騎士見習い奮闘記 - 中編(オラシオ)
※今回もオラシオ目線の話になります。
『巣立ちの儀』への参加希望者は、昼過ぎになると殆ど来なくなった。
話を聞き付けた人達は、早く登録しようと集まっていたらしい。
参加希望者が途切れたので、机と椅子を貸してくれた人にお礼を言って、騎士団へ報告に向かうことにした。
「椅子と机、ありがとうございました」
「おや、今日は早仕舞いなのかい?」
「はい、ちょっと気になる不審者の情報をもらったので、騎士団に知らせておきたいんです。『巣立ちの儀』の当日に騒ぎが起こってしまうと、せっかくの儀式が中止になってしまうかもしれませんので」
「あぁ、去年は大聖堂の辺りが大騒ぎだったんだってねぇ。そうだね、今年は私らのところでも儀式をやってもらうんだ、騒ぎなんて起こってもらいたくないね」
「はい、都外での儀式は僕らが必ず守ってみせます。もし、この後に儀式への参加を希望する人が来たら、明日も聞き取りに来るからと伝えて下さい」
「あいよ、頑張っておいで、未来の騎士様」
「はい、頑張ります!」
周りで話を聞いていた人達にも敬礼してから、騎士団を目指した。
僕が今日担当しているのは、王都の中心から見て南東の都外だ。
ここから騎士団の施設に戻るには、王都の南門を通って、第二街区を抜けて行く方が早い。
王都に入る南門へと向かっていると、トーレと出くわした。
「オラシオ、何か情報か?」
「トーレも?」
「不審者の一団が王都の北に向かっているらしい」
「王都の北? もしかすると僕が知らせてもらった所かも」
トーレと情報の擦り合わせをしていると、後から声を掛けられた。
「お前ら、ここで何をしてる? ここは俺たちの担当だぞ」
振り向いた先にいたのはコリントと同室の三人だった。
自分達の担当地域を荒らされているとでも思ったのだろうか、声には不機嫌そうな響きが混じっている。
「僕らは都外で行う『巣立ちの儀』の参加者を募集してただけだよ」
「嘘つけ、不審者がどうとか話してたじゃないか」
「それは、『巣立ちの儀』への参加を希望する人や、周囲の人が情報を持ってきてくれただけだよ」
「ふん、どうだかな。どうせ、大した情報じゃないんだろう?」
「そんな事は無いよ、王都北側の都外を流れる小川に、不審な船着き場が出来ているらしいんだ」
「ほう、そいつは確かに怪しいな」
情報の内容を説明すると、コリント達は不機嫌そうな表情を消して聞き入っていた。
「お前ら、早く知らせに行け。この情報はかなり怪しい」
言われなくてもそのつもりだし、そもそも僕らが足止めされているのはコリントのせいだと思うけど……まぁ本人には言わないけどね。
コリント達と別れた僕らは、第二街区を速足で進んだ。
ホントなら走って行きたいところだけど、街は多くの人でごった返している。
こんな混雑した通りを走ったら、道行く人にぶつかって撥ね飛ばしてしまいそうだ。
「なんで僕が前なの? トーレの方が上手く人混みを抜けられるんじゃない?」
「俺が前だと、俺だけ抜けてオラシオはぶつかる……」
「うもぉ……返す言葉が無いよ」
確かにスマートなトーレなら摺り抜けられる場所でも、僕が通ろうとしたらぶつかってしまうだろう。
「ぼやいてないで急げ……」
「うもぉ……最近トーレが厳しい気がするよ」
トーレに尻を叩かれながら、人混みを通り抜けて騎士団の施設へと辿り着いた。
門の脇にある受付で敬礼をしながら、大きな声で訪問の理由を告げる。
「騎士訓練生四回生、オラシオとトーレ、不審な情報を得たので報告に参りました!」
「おぉ、感心、感心、聞かせてもらおうか」
返事は受付からではなく僕らの背後から聞こえてきた。
振り向いた先にいたのは、いたずらっぽい笑みを浮かべた熊人の偉丈夫だった。
しかも、身につけている鎧に付いている階級章は師団長のものだった。
トーレと一緒にバネ仕掛けのオモチャみたいに敬礼すると、熊人の師団長は惚れ惚れするような動作で敬礼を返してくれた後で、ふっと表情を引き締めた。
「第一師団長のブルーノ・タルボロスだ。簡単で構わないから、その情報を教えてくれ」
タルボロス第一師団長の求めに応じて、さっき聞き取った情報を話そうとしたら、今度は空から声が降ってきた。
「その話、自分にも聞かせてもらえますか?」
「ニャンゴ!」
「よう、オラシオ。トーレも頑張ってるみたいだな」
「やはり、エルメール卿の幼馴染だったか」
「ブルーノ師団長、オラシオを御存じだったんですか?」
「いや、先日の報告書に他の騎士候補生とは違った方法で捜索を進めている者達がいると聞いていたのでな」
僕とトーレはガチガチに緊張しているのに、ニャンゴはタルボロス第一師団長と普通に会話を交わしている。
正騎士の人達でも、師団長クラスと言葉を交わすのは緊張すると聞いているのに、ニャンゴは体は小さいけど大物だ。
「えっ、都外での『巣立ちの儀』の開催はオラシオ達の提案なんですか?」
「どうなんだ? オラシオ訓練生」
「は、はいっ、自分とルベーロ、トーレ、ザカリアスの四人による提案であります」
「凄いぞ、オラシオ! あぁ、でも言い出しっぺはルベーロかな?」
「うん、そう……そうであります!」
ニャンゴに話し掛けられて、うっかりいつもの調子で返事をしそうになっちゃったよ。
第一師団長にまで笑われちゃったじゃないか。
「さて、本題に話を戻そう。聞き取った情報を教えてくれ」
「はい、新王都北側の都外を流れている小川に、今年の初め頃に不審な船着き場が作られて、貧しい身なりの者達が荷揚げをしていたそうです」
「どの辺りだ?」
「こちらが描いてもらった略図です」
僕らがカバ人の男性に描いてもらった地図を見せると、ニャンゴはアーティファクトを操作し始めた。
「ブルーノ師団長、これじゃないですか?」
「ふむ、確かに船着き場を作るような場所ではないな」
「ちょっと、空から偵察してきますよ」
「頼めるか?」
「任せて下さい」
ニャンゴは、身軽に宙を蹴って空へと駆け上がっていった。
小さくなっていくニャンゴを見送りながら、タルボロス第一師団長が呟いた。
「まったく、空属性は空っぽな属性だ……なんて言ったのは、どこのどいつなんだろうな」
「ニャンゴは、いっぱい、いっぱい、努力したんだと思います」
「そうだろうな。我々も負けてはいられん。おい、エルメール卿が戻り次第、情報を聞き取って明日には摘発に向かうぞ」
「はっ! かしこまりました」
タルボロス第一師団長の指示に、同行している騎士は不敵な笑みを浮かべてみせた。
「あのぉ、自分らは……」
この後どうすれば良いか訊ねようとしたら、ニャンゴが向かった方向から大きな爆発音が響いてきた。
僕やトーレが、ビクっと体を震わせたのに、タルボロス第一師団長と部下の騎士は全く動じる気配を見せなかった。
その時、突然何も無い空間から話し掛けられた。
「オラシオ、まだそこに居るな?」
「ニャンゴなの?」
「質問は後だ、ブルーノ師団長にさっきの船着き場へ大至急救護班を送るように伝えて……」
「エルメール卿、何が起きたのだね?」
「反貴族派と思われる者が自爆攻撃をしてきました。騎士候補生四人が負傷していて、その内の一人は重傷です」
「分かった、すぐに救護士を向かわせる」
タルボロス第一師団長は、連れて来た部下や近くにいた騎士に素早く指示を出していく。
その時、それまで黙っていたトーレが第一師団長に声を掛けた。
「あ、あの……自分らも連れて行ってくれませんか?」
「その格好で行くつもりか?」
「あっ……」
僕らは革鎧の胴と背当てしか防具は身につけていない。
負傷者が出るような現場に向かうには、いささか不向きと言わざるを得ない。
「情報は確かに受け取った。大人しく訓練所へ戻りたまえ」
「はい……」
僕らは、タルボロス第一師団長の言葉に従うしかなかった。





