騎士団の食堂
昼食は騎士団の食堂を無料で利用させてもらえた。
そもそも、騎士団に所属している人ならば、無料で利用できるそうだ。
夜間の当直勤務をする人や、早朝に出立する人のために、食堂はいつでも食事ができるように準備されているらしい。
ただし、メニューは二種類で、売り切ったら別のメニューに変わる方式だそうだ。
俺が行った時には、オムレツかローストベーコンだったので、ベーコンの方を選んだ。
「みゃっ! これで一人前?」
「足りなかったら、お替りは自由ですよ」
「とんでもにゃい、十分すぎです」
差し出されたトレイの上には、メインのローストベーコンの載った皿の他にサラダ、スープ、パンが添えられている。
ベーコンは長さ二十センチ、幅と厚みが十センチぐらいある。
その上、芋とニンジンの付け合わせもドサっと盛られている。
巨人かと思うような体格をしている騎士にとっては普通サイズ、何ならお替りしようかと思う量なのだろうが、俺には多すぎるだろう。
ただ、炙りたてのベーコンからは香ばしい匂いが立ち昇ってきて、空っぽの胃袋が早く寄越せとグーグーいっている。
空いてる席を見つけて、早速ベーコンにナイフを入れた。
想像していたよりもベーコンは柔らかくて、ナイフを入れた断面からは透き通った肉汁が溢れてくる。
入念にフーフーしてから、思い切りかぶりついた。
「うみゃ! 外はカリカリで香ばしくて、中から肉汁ジュワー、柔らかいし塩気が絶妙で、うんみゃあ!」
周りにまぶしてある香草を挽いたスパイスが、肉汁のくどさを和らげて食欲を加速させる。
ベーコンの旨みをあにあに噛み締めしめながらも、スライスするナイフの動きを止められない。
次の一口は、パンと一緒にかぶりつく。
「うんみゃ! パンと一緒だと更にうみゃ! ライ麦のガッシリとした噛み応えと香りがベーコンと混然一体となって、うんみゃ!」
「エルメール卿の口に合ったようで、何よりだ」
「アンブリス様……」
ベーコンとパンに夢中になっていたら、テーブルを挟んだ向かいの側にトレイを手にした騎士団長が立っていた。
慌てて席を立って挨拶しようかと思ったのだが、騎士団長に手で制せられた。
「あぁ、そのまま、そのまま、食堂は無礼講だから挨拶は抜きだ」
確かに周りを見ても、軽く会釈をする程度で、立ち上がっての敬礼とかはしないようだ。
「バルドゥーイン殿下も時折ここで食事をするが、騎士には立礼不要と言ってある。食事ぐらいは落ち着いて味わいたいからな」
「なるほど……では、遠慮なく食べさせてもらいます」
騎士団長が言うには、騎士は体が資本であり、その体を支えるのが日々の食事なので、騎士団の食堂は質も量も充実させているそうだ。
「エルメール卿は、王国の名誉騎士だからな、いつでも利用してもらって構わんぞ」
「ありがとうございます。ただ、毎食この量だと食べ過ぎですね」
「それならば、腹ごなしに練武場で、うちの連中と手合わせしたらどうかね」
「いやぁ、流石に騎士の皆さんには歯が立ちませんよ」
「そうでもなかろう。騎士訓練生の中でも腕の立つ者を打ち負かしたと聞いているぞ」
たぶん、以前ザカリアスと手合わせした時のことだろうが、そんな話まで騎士団長に伝わっているとは驚いた。
「あれはザカリアスが、騎士の装備に拘ったから隙を突けただけですよ。純粋な武術の手合わせだったら、俺の方が叩きのめされていたはずです」
盾の死角を利用してザカリアスから一本取った手合わせの様子を話すと、騎士団長は何度も頷いていた。
「確かに、騎士の装備に拘らなければ、ザカリアスが勝っていたかもしれないが、状況を瞬時に見て取り、隙を突いたエルメール卿の判断は素晴らしい。その手合せの後でザカリアスは、小柄な相手と対峙した場合の騎士戦術の欠点をレポートにして教官に提出している」
「アンブリス様も、そのレポートを御覧になったのですか?」
「非常に興味深い考察だった。そもそも我々は、エルメール卿のような体格の相手との戦闘を想定していなかったのだ」
世の中には、俺以外にも冒険者として活動している猫人はいるそうだが、その殆どは探索役や採集の依頼をこなす者で、武器を手にして直接戦闘に加わる者はいないそうだ。
犯罪者としての猫人も、盗みを働く者はいるが、強盗のような荒事に手を染める者は殆どいないらしい。
それ故に、王国騎士団も猫人のように小柄な相手との戦いは想定してこなかったそうだ。
「では、そのレポートを基にして、新しい戦術が作られたりするのですか?」
「いや、興味深いレポートではあるが、実用性に疑問が残るので、参考として伝えられる程度だろう」
武器を使って戦う小柄な人種は殆ど居ないのに、その為の戦術を作って学ばせるのは無駄が多いと判断されたらしい。
実際、ザカリアスとの手合せでは一本取ったが、俺自身普段の依頼では武器を振るう戦闘より魔法を使って戦う方が圧倒的に多い。
武器を使うとしても、空属性魔法で作った透明な武器を使うだろうし、騎士団が新しい戦術を作るほどの対応をしないのは当然だろう。
「それにしても、騎士訓練生が書いたレポートが騎士団長の目に留まったりするんですね」
「有用と思われるものは、誰が書いたものであろうとも一読する価値がある。書いた人間の身元に拘って、現実から目を背けているようでは世の中の動きに取り残されるばかりだ」
世の中が変わっていけば、犯罪の形も変わっていく。
前世の日本でインターネットの普及と共に詐欺などの犯罪は様変わりしたし、ネットを通じての脅迫、誹謗中傷などの新しい犯罪も生まれた。
今のシュレンドル王国を眺めたら、反貴族派による暴動、強盗など、これまでの野盗とは様相の違う犯罪が起きている。
そうした状況に対応するためにも、騎士団は変わっていく必要があるのだろうし、騎士団長の言動を聞く限りでは、変わることを恐れていないように見える。
俺が感想を口にすると、騎士団長は大きく頷いてみせた。
「正にその通り、王国騎士団は常に今という時代と対峙して、王国の平和を守らなければならない。そのためには、変わることを恐れてなどおれんのだよ」
「自分も微力ながら協力させていただきます」
「微力などとは謙遜がすぎるぞ。空の上から今現在の状況を瞬時に写し取ることが、どれほど大きな役割を果たすか、この数日ですぐに結果となって現れるだろう」
「そう言っていただけるのは有難いですが、本当は平和な街並みしか写らないのが一番なんですけどね」
「まったくだ。そのためには、反貴族派のネズミどもを根絶やしにせねばならんな」
騎士団長は俺と話をしながらも、豪快に食事を胃に収めていく。
メニューはオムレツなのだが、ビッグサイズのオムレツは見るからにフワフワでトロトロで……ちょっともらえないかにゃ。
「午後からは、また空からの撮影に出掛けてきます。タイミングが合えば、第二師団の捜索の様子を空から拝見しようかと思っています」
「そうか……もしかすると、反貴族派と思われる者をワザと逃がすかもしれない。その時は、行方を追うのを手伝ってもらえると有難い」
「ワザと逃がして、仲間の居場所に案内させるのですね?」
「その通りだ。尋問すれば白状させられるだろうが、強情な奴だと時間が掛かる。それよりも仲間のアジトに案内させる方が早いからな」
「分かりました。タイミングが合えば援護します」
当然、囮を逃がすならば探索役を用意しているだろうが、空属性魔法の探知ビットを貼り付けて、空から追跡すれば逃がす心配はない。
何かと突っ掛かってくる第二師団長ツェザールだが、手柄を立てさせてやれば態度を軟化させられるかな。





