先を越されても(オラシオ)
※今回はオラシオ目線の話になります。
僕らが都外の聞き込みから戻って来ると、何やら宿舎が騒がしかった。
「何かあったのかな?」
「心配すんな、すぐに分かる」
話し掛けたザカリアスがあっさりと言い放った通り、さっきまで一緒にいたと思ったルベーロの姿が消えている。
「昼間、あれだけ初対面の人と話をしたのに、元気だよねぇ」
「まぁ、あれはルベーロにとっては趣味と実益を兼ねたものだからな」
昼間の聞き込みでは、ルベーロが大活躍だった。
騎士見習いの僕らを見て、露骨に敵意を向けてくる人に対しても気さくに話し掛け、言葉を交わしている間に自然と話せるようになってしまう。
あの話術というか、人との距離を縮める方法は、ルベーロならではのものだし、僕らでは真似出来そうもない。
というか、僕とザカリアスは周囲を警護するというか、ルベーロとトーレが集合するための目印みたいになっていた。
つまり、殆ど役に立っていない。
意外だったのは、普段はあまり喋らないトーレが、訥々した感じだけれど都外の住民達に声を掛けて話を聞き出していたことだ。
トーレはルベーロのように饒舌ではないけれど、相手が話し終えるまで辛抱強く聞いている。
ルベーロが話して情報を引き出すタイプならば、トーレはじっくり聞いて情報を引き出すタイプのようだ。
僕が真似をするとしたら、ルベーロではなくトーレのやり方なのだろう。
そんな事を考えながら部屋に戻ると、程なくしてルベーロが戻ってきた。
情報を持ち帰って来た時のルベーロは機嫌よく話すものなのだが、今日は浮かない表情をしている。
「ルベーロ、どうしたの?」
「うん、コリント達が手柄を立てたらしい……」
「えぇぇ! あのコリントが?」
コリントは子爵家の三男で、訓練場に入ったばかりの頃には平民に対して威張り散らしていたが、ここで三年間しごかれて同期の平民に対する偏見は無くなっている。
ただし、偏見が無くなったように見えるのは実力を認めた同期の連中に対してで、外の平民に対しての態度にはトーレも不安を感じていた。
都外に出掛ける装備も、革鎧一式を着込み、長剣を腰に下げていたはずだ。
僕ら四人が騎士見習いの制服に革鎧の胴と背当てだけを付けて出掛けたのは、都外の住民に威圧感を与えないためだが、もしかして失敗だったのだろうか。
「コリントが手柄って、何をやったんだ?」
「どうやら反貴族派の男を取り押さえたらしい」
ザカリアスに訊ねられて語り始めたルベーロだが、話にいつものような勢いが無い。
情報集めには自信を持っているルベーロだから、先を越されて自分達のやり方に疑問を感じているのだろうか。
ルベーロの話によると、コリント達は革鎧の姿を見て逃げ出した男を追い掛けて捕まえたらしい。
「なんで、そいつが反貴族派だって分かったんだ?」
「コリント達が男を捕らえた直後に、空からエルメール卿が降りてきて、こいつは反貴族派の男で追い掛けている途中だったと言われたそうだ」
「それじゃあ、エルメール卿よりも先に男を捕まえたのか?」
「そうみたいだな」
僕らにとってニャンゴ・エルメールは、とても大きな存在だ。
僕と同じアツーカ村で育った幼馴染だけど、数々の大きな功績を上げて、王国名誉騎士に叙任されている。
先日も、バルドゥーイン第二王子殿下と共にグラースト侯爵の悪事を暴いて話題になっている。
僕ら騎士見習いだけでなく王国騎士の間でも、エルメール卿の名前を知らない人は居ないと言われている。
そのニャンゴが追跡していた男を先回りして捕らえたとなれば、宿舎が騒ぎになるのも当然だろう。
コリント達の話を終えたルベーロは、俯きがちにポツリと言葉を洩らした。
「なぁ、やっぱり俺たちも完全武装で行くべきなのかな?」
「馬鹿言ってんじゃねぇ! まだ始めたばっかりじゃねぇか!」
ルベーロの言葉を即座に否定したのはザカリアスだ。
「俺たちのやり方は、俺達四人で知恵を絞って考えついた方法だ。それに、ルベーロとトーレの聞き込みは凄ぇぞ。殆ど役に立ってない俺が言っても説得力無いかもしれないが、揺らぐな、必ず成果は出る」
ザカリアスの言葉を聞いて目を見開いたルベーロは、丸まり掛けていた背筋を伸ばした。
「そうだな、まだ始めたばかりだものな」
「そう、他人の事より、今日聞いた話をまとめよう」
僕らはトーレの提案に従って、都外で聞いてきた話をまとめる事にした。
都外で暮らしている人々が困っている事は、やはり生活に密着したものが多い。
下水道の不備や診療所が無いこと、都外で生まれた子供の将来などだ。
中でも、季節柄多く聞かれたのが『巣立ちの儀』の件だ。
都外で暮らす人々は、王都の住民として登録がされていない。
そのため、都外で暮らす子供は『巣立ちの儀』が受けられないらしい。
では、どうするかと言えば、王都から遠く離れた街まで出掛けて、ファティマ教の教会に頼み込んで『巣立ちの儀』の儀式をしてもらうようだ。
儀式を受けて魔法を使えるようにはなるが、それを大勢の人の前で披露する機会は与えられず、当然騎士団からスカウトされる事も無い。
王国騎士団でなくとも、領地の騎士団に入れれば、貧しい暮らしからは抜け出せる。
『巣立ちの儀』は子供にとっての晴れ舞台であると同時に、親にとっても重要な儀式なのだ。
「やっぱり『巣立ちの儀』は受けさせてやりたいよな」
しみじみと言うザカリアスの言葉に、僕ら全員が頷いた。
僕らは四人とも裕福とは言い難い平民の家の出で、『巣立ちの儀』によって大きく人生が変わった。
毎日、お腹いっぱいになるまで食事が出来るだけでも、本当に幸せなのだ。
何よりも、王国騎士になるという明確な将来の夢が手の届く位置に示される。
男の子なら、誰でも一度は見る夢を現実に出来るチャンスが与えられるのだ。
「この『巣立ちの儀』の件は、都外に暮らす人のためだけじゃなくて、有能な人材を見出すチャンスを失っている騎士団にとっても改善されるべきものだと思う」
「俺もルベーロの意見に賛成だが、どう動く?」
ザカリアスの問い掛けに、自然と口が動いた。
「やっぱり教官に聞いてから動いた方が良くない?」
「うん、でも僕らが積極的に動く姿勢も示したい……」
「じゃあ、教会に儀式をやってもらえるように俺たちが交渉に行くっていうのはどうだ?」
「いいな、それなら儀式をやる場所も探そうぜ」
トーレも、ルベーロも、ザカリアスも、競うかのように意見を口にする。
僕も負けてはいられない。
「ルベーロ、今日中に意見をまとめて、明日の出発前に教官に訊ねようよ」
「そうだな、『巣立ちの儀』まで日にちが迫って来てるから早い方がいいな」
「教会にも、明日のうちに打診してみたら……?」
「そうだな、話をするだけならば出来るもんな」
「場所は、大聖堂に近い南側が良いんじゃないか?」
「うーん……警備の兼ね合いもあるから、そこは検討しよう」
僕、トーレ、ザカリアスの意見を聞いて、ルベーロが要点を書き留めていく。
みんな真剣で、真剣だからこそ楽しい。
理由は上手く説明出来ないけど、この報告というか提案は、きっと良い結果に繋がる気がする。
「『巣立ちの儀』は、誰にとっても大切なものだって、都外の人達も改めて思ってくれれば、それを邪魔しようとする連中を見付ける手伝いをしてくれるはずだ」
ルベーロの言葉にみんなで頷く。
そうだ、僕らは大切なものを守るために騎士を目指しているのだ。





