防げなかった自爆
不思議なことに、遠くからでもオラシオの姿は見分けられる。
その日は、いつもと少し時間を変えて、午後の遅い時間に空撮に出掛けた。
ぐるりと新王都の空撮を終えて騎士団の施設へと戻ってくると、入口の受付に向かう騎士候補生二人の姿が見えて、そのうちの一人がオラシオだった。
オラシオと同室のトーレは、都外の住民から聞き取った不審な情報を知らせに来たところだった。
その場に居合わせたブルーノ第一師団長と打ち合わせて、俺が一足先に空から偵察に出向いた。
場所は騎士団の訓練場の外側で、都外といっても住民が住み着いていないエリアだ。
西の空が赤く染まり始める頃で、普通ならば人影を見掛けない時間帯だ。
「ん? 何だ?」
オラシオ達から聞いた川の畔に数人の人影が動いているのが見えた
タブレットを起動して、動画モードにしてから気付かれないように接近を試みる。
「あれは……騎士候補生? 何やってんだ、あいつら! あっ!」
近づいていくと四人の騎士候補生が、貧しい身なりの猫人数人に暴行を働いていた。
騎士候補生といっても、体の大きさは一般の成人男性以上で、猫人達は体を丸めて必死に身を守っているように見えた。
猫人の尻尾を握って引き摺り回している騎士候補生の背中に、物陰に隠れていた黒いコートを着た猫人が飛びついた。
飛びつかれた騎士候補生は、尻尾を握っていた猫人を蹴とばし、その直後に黒いコートの猫人が自爆したのだ。
「何てことだ……」
現場全体が捉えられるアングルでタブレットを固定し、急いでオラシオに声を掛けた。
後で飯でも一緒に食おうかと思って、居場所が分かるようにオラシオに空属性魔法の探知ビットを付けておいたのが幸いした。
そこに空属性魔法でスピーカーとマイクを作って、こちらの声を届けて救護班を手配してもらい、俺は現場の鎮圧に向かった。
空属性魔法で風の魔道具を作って土埃を吹き飛ばすと、現場は酷い有様だった。
「全員動くな! これ以上、無駄死にするな!」
「ふぎゃ……」
黒い服を着込もうとしていた猫人を雷の魔法陣で昏倒させる。
素早く駆け寄って、黒い服を遠くへ投げ捨てた。
動こうとしていたのは昏倒させた猫人だけで、他の猫人や騎士候補生は腰を抜かしたように座り込んでいた。
自爆した猫人は肉片と化し、しがみ付かれていた騎士候補生も胴体が吹き飛ばされ、手足が転がっている状態だ。
とりあえず、猫人達を空属性魔法のラバーリングで拘束して、残った騎士候補生に声を掛けた。
「おい、大丈夫か? 怪我は?」
「あ……あぅ……」
仲間の肉片を全身に浴びた候補生は、ショックでまともに喋れない状態だった。
かろうじて話が出来たのは、自爆地点から一番離れた場所にいた候補生だけだった。
「他に二人男が居たけど逃げていって、コリントがアジトの確保が先だっていうから……あぁぁぁ、コリントがぁぁぁ……」
「落ち着け! 君は王国騎士を目指しているんだろう、だったら今やるべき事は何だ!」
「今やるべき事……」
「まずは仲間の無事を確認しろ! 怪我をしていたら手当てが必要だろう! 反貴族派と思われる連中は俺が拘束した。後は、これから駆け付けて来る騎士に何があったのか正確に報告しろ。いいか、シャキっとしろ!」
「は、はいっ!」
バシっと背中を叩いて喝を入れると、ようやく候補生は冷静さを取り戻したようだった。
というか、あの候補生って泳がせた反貴族派を捕まえちゃった連中なのかな。
一人はバラバラに吹っ飛んでしまっているし、他の二人は血まみれなんで顔が分からなかった。
先日の捕り物で変な自信をつけて、自分達だけで摘発しようなんて考えちゃったんだろうか。
オラシオ達の情報にあった船着き場の近くには、草を被せてカモフラージュした半地下構造の小屋が二つ建っていた。
片方が倉庫、片方は生活スペースのようで、中には砲撃用の土管や粉砕の魔道具、それに猫人が着るのに丁度良いサイズの黒いコートが残されていた。
黒いコートの内側には、例の小型化した粉砕の魔道具が取り付けられている。
魔道具の分だけ厚みが出てしまうが、拘束した猫人はみんな痩せているから、コートを着てもあまり違和感は無いだろう。
たぶん、拘束した猫人達は、ジェロのように騙されて集められた者達なのだろう。
ラガート子爵からは、俺が活躍して名前が売れれば、猫人を見る世間の目も変わるし、猫人自身の意識も変わっていくはずだと言われた。
エルメリーヌ姫を救った顛末が劇になって上演されたり、ダンジョンで新区画を発見したり、自分では活躍しているつもりだが、世間の認知度はまだまだなのかもしれない。
騎士が到着するのを待って、俺はタブレットを回収して報告に戻ることにしたのだが、意識を取り戻した自爆を試みた猫人からは、あの日のカバジェロと同じ目を向けられた。
「黒い悪魔め! いつか殺してやる!」
「本気で世の中を良くしたいなら、もっと広い視野で物事を見ないと駄目だよ。王族や貴族を殺せば解決するほど世の中は単純じゃない」
「うるさい! 偉そうに知ったような口を利くな!」
別に見下すつもりなんか無いけれど、縄を打たれて騎士に引っ立てられていく猫人と騎士から敬礼される俺の間には大きな溝があるように感じてしまった。
騎士団へと戻り、騎士団長に映像を見せて経緯を説明すると、訓練所の教官にも映像を見せるように頼まれた。
状況を確認しに来た教官は、四十過ぎと思われる大柄な虎人の男性だった。
やんちゃな騎士候補生達を教育している人物とあって威厳に満ちた雰囲気で、そこに居るだけでも威圧感のようなものを感じたのだが……。
「この度は、私共の訓練生がご迷惑をお掛けして申し訳ございません」
騎士団長が一緒だったからとは言え、教官は深々と頭を下げてみせた。
「厳しく鍛えているつもりですが、候補生達には実戦の経験が不足しております。都外の捜索に加わる話をいただいた時には、良い経験になると思いましたし、不審な情報を得た場合には直ちに騎士団に届けるように申し付けておいたのですが……」
「先日、反貴族派の容疑者を捕らえる手伝いをしてくれたので、少し気持ちが大きくなってしまったのかもしれませんね」
死亡した騎士候補生の素性を告げると、教官は目を見開いて驚いていた。
「それでは騒動を起こしたのは、コリントの班なのですか?」
「はい、生き残った候補生がコリントという名前を出していましたね」
「あいつら、あれほど独断で動くなと言っておいたのに……」
訓練所の方針は、あくまでも聞き取りであって、候補生たちには容疑者の捕縛などは命じていないそうだ。
そもそも、候補生には容疑者を逮捕する権限は無く、あくまでも一般人が捜査に協力するのと同じ扱いらしい。
なので、猫人の容疑者を拘束することも越権行為になりかねず、暴力を加えたことは犯罪として罪に問われかねないようだ。
タブレットを使って候補生たちが猫人を暴行している様子を見せると、教官は頭を抱えてしまった。
「あの馬鹿どもが、一体どこで履き違えたのか……」
「あの、ちょっとよろしいでしょうか?」
「なんでしょう、エルメール卿」
「都外で『巣立ちの儀』を開催する案は、ルベーロ達が提案したと聞きました」
「エルメール卿の幼馴染も一緒の班ですね」
「えぇ、今日も騎士団の入口で会って、この場所の情報を聞きました。それは良いのですが、今回猫人が自爆攻撃を行った件を反貴族派の連中が利用しないか危惧しています」
「それは、騎士候補生のせいで猫人が自爆しなきゃいけなくなった……みたいな感じですか?」
「はい。実際には、反貴族派が利用するために猫人を丸め込んでいるのだと思いますが、状況としては候補生の暴行が発端となってしまっているので……」
「なるほど、都外の住民からの反発があるかもしれないのですね」
「そうです。明日以降、都外で活動する候補生には気を付けるように言っておいて下さい」
「分かりました、お気遣い感謝いたします」
虎人の教官は、これから候補生たちに訓示を行うべく訓練場へと戻っていった。
死人の悪口を言うのは好きじゃないが、一部の不心得者のためにオラシオ達の頑張りが無駄になってしまうのは腹立たしい。
教官を見送った後、騎士団長から声を掛けられた。
「心配かね、エルメール卿」
「正直に言うと目茶苦茶心配なんですが、あと二年で騎士になるのだとしたら、この程度の危機は自分達の力で乗り越えてもらいたいです」
「なかなか厳しいのだね」
「勿論、というか、オラシオ達なら乗り越えられると期待しますから」
「なるほど……幼馴染とは良いものだな」
「はい」
将来ある騎士候補生の命が失われてしまったのは残念だが、自爆要員と思われる猫人の多くを保護できたのは幸いだ。
ただ、自爆要員が猫人だけとは限らないので、まだ完全に安心する訳にはいかない。
『巣立ちの儀』の本番は否応なく近付いてくる。
人生の晴れの一日を守るために、今できる事を着実に終わらせていこう。





