提案
俺が画像チェックで見つけた怪しい場所は半数以上が思い過ごしだったが、凹んでいる暇は無い。
何しろ、半数近くの場所には反貴族派と思われる連中が潜んでいたのだ。
正直、俺は二割ぐらいで当たりを見つけられれば御の字だろうと思っていたのに、こんなに多くの反貴族派が入り込んでいるなんて思ってもいなかった。
そして、土管を使った大砲の他に、殺傷性の高い爆弾が用意されているのが判明した。
これは恐らくだが、旧王都の反貴族派が騎士を相手に使っていた、待ち伏せて爆破する方法をアレンジした物のようだ。
折れた刃物や錆釘、陶器の破片などを粉砕の魔道具にした木箱に詰め込んである。
外から見ると、一般的に使われている荷運び用の木箱にしか見えないが、粉砕の魔導具が起爆すると、箱に詰めた破片が周囲に飛び散ることになる。
当然、至近距離で爆発されたら人体なんてバラバラになってしまうだろうし、雑踏で爆破されたら多くの怪我人が出てしまうだろう。
しかも、破片を詰めただけの木箱を隣に置けば、単純計算で威力は倍になる。
師団長を集めた定例の会議で、破片爆弾に関する報告を聞いた騎士団長は顔を顰めた。
「まったく、何ていう物を作りやがるんだ……反貴族なんて全く関係無いじゃないか」
騎士団長が憤るのも当然だ、
破片爆弾は、無差別に大量の人を傷つけるための物であり、限られた存在である貴族を狙うのに相応しいとは思えない。
反貴族派の連中は、この破片爆弾で多くの人が傷ついたのは貴族のせいだ……みたいな話にしたいのだろうが、それはいくら何でも無理がある。
「これまでに爆弾はいくつ見つかっている?」
「製造途中の物を合わせると、全部で十四箱です」
ブルーノ・タルボロス第一師団長の答えを聞いて、騎士団長は溜息と共に天井を仰ぎ見た。
「これが全て起爆されていたら、どれほどの人間が傷付いていたことか。大量に押収されたことを嘆くよりも、起爆する前に押収できたことを喜ぶべきなのだろうな」
俺が加わって三日の間に第二街区の捜索は進んだが、まだ第三街区の捜索は殆ど終わっていない。
立ち入るのに厳しいチェックがある第二街区に比べて、規制の緩い第三街区には更に多くの反貴族派が入り込んでいる可能性が高い。
更には、都外の捜索は騎士候補生頼みの状態だ。
『巣立ちの儀』までは、残り二十日を切っている。
果たして今のペースで捜索を続けていて、無事に『巣立ちの儀』を迎えることが出来るのだろうか。
だが、心配したところで俺に出来ることには限界がある。
何か効率良く捜索を進められる方法は無いかと考えていたら、騎士団長が次の対策を口にした。
「第三街区から内側は、引き続き捜索を進めてもらうが、都外の対策について提案が上がって来ている」
「何処からの提案ですか?」
ブルーノ第一師団長の問いに、騎士団長は騎士候補生からの提案だと答えた。
「内容は、都外に暮らす子供のために、ミリグレアム大聖堂で行われる『巣立ちの儀』とは別に儀式を行うというものだ」
「都外の住民のために、わざわざ別の儀式会場を作るのですか?」
「そうだ」
騎士団長は頷いてみせたが、質問したツェザール第二師団長は提案に懐疑的なようだ。
「会場を増やしたら、それだけ警備の人員を増やす必要があるのではありませんか?」
「それについては、騎士候補生が行うと提案してきている」
「そんなに簡単なものではないでしょう」
「無論、騎士候補生だけで出来るとは思ってはいないが、この提案の主旨には耳を傾けるべき価値があると思うぞ」
提案してきた騎士候補生によれば、『巣立ちの儀』が受けられないことが都外の住民にとっては大きな不安要素となっているらしい。
ミリグレアム大聖堂で行われる儀式には、新王都の住民として登録されている子供しか参加できない。
住民として登録の無い都外の子供たちは、新王都とは別の街の教会などに出向いて儀式をやってもらうそうだが、神官の中には街の住民以外に儀式を施す際に高額の寄付を要求する者もいるらしい。
寄付が必要無い場合でも、別の街まで出向くには乗り合い馬車の運賃や途中の宿泊費などの路銀が掛かってしまう。
経済的に恵まれていない都外の住民にとっては、経済的に大きな負担になるようだ。
「その他にも、そうした子供の中には大きな魔力を宿した人材が紛れている可能性もある。それを見過ごすのは騎士団の損失になるとは思わんか?」
『巣立ちの儀』では、王国騎士団からもラガート子爵家の騎士からも見向きもされなかった俺から言わせてもらうなら、魔力の大きさなんてどうでも良いと思う。
ただ、この提案の主旨は、都外の住民の不安を取り除くことなのだろうし、その点に関しては是非とも行うべきだと思う。
提案の主旨についてツェザール第二師団長も納得したところで、イヴァン第四師団長が手を挙げた。
「騎士団長、我々が許可しても教会の協力がなければ儀式は出来ませんよね?」
「あぁ、その点についても、既に提案してきた騎士候補生が教会に打診して内諾を得ているそうだ」
「ほう、随分と手回しが良いですね」
「そうだな、あとは儀式を行う場所だが、都外の外にある空き地をいくつか候補として挙げてきている。いずれも十分に離れているので、仮に襲撃があったとしても大聖堂での儀式には影響しないだろう」
更に、騎士候補生が警備を行うことには、別の意味もあるらしい。
騎士候補生は、王国騎士団の所属になっているが、正騎士ではないので一部の貴族の子息を除いて身分は平民だ。
王国が協力し、平民である騎士候補生が警備を行う、都外の住民のための儀式を襲撃すれば、それこそ反貴族派は大義名分を失うことになる。
『巣立ちの儀』は、人生において大きな節目だ。
これまで大聖堂で行われる儀式が襲撃されても、儀式を受けられない都外の住民は当事者意識を持たなかっただろう。
それが、自分達の子供も儀式を受けられるようになれば、それを邪魔しようとする者達には反感を抱くはずだ。
大聖堂とは別に儀式が行われる話が広まれば、都外の住民から反貴族派の情報を得るのに役立つはずだ。
しかも、狡い言い方だろうが、例え襲撃があって混乱が生じても、それは騎士候補生の未熟さ故だと言い訳ができる。
騎士候補生が作ったにしては、実に良く考えられている。
師団長四人も賛成し、騎士団はこの提案を許可することになった。
実施は騎士候補生が主体となり、計画や準備状況を報告させ、その都度修正の指示やアドバイスを行うそうだ。
「エルメール卿は、どう思うかな?」
「良いアイデアだと思います。広い都外の情報を集めるのには、住民の協力は不可欠ですからね」
「そうか、騎士候補生とは年齢が近いエルメール卿からも評価されたと聞けば、提案した者達も喜ぶだろう」
「いやいや、自分なんかより師団長の皆さんから評価されたと聞かされた方が喜ぶと思いますよ」
「まぁ、評価を確定するのは、都外の住民から多くの情報が集まるようになるか、儀式が何事も無く実施できるか、全部終わってみてからだな」
「そうですね。ただ、こうしたアイデアが上がって来ることは、良い傾向だと感じますね」
「まったくだ。今は少しでも良い話を聞きたいからな」
少しでも良い話を聞きたい……それは、ここに居る全員が思っていることだろう。
『巣立ちの儀』までの残り日数を考えれば、それこそ猫の手でも借りたいぐらいだ。





