尾行
爆発の混乱に紛れて騎士団の摘発から逃れた反貴族派の男は、何食わぬ顔をして第二街区と第三街区を繋ぐ南門へと移動してきた。
ここはミリグレアム大聖堂のすぐ近くで、多くの巡礼者が利用する門だ。
そのため、他の門に比べると検問所の数が多く設けられているのだが、それでも朝や夕方の時間には長い行列が出来るそうだ。
今は午後の早い時間とあって、第三街区から入る側には少し行列が出来ているが、第二街区から出る方は待たずに通れるようだ。
『女神ファティマ様のご加護がありますように……』
『よし、通っていいぞ』
言動を拾おうと、反貴族派の男の頭上には空属性魔法で作った集音マイクをセットしておいた。
どうやら、巡礼者の振りをして検問所を通り抜けたようだ。
検問を行っている兵士も、次から次に巡礼者が通るので、チェックが甘くなっているようだ。
これでは騎士団が血眼になって反貴族派の摘発を進めている意味が無いように感じてしまうが、行列を作っている巡礼者の数を見ると仕方ないのかも……と思ってしまう。
反貴族派の男を見逃してしまった件は、アジトを突き止める上では都合が良かったので、騎士団には報告しない代わりに伝言役を頼むとしよう。
ボードから途中何か所か足場を作って飛び降りて、検問を行っている兵士の頭上から声を掛けた。
「こんにちは」
「うわっ! エ、エルメール卿?」
「はい、今ちょっと王国騎士団の手伝いをしてるんですが、どなたか第二師団長に伝言を伝えてもらえませんか?」
「はい、今すぐ準備させます!」
伝言役に選ばれた兵士に、ルナロール商会の摘発現場から逃げた男は、俺が追跡を行っていると第二師団に伝えてもらうことにした。
「では、よろしくお願いします」
「はっ! かしこまりました!」
兵士の敬礼に見送られながら、重量軽減の魔法陣と身体強化魔法を組み合わせて上空へと飛び上がると、なぜだか見物人から拍手されてしまった。
振り返ると、こちらを指差している人も居るし、予想外に目立ってしまったので、予定よりも少し余計に高度を上げた。
第二師団への伝言を頼んでいる間に、反貴族派の男は第三街区の雑踏に紛れて、南東の方角へ移動していた。
「にゃっ? どこ行った……あっちか」
姿は見失っているが、空属性魔法の探知ビットを張り付けているので見失う心配はない。
「あの辺……うにゃぁ、雑踏の中だよ」
騎士団の追跡を恐れているのか、反貴族派の男は繁華街の雑踏を選んで進んでいる。
人を押しのけて進むなど特徴的な行動をすれば分かり易いのだが、周囲に合わせて進んでいると、上空からの遠目では判別が難しい。
身体強化の魔法も使って目を凝らし、ようやくそれらしい男を見つけた。
よく見ると第三街区のあちこちには、騎士や兵士の姿がある。
街中に不審な人物が居ないか目を光らせているようだが、反貴族派の男は悠然と騎士達の目の前を通り過ぎて行く。
前世の頃、『警察二十四時』みたいなテレビ番組で、職務質問をする警官の様子を見たことがあるが、職務質問する切っ掛けは挙動不審な行動だった。
足取りがおかしい、服装が乱れている、目付きがおかしいなど……周囲から浮いて見える人物を選んでいた。
そうした人物の選定基準は、こちらの世界でも同じなのだろう。
堂々と通り過ぎていく反貴族派の男に、巡回中の騎士達は殆ど目もくれなかった。
「こいつは、雇われる側じゃなくて雇う側なんじゃないかな」
王都から遠く離れた領地から連れて来られた者だったらば、こんなに落ち着いた行動は出来ないだろう。
そして、純粋に貴族に対して反感を抱いている者だとしたら、敵意を露わにして騎士達に止められていただろう。
それでも反貴族派の男は、時折店先の品物を見る振りをして追跡している人間が居ないか確かめていた。
時には路地に入って、曲がり角の先に身を潜めて追ってくる者が居ないか確認していたが、まさか空の上から見られているとは思っていないようだ。
反貴族派の男は、何度か尾行の確認をしながら、第三街区の南東側へと進んでいく。
上からみた屋根の作りからして、どうやら男が向かっている先は倉庫街のようだ。
先程通り抜けてきた繁華街に比べると、通りを歩く人の数はガタンと減ったが、男が足を止める様子は見られない。
「あいつ……どこまで行くつもりだ?」
反貴族派の男は、迷う様子も見せずに早い足取りで倉庫街を歩いていく。
荷物の搬入、搬出のための馬車が頻繁に通るし、倉庫の入口では荷下ろしの作業が行われていたりするが、倉庫の壁に面した通りでは人通りが途絶える。
隠れられる場所も無いし、地上での追跡はやり難そうだ。
その上、反貴族派の男は突然立ち止まり、クルリと向きを変えて今来た道を引き返し、一度通り過ぎた四つ角を曲がっていった。
上から眺めているから確証は無いが、道に迷ったというよりも、追跡者を確認するための行動だったように思える。
真後ろから追跡していたら、間違いなく顔を見られていただろうし、動揺を見せれば追跡がバレていただろう。
だが、反貴族派の男は空を見上げて確認することまではしなかった。
男は、更に二度四つ角を曲がりながら後を確認し、奥まった場所にある倉庫らしき建物へ入って行った。
周囲の様子を確認してから、屋根の上まで降りて中の様子を探ることにした。
『ルナロール商会が騎士団の捜索を受けた!』
『何だと、設置中の大砲はどうした?』
『そんなもの、バレたに決まってんだろう! あのままじゃ捕まるだけだったから、騎士が踏み込んできたタイミングで粉砕の魔法陣を発動させて二、三人吹き飛ばしてやった』
『お前は、どうやって逃げて来たんだ?』
『爆風で壁が崩れたから、そこから倒れてた騎士を担ぎ出して助けを求め、外の連中が油断した隙に隣の塀を乗り越えて逃げてきた』
『尾行されていないだろうな?』
『そんなヘマする訳ないだろう』
『本当に大丈夫なんだろうな? ここの魔導具を押さえられたら計画が頓挫しかねないぞ』
『大丈夫だよ、だいたい、ここを調べられても地下の工房には気付かないだろう』
『どうだかな……下水道の連中が捕まったらしいぞ』
『マジか! それじゃあ、ここの魔導具も早めに移動させた方が良くないか?』
『移動させるのも危険を伴う、カモフラージュのための荷も用意しないとならないからな』
会話を聞く限り、逃げて来た男と倉庫に居た男は、どちらも幹部クラスのようだ。
単に雇われたり、使われたりしているだけでなく、もっと深く計画に関わっているのは間違い無いだろう。
倉庫の地下には工房があるらしく、もしかすると粉砕の魔導具をここで制作しているのかもしれない。
それに、制作済みの魔道具が、かなりの数隠されているようだし、移動される前に摘発してしまった方が良いだろう。
倉庫の場所を忘れないように、屋根の上に探知ビットを設置してから、場所が分かるように上空から写真を撮り、ルナロール商会へと急いで戻った。
「師団長、ツェザール師団長はいらっしゃいませんか!」
上空からルナロール商会の敷地に降りて大声で呼び掛けると、近くにいた騎士が師団長の所に案内してくれた。
「ツェザール師団長、逃げた反貴族派の男を追跡してアジトを見つけました」
「なにぃ、本当か!」
「第三街区の倉庫街の奥まった所にある倉庫で、地下には魔導具の工房まであるようです。そこに粉砕の魔道具が大量においてあるらしく、押さえてしまえば奴らの計画を頓挫させられるかもしれません」
「場所はどこだ!」
「こちらです」
タブレットで倉庫の場所を示し、上空から俺が誘導すると申し出ると、ツェザールはすぐさま摘発のための人員を揃えるように命じた。
ツェザールの指示から、実際に出発するまでに五分と時間は掛からなかった。
更に十五分後には、目的の倉庫の包囲を完了し、一度は逃げた男も今度は逃げる隙も与えられずに取り押さえられた。





