騎士見習い奮闘記 - 前編(オラシオ)
※今回はオラシオ目線の話になります。
僕らが考えた、都外で『巣立ちの儀』を行うという提案が騎士団に承認された。
しかも承認を伝える書類には、良い提案だと騎士団長から賞賛の言葉が添えられていたそうだ。
それを教官から伝えられた僕らは躍り上がって喜んだが、浮かれている暇は全く無かった。
都外での『巣立ちの儀』は、僕ら騎士訓練生が中心となって開催するように、騎士団から命じられたのだ。
教官からは、お前らが提案したのだから、お前らが中心となって開催計画を作り、準備を進めるように命じられてしまった。
当然、僕ら四人だけで準備が出来るはずもないので、協力者を募ることにしたのだが……手を挙げてくれたのはウラード達の班だけだった。
「お前ら浮いてるからな」
ウラードの言葉に、僕らは苦笑いするしかなかった。
都外の捜索に協力し始めて、もう五日以上経つけれど、僕ら以外の騎士訓練生は相変わらず防具を完全装備して、腰に剣を吊って聞き込みして回っている。
コリント達の班が、反貴族派の男を捕らえる手柄を立ててからは、他の班も厳しい態度で聞き込みをしていると聞いている。
聞き込みの内容も、不審な人物がいないかに限定されているようで、僕らのように住民から困り事を聞いて回っている班は無いらしい。
つまり、僕らは他の班からは変わり者の集まりのように思われているようだ。
それと、僕がニャンゴの幼馴染だと知られていて、今回の提案が承認されたのも、その影響じゃないかと思われているらしい。
「ウラード達は、どうして協力してくれるの?」
「エルメール卿には世話になったし、それに今のやり方だと成果が出せそうもないからな」
ウラード達は、完全防備はしているものの、住民から不審者以外の情報も聞くようにしているらしい。
威圧するような態度で不審者の情報を尋ねても、黙って首を振られることが殆どらしい。
そんな中、僕らが住民の要望を聞き取って、都外で『巣立ちの儀』をやろうと提案したことに興味を持ったそうだ。
「そんで、俺たちは何をすれば良いんだ?」
「まずは儀式に参加を希望する者の名簿を作らないといけない」
僕らを代表してルベーロが、都外で『巣立ちの儀』を行う意味と目的を話すと、ウラード達も納得したようだ。
翌日から、僕らは手分けして『巣立ちの儀』に参加を希望する人を募って、名簿を作り始めた。
ミリグレアム大聖堂の会場とは別に『巣立ちの儀』を行うと伝えると、都外の住民の反応は僕らの予想を超えていた。
昨年どころか、二年前、三年前から儀式を受けられていない人がいるらしく、参加希望者は予想の何倍にもなった。
参加希望者を募ったその日の時点で、会場は複数設けないと一日では終わらなくなりそうだった。
「ルベーロ、どうする?」
「明日教会と交渉して、東西それに南側の三ヶ所で開催出来ないか聞いてくるよ」
「それじゃあ会場の選定もしなきゃいけないんじゃない?」
「俺は教会との交渉に行くから、会場の場所探しは任せる。それこそ、都外の人達に聞いてみたらどうだ?」
「そうか、情報を集めれば良いんだね」
「そういうことだ。頼んだぜ」
ルベーロは、教会との交渉や計画の立案などに奔走している。
その間に、僕らは都外で聞き込みをやらなきゃいけない。
人と話をするのが得意なルベーロに比べて、僕は自分でも情けなくなるほど口下手だが、そんな言い訳をしている場合ではなくなった。
今日も担当地域に出向いて、『巣立ちの儀』に参加を希望する人を集め、ついでに不審者の目撃情報を集める予定だ。
打ち合わせを終え、準備を整えて担当地域に出向くと、近くで暮らしている人達が机と椅子を用意していてくれた。
「お兄ちゃん、これを使っておくれ。ずっと立ったままだと大変だろう」
用意された机の前には、早くも参加を希望する人が二十人以上も列を作っていた。
「あ、ありがとうございます。すぐ準備します」
「ねぇ、去年儀式を受けられなかった子も受けさせてもらえるって本当なのかい?」
「はい、教会に交渉していますし、その……一歳ぐらいなら分かりませんよ」
「おやおや、未来の騎士様がそんな事で良いのかい?」
「はい、『巣立ちの儀』は誰にとっても大切なものです。僕らは大切なものを守るために騎士を目指していますから」
「おぉぉ……それでこそ、未来の騎士様だ」
僕は普通のことを言ったつもりだったけど、集まった人達から拍手されてしまった。
照れ臭くて、顔から火が出てしまいそうだ。
「あっ、でも、正式に決まるまでは内緒にしておいてください」
「あはははは……正直者だねぇ」
今度はみんなに笑われてしまって、やっぱり顔から火が出そうだ。
でも、集まってくれた人達は、みんな笑顔を浮かべて話し掛けてくれる。
探索に協力し始めた頃は、どこに行っても警戒されて、探るような視線を向けられていた。
この変化は、ルベーロやトーレが根気強く住民たちの話に耳を傾けてきた成果だ。
僕がやるべき事は、このみんなの期待を裏切らないように精一杯努力する事だろう。
儀式への参加を希望する人からは、名前と住んでいる大まかな場所、人種などを聞き取り、ついでに儀式を開くのに丁度良い場所や困っている事はないか訊ねた。
聞き取った内容を別の人が見ても分かるように丁寧に書き込んでいく。
騎士訓練所に入所した頃、僕は酷い癖字を直すように教官から怒られた。
正騎士になれば色々な書類を作成するようになり、それは自分以外の誰かに伝えるための物なのだから、読めない字で書いたのでは意味が無いのだ。
この日も儀式への参加を希望する本人や親御さんが続々と集まって来て、行列が解消されたのはお昼を過ぎてからだった。
やっと一段落して、ほっと一息ついていると、中年のカバ人の男性が歩み寄ってきた。
行列を作っていた人達は、希望と不安が入り混じったような表情を浮かべている事が多いのだが、この男性は探索を始めた当初に受けた探るような視線を向けてきた。
「『巣立ちの儀』への参加をご希望ですか?」
「いや、そうじゃねぇ……」
「では、何かお困り事でしょうか?」
「いや……あんたら、反貴族派とかいう怪しい連中を探してるんだよな?」
「はい、『巣立ちの儀』の当日に騒ぎを起こそうと計画しているようなので……」
「そいつらを捕まえてどうするんだ?」
「えっと……罪状によりけりです」
「どういう意味だ?」
「反貴族派と言っても、金儲けが目的で人殺しさえする極悪人もいますし、世の中を良くするためだと騙されて利用されている人もいます。処分は、罪状によって変わってきます」
一時期、訓練所を退所させられた後、反貴族派のアジトに潜入していたウラードから、反貴族派に参加している人たちの実情を聞かせてもらった。
ウラード自身が騎士候補生に戻れたように、反貴族派として捕らえられた人の処分も様々らしい。
騙されていた人達には、反貴族派にも悪い連中が居ることを理解してもらい、一定期間の懲役や講習を施した後で社会復帰を促しているそうだ。
「そうか、捕まえたら問答無用で処刑って訳じゃないんだな?」
「はい、罪状によりけりです」
僕の説明を聞いた男性は少し考えた後で、意を決したように話し始めた。
「新王都の北側に小川が流れてるのを知ってるか? 身軽な奴だったら飛び越えられそうな小川だ」
ちょっと場所が分からなかったので、男性に大まかな地図を描いてもらった。
「この辺りに冬でも小魚が集まる淵があって、ちょいちょい獲りに行ってたんだが、今年の初め頃に妙な船着き場が出来て、俺らよりも貧しそうな連中が何やらやってるんだが……あれは反貴族派に利用されてる連中じゃないのか」
男性が言うには、その辺りは商売をするような場所ではないのに、いくつもの木箱を船から降ろしていたらしい。
「昨日も魚を獲りにいったんだが、なんだか人相の悪い男が混ざっていたから帰ってきたんだ」
「ありがとうございます。騎士団に伝えて調べてもらいます」
「あぁ、頼んだぜ」
カバ人の男性は言いたい事だけ言い終えると、背中を向けて去っていった。
もしかすると、魚を獲るのに邪魔な連中を排除したいだけかもしれないけど、この情報は確かに怪しい。
今日の聞き取りが終わったら、騎士団に報告を入れよう。





