人の護衛は全く異なる仕事だ。
器用に切り替えられる者ならば問題ないのだろうが、発掘一筋みたいな冒険者は護衛中心の生活に馴染めない恐れがある。
だからと言って、冒険者が勝手に発掘を進めれば、落盤事故の恐れがある。
冒険者の役割の変化、発掘形態の変化、それに伴う管理権限、問題は山積みだ。
「なるほどな、問題は多岐にわたり、複雑に絡み合ってるようだな。なので、一つずつ解決していこう。まずは金、権利について考えるとしよう」
大公殿下は、一番揉め事の原因になる権利について話し合うように命じた。
「アデライヤ、再開後の発掘は、どう進めるつもりだ?」
「はい、発掘はエルメール卿にご提供いただいた、先史時代の地図を元に進めるつもりです」
地下道の建設を進める際に、俺はスマホから手に入れた地図データを提供している。
どこに、どの広さの建物があるのか、既にギルドは把握している。
「アデライヤ、これまでダンジョンで発見された品々の権利は、発見した者に帰属するのだったな?」
「はい、おっしゃる通りです」
「それならば、新区画の建物の権利は、新区画を発見したエルメール卿のものではないのか?」
「理論的には、そうなりますが……」
「利権が巨大すぎるか」
「はい、なのでエルメール卿の所属するパーティーには、最初に発見した建物と、その北隣の建物の権利を認めています」
最初に発見した建物がショッピングモールで、隣はいわゆる家電量販店のようなものだ。
未だに一部しか調査が終わっていないが、総額は恐ろしいほどの金額になるのは間違いない。
それ以上を望むのは、欲張り過ぎだろう。
「つまり、エルメール卿は本来得るべき権利を放棄しているのだな?」
「はい、おっしゃる通りです」
「そうか、ワシは姑息な手段は好まぬが、仮に冒険者達が頑なに権利を主張するような事態になったならば、貴族であるエルメール卿が大きな権利を放棄している事を利用させてもらうかもしれんが……構わぬか? エルメール卿」
「状況次第ですが、冒険者の正当な権利を侵害しないのであれば、構いません」
「分かった、あくまでも最後の手段としよう」
これまでの旧王都の状況を考えると、大公殿下は冒険者を搾取するような領地経営をしていない。
俺の権利放棄を交渉のカードとして与えた格好になったが、悪用される可能性は低いと思う。





