摘発開始
昼食を終えた後、部屋に戻って撮影の支度を整えて建物を出ると、何やら外が騒がしくなっていた。
何事だろうと眺めていると、どうやら大量の容疑者が連行されてきたようだ。
俺が眺めている間だけでも、十人以上の男達が後ろ手に縛られた状態で施設の奥へと連れて行かれた。
容疑者の一団が通り過ぎた後に姿を見せたのは、第一師団長のブルーノ・タルボロスだった。
「ブルーノさん、何かあったんですか?」
「お手柄ですよ、エルメール卿の言った通り、下水道で穴を掘り進めている一団がいました」
「例の分岐の先ですか?」
「そうです、そうです。『巣立ちの儀』の会場を取り囲むように粉砕の魔道具を仕掛けるつもりだったようです」
ブルーノは手にしていた図面を広げて見せた。
そこには『巣立ちの儀』の会場と下水道の位置関係、そして配置する粉砕の魔道具の数などが記されていた。
「これって、凄い数じゃないですか」
「ええ、見た瞬間冷や汗が出ましたよ。これが実行されていたら観客席は全て崩落、国王陛下や貴族の皆様、そして見物人にどれほどの被害が出ていたか……」
ブルーノは制服の袖口で額の汗を拭う仕草をしてみせた。
『巣立ちの儀』の会場は、深さにすれば地下二階分ていどなので、単純に落ちるだけならば怪我程度で済むかもしれないが、粉砕の魔道具が使われたら話は変わってくる。
地表までどの程度の距離に仕掛けるかでも変わって来るだろうが、爆発の威力をまともに食らえば怪我だけでは済まないだろう。
それこそ、昨年暗殺されたアーネスト殿下のように、身元の判別に苦労するようなダメージを受けることになる。
しかも、王族や貴族が集まっている真下で爆発が起きていたら、世の中は大混乱に陥っていただろう。
幸い、まだ粉砕の魔道具は持ち込まれていなかったようで、地下の穴の中で作業していた者達は、逃げる術も無く捕らえられたそうだ。
ただ空から眺めて感じた思いつきを伝えただけだったのだが、ここまで現実になってしまうとちょっと恐ろしくもある。
それに、これほどの労力を掛けて準備を進めるなんて、反貴族派はどれほどの余力を残しているのだろう。
「反貴族派って、どこまで大きな組織なんでしょう?」
「やっている事や人数を見ると確かに大掛かりに見えるが、捕らえた連中は食うに困ったあぶれ者だ。飯が食えるというだけで悪事に手を染めてしまう者達だ。集めるのに必要な金は大した額じゃないだろう」
ブルーノの見立てでは、捕らえた者の殆どは自分達が何をやらされているのかも理解していないらしい。
下水道の劣悪な環境での工事だから、食うに困っている自分達のような人間が使われるのだと思わされているようだ。
「それじゃあ、反貴族派でも何でもないじゃないですか」
「これが反貴族派が面倒なところなのさ」
反貴族派の連中は、貴族に対する反感を煽って人を集める場合もあれば、単純に仕事の無い生活に困っているような連中を集める場合もあるらしい。
「これはまだ確実ではないが、今日捕らえた連中は『巣立ちの儀』の当日に魔道具を起動させる役目も担わされていたかもしれない」
「えぇぇぇ……あの人数を自爆要員に使おうとしたんですか?」
「仕事が終わった後には報酬を支払う……なんて約束をしていれば、報酬を支払わずに済むようになるし、何よりも口封じが出来るからな」
「くそぉ、何て卑劣な奴らだ……」
俺の脳裏には、ラガート子爵の馬車に向かって駆け寄って自爆した猫人の姿が浮かんでいる。
真実を知らせず、自分達の目的を達成するために他人の命を踏みにじる反貴族派に、改めて怒りが込み上げてきた。
「絶対に許せない……奴らの計画を根こそぎ叩き潰してやる」
「そのために我々も全力を尽くしている。力を貸してほしい」
「勿論です。俺は、これから昼間の様子を撮影に行ってきます。何か異変を見つけたら、すぐに知らせます」
ブルーノと敬礼を交わし、そのまま上空目指して駆け上がる。
魔力回復と重量軽減の魔法陣を組み込んだ防具を着込み、身体強化も使っての跳躍だから一蹴りで十メートルを超える高さまで到達する。
地上百メートルほどまで上った所で空属性魔法で作ったボードに乗り、朝と同じ順番で新王都を撮影して回る。
やはり朝の時間と比べると、動き回っている人の数が桁違いに多い。
特に第三街区の商業地区は、人が多すぎて地面が見えないほどだ。
「この中から反貴族派を特定するなんて無理だな……」
怪しい場所を探し出すには空撮は良い方法だとは思うが、個人を特定するには向いていない。
地上に降りて、人の顔が判別出来る角度で撮影したとしても、これだけの人が居たのでは特定の個人を見つけ出すのは困難だろう。
例えば、人種や毛色が分かっていたとしても、フードや帽子を被られてしまったら分からない。
それに、こちらの世界にも毛色を変える方法があるのは体験済みだ。
都外、第三街区と撮影を続け、最後に第二街区の撮影をしていると、大勢の人が動き回っている一角があった。
目を凝らしてみると、どうやら第二師団が摘発を行っているようだ。
敷地の内部で大勢が動いている他に、敷地の外側をグルリと人の列が取り囲んでいる。
わざと容疑者を逃がすかもしれないと騎士団長が話していたが、この感じでは逃げられそうもない。
「少し近付いてみるか……うにゃぁ!」
ボードに乗ったまま高度を下げていくと、突然大きな爆発音が響き渡り、咄嗟にシールドを展開すると何か小さな破片がぶつかって来た。
立ち昇った煙を避けて風上に移動してみると、どうやら画像に映っていた大きな幌の下で爆発があったらしく、人が倒れているのが見えた。
苦し紛れの自爆なのか、それとも意味を知らずに魔法陣を発動させてしまったのか、倒れたまま動かない人もいる。
そして、敷地の外側を取り囲んでいた人の列に乱れが生じていた。
爆風の影響なのか、何かの破片が当たったのか、何人かが倒れ込んでいて、その救助のために列が分断され始めていた。
壁の一角が崩れていて、中から埃まみれの男が助けを求めているのが見えた。
埃まみれで傷を負った騎士が、同じく埃まみれの男に支えられて壁の外へと担ぎ出される。
現場は一瞬にして大混乱の様相を呈していた。
「くそぉ、反貴族派の奴ら……んにゃ?」
混乱する現場を上から眺めていたら、さっき騎士を担ぎ出してきた男が不意に動きだし、路地を挟んだ隣の敷地の壁を乗り越えた。
「あいつ……反貴族派か!」
壁を乗り越えた男は、頬かむりしていた布を投げ捨て、埃まみれだった上着を脱ぎ捨てた。
更に隠し持っていた布で顔を拭うと、敷地の反対側にある裏口から路上へと抜け出し、何食わぬ顔で歩き始めた。
「追跡役は……居るはずないか」
路地を固めていた騎士たちは、重たい金属鎧が災いして高い塀を乗り越えられず、隣の施設の門へと急いでいたが、既に男は抜け出した後だ。
さすがに替えのズボンまでは用意できなかったらしく、男は別の路地へと入り込むと持っていた布で叩いて埃を払い始めた。
男が動きを止めた隙に、背中に空属性魔法の探知ビッドを張り付けておく。
これでもう、建物の中に入ろうとも逃がしはしない。
「さてと、仲間のところに案内してもらおうか」
気付かれないように再び高度を上げたボードの上から、男の逃走先を見守る事にした。





