追跡失敗
反貴族派が次から次へと捕縛される状況は、ちょっと異常ではないかと感じたが、新王都にはシュレンドル王国中から人が集まってくる事を考えると不思議ではないのかもしれない。
前世を過ごした東京だって、いわゆる反社会的な組織は沢山あった。
日本では確実な証拠が無ければ強制捜査は出来なかったが、こちらの騎士と同様に少々荒っぽい摘発をすれば、芋蔓式に検挙する事になっていたかもしれない。
「まぁ、あれこれ考えるよりも、今は逃げた二人の追跡だにゃ」
逃げた反貴族派の二人は、一人が繁華街の雑踏に紛れ、もう一人は第三街区と都外の境にある南門へと向かっていた。
どちらを先に追うか迷ったが、比較的近くに騎士が配置されている第三街区の中を先にすることにした。
第三街区の繁華街は、第二街区との境の城壁と都外との境の城壁の丁度中間辺りに、同心円状に続いている。
逃げた男は雑踏に紛れながら、時計回りに西の方角へと向かっていた。
今逃げている男は、ルナロール商会から逃げ出した男とは違い、人込みを掻き分けるように進んでいた。
どこにでもいそうな労働者風の服装だが、後ろをキョロキョロと振り返りながら、前を行く人を追い越して歩いていれば当然目立つ。
繫華街と交差する広い通りを横切ったところで、男は街を巡回していた騎士に声を掛けられた。
『そこの男、ちょっと止まって……おい、止まれ!』
空属性魔法で作った集音マイクで音を拾っていると、騎士に呼び掛けられた途端、男は慌てた様子で走り始めた。
さっき尾行していた男が幹部クラスだとすれば、こっちの男は使われる側の下っ端だろう。
『待て! 止まれ!』
日頃から訓練を欠かさない騎士と、何処からか連れてこられたであろう男では体力差は歴然だ。
五十メートルも進んだところで、呆気なく男は騎士に捕らえられた。
『お前、なんで逃げた!』
『し、知らねぇ、俺は何もやってねぇ』
『何もやってない奴は俺達に声を掛けられても逃げたりしないんだよ』
『し、知らねぇ、ホントに何も知らねぇんだ』
騎士に捕まってしまった以上、ここから逃がしたところでアジトを突き止めるのは難しそうなので、取り調べで白状させてもらいましょう。
また下まで降りると目立ちそうなので、マイクを使って呼び掛けることにした。
『あー、あー……』
『誰だ! 何処に居る?』
『ニャンゴ・エルメールと申します。離れた場所から魔法で声を届けています』
『エルメール卿?』
『そいつは、先程倉庫街で俺を襲撃してきた反貴族派の仲間と思われます。下っ端のようですが、どこかに逃げ戻る途中だったので、アジトの場所は知っていると思われます』
『分かりました、こちらで締め上げて白状させます』
『よろしくお願いします。俺は逃走した別の男を追い掛けます』
『了解です、ご協力感謝いたします』
俺が居る場所とは全然違う方向に敬礼する騎士に、ちょっとほっこりした後で、もう一人の男の追跡を再開した。
「さて、もう一人は何処へ行ったかにゃ?」
貼り付けておいた探知ビットの反応を追うと、既に第三街区から都外に出ているようだ。
最初の男を追跡した時にも感じたが、どうも騎士団は外から入って来る者は厳しくチェックしているようだが、中から出て行く者に対してはザルになっているみたいだ。
「何処だ? えーっと……あれか?」
探知ビットの反応は、白い布を被った人物から伝わって来る。
どうやら、途中で変装用にファティマ教徒の巡礼者を装ったようだ。
ファティマ教巡礼者は普通の格好の人も多いが、熱心な教徒は白いベールのような布を被って大聖堂を訪れる。
倉庫街から門へ行く途中の何処かで、買ったか盗んだのだろう。
一瞬別人かとも思ったが、途中で後ろを気にする仕草や、道を間違えたかのように引き返す動きをしているから、こいつで間違いないはずだ。
「何処へ行くつもりだ?」
後を気にしながら歩いていた男は、驚いたように足を止めた。
視線の先を眺めると、揃いの革鎧を着込んだ一団がいる。
男はクルリと向きを変えて今来た道を引き返し始め、それを見た革鎧の一団は何事か言葉を交わし合った後で足早に男を追い掛け始めた。
状況をよく確認出来るように、ボードを降下させていく。
「あれって、もしかして騎士の見習いなのか?」
都外の捜索に手が足りなければ、騎士の見習いを使ったらどうかと提案した。
騎士団は第三街区までの巡回で手一杯という感じだし、騎士の見習いで間違いないだろう。
四人組の革鎧の一団は、手にした紙を見ながら相談して、二人が左右の横道へと逸れて一気に走り始めた。
残る二人も足を速めて距離を詰めるが、それに気付いた男は慌てた様子で左の脇道へと入っていった。
『イーゼス! 行ったぞ!』
先回りした仲間に大声で呼び掛けながら、後を追っていた二人も走り出す。
布を被った男は、まんまと挟み撃ちにされたように見えたのだが、ここは都外の街道からは離れた場所で、道の両側に建っているのは掘っ建て小屋みたいなものばかりだ。
男は小屋の一つに飛び込んで、裏口から逃亡を図った。
『待てぇ! 止まれ!』
男を追い掛けて革鎧の四人も小屋に飛び込んでいくが、ひょろっとしてた男一人とは違い、ゴツい四人が飛び込んで行ったから大騒ぎだ。
小屋の中に居たらしい女性の悲鳴が響き渡り、子供が泣き出す声が聞こえてくる。
これは、このまま追跡させていたらパニックになりそうなので、男を捕らえてしまうことにした。
「シールド…」
小屋を三軒ほど通り抜けて別の路地へと飛び出して来た男は、設置した空属性魔法で作ったシールドに顔からぶつかって倒れ込んだ。
男が転がったところで、手足を拘束する。
「ラバーリング」
「ぐあぁ……何だこりゃ! 動けねぇ!」
「もう逃げられないよ」
「黒い悪魔……ちくしょう!」
建物の二階ぐらいの高さまで降りて声を掛けると、男は憎悪に満ちた視線をぶつけてきた。
そこへ革鎧の四人が、ワラワラと小屋から出て来た。
「居たぞ、あそこだ!」
「ご苦労様です」
「えっ……エルメール卿!」
俺の声に気付いて視線を向けた四人は、一瞬フリーズした後で慌てて敬礼してきた。
こちらからも敬礼を返して、目線が合う高さまで降りた。
「こいつは反貴族派の一員で、丁度追い掛けているところでした」
「そうなのですか。やはり反貴族派が入り込んでるのですね」
「ここに居る人が、みんなそうという訳じゃないからね。ただ、近くに隠れ家があるのは間違い無いと思う」
「分かりました。一軒一軒、虱潰しに調査します!」
猪人の騎士見習いが鼻息荒く突っ込んで行きそうなので、慌ててストップを掛けた。
「あぁ、待って、待って。まず、こいつを騎士団まで運ばないといけないから、一人手を貸してもらえるかな?」
「分かりました。自分がお供いたします。残りの者はすぐさま捜索に戻り……」
「待って、待って。まずは、こいつの捕縛で騒がせたのを謝罪して、壊れた物があれば騎士団から補填してもらえるように手配して。その上で、不審な者を見ていないか情報を提供してもらって」
「ですが、反貴族派が入り込んでいるならば、一刻の猶予も出来ないのではありませんか?」
「うん、焦る気持ちも分かるけど、僕らだけでは見つけられないから、住民の協力は不可欠だよ。慌てず、一つ一つ片づけていこう」
「分かりました」
猪人の騎士見習いは、まだ少し不満そうに見えたけど、それでも残りの三人と相談をして俺の指示通りに動き始めた。





