見習い騎士への指令 - 後編(オラシオ)
休日明け、いよいよ都外での捜索任務が始まる。
屋外の訓練場に整列させられた同期の新四回生の殆ど全員が、革鎧を完全装備して左の腰に剣を吊っている。
そんな中で、僕ら四人だけが騎士見習いの制服に革鎧の胴と背当てだけを付けた姿で並んでいる。
左の腰に剣は無く、右の腰に以前ニャンゴから貰ったナイフだけを吊って、ルベーロは画板とペン、携帯用のインク壺を持っている。
「お前ら、そんな格好で行くつもりなのか?」
「うん、教官から許可は貰ってるから大丈夫だよ」
「いや、襲われたらどうするつもりなんだよ」
「襲われないように気を付けるよ」
ウラード達からも呆れられたけど、僕らなりに考えて、考えて、辿り着いた装備だ。
都外の人から威圧的に聞き出すのではなく聞かせてもらうには、とにかく警戒を解いてもらう必要があると考えたのだ。
そのためには、革鎧の完全装備ではなく、身元が分かり、急所となるお腹と背中を守る程度にしておいた方が警戒されにくいはずだ。
教官から再度念を押すように、都外の住民と対立しないように注意を受けた後、いよいよ担当地区へと向かって捜索を始める事となった。
住民からの聞き取りなので、僕らのリーダーはルベーロが務める。
「みんな緊張せずに、今日は担当地区の様子を見て回るぐらいのつもりで行こう。ザカリアス、特訓の成果はどうだ?」
「や、やぁ、こんにちは……」
ルベーロに問い掛けられたザカリアスは、操り人形のようにぎこちない動きで右手を挙げて、精一杯の笑顔を浮かべてみせた。
「分かった、みんなの後ろで周囲を警戒していてくれ」
「くそっ、俺の休日を返しやがれ!」
笑ったら可哀そうだと思ったけど、堪えきれずに吹き出してしまった。
「緊張も解れたみたいだし、出発しよう。主に俺とトーレが住民と話をするから、ザカリアスとオラシオは周囲に目を配っていてくれ。下だけじゃなく、上にも目を向けてくれよ」
「任せろ、とびきりの笑顔を浮かべて睨み付けてやる」
「でも、上にも目を向けるって……あっ、ニャンゴだ」
「えっ、エルメール卿? どこに?」
「ほら、あそこに浮かんでる」
ルベーロが上にも目を向けろと言っていたので、その通りに空を見上げたら、遥か上空に黒い点が見えた。
目を凝らしてみると、ニャンゴは腹這いになってアーティファクトを操作しているらしい。
「うわっ、ホントにエルメール卿だ。さすがオラシオ、よく見つけたな」
「いや、偶々だよ」
「エルメール卿は、上空から捜索を行うって噂だったけど、本当みたいだな」
試しに手を振ってみたけど、ニャンゴは別の方向を見ているようで、僕らには気付いていないようだ。
「行くぞ、オラシオ。エルメール卿も自分の役目を果たしているんだ、俺達も与えられた役目をこなそう」
「そうだね、ザカリアス。笑顔だよ、笑顔!」
「それを言うな!」
僕らが担当するのは、新王都の北西地域だ。
担当場所は、それぞれの出身地の方角が割り当てられているらしい。
僕の出身地ラガート子爵領、ザカリアスの出身地エスカランテ侯爵領、ルベーロとトーレの出身地レトバーネス公爵領は、いずれも新王都の北西に位置している。
都外に暮らしている住民の多くが、出身地寄りの場所に暮らしているらしく、同郷の者ならば話もしやすいだろうと割り当てが決まったらしい。
ただ、同郷と言っても領地は広いし、行商人でもなければ各地を巡るような事はない。
僕の故郷のアツーカ村の人間なら、隣のキダイ村かイブーロの街に行くぐらいのものだ。
それでも、何も無い状態から話をする切っ掛けぐらいにはなるのかもしれない。
第三街区を通り抜け、新王都の外に出ると街並みが一変する。
都内は土地の権利が決められているので、建物は継続的な使用が前提のしっかりとした物だが、都外は土地の権利の取り決めが無いので、いつ立ち退きを求められるか分からない。
そのため、しっかりと基礎を作った建物は街道沿いだけで、その他は掘っ建て小屋に毛が生えた程度の簡単な造りの物ばかりだ。
「こっちから回ろう」
地図を手にしたトーレが経路を案内して、それに僕らが続く。
街並みに足を踏み入れた途端、見慣れない格好の僕らに住民の視線が集まってくる。
「結構な圧だな……」
ザカリアスが呟いた通り、視線が壁になって迫ってくるような気がする。
「ザカリアスも、オラシオも、構えすぎだ。もっと肩の力を抜け!」
固くなっている僕らと違い、ルベーロはいつもと同じ調子で歩きながら、時々会釈をしては住民から不思議そうな顔をされている。
思い返してみれば、国境の砦に向かう騎士がアツーカ村に立ち寄った時は、ちょうどこんな感じだった気がする。
物珍しい者が現れれば、じっと見るのは当然なのだろう。
少し歩くうちに、周りを見る余裕が出来てきて、ふと目が合った住人に会釈をすると、不思議そうな顔をされたけど会釈を返してくれた。
「街道から離れるほど暮らしぶりが悪くなるみたいだな」
「うん、でもまだ奥があるんでしょ?」
「こりゃ、思ってたよりも大変そうだぞ」
ザカリアスが言う通り、街道から離れていくほど街並みは雑然としていき、衛生状態も悪くなっているように感じる。
ちょっと汚れた幼い子供達が駆け回っているかと思えば、道端に座り込んでタバコをふかしている牛人の中年男性がいる。
平日なのに仕事が無いのか、やる気が無いのか、両方なのか、少し濁った目で僕らの方をじっと睨んでいる。
あまり関わり合いにならない方が良さそうだ……と思っていたら、ルベーロが中年男性に声を掛けた。
「こんちは、自分らは騎士の見習いで、今は聞き込みの実習をしてるのですが、この辺りで暮らしていて困ってる事はありませんか?」
「あぁん、騎士見習いだ? お前らに困ってる事を伝えたところで何も解決しないだろう?」
「そうですね。すぐには無理ですけど、上官に報告するので、可能性はありますよ」
「それなら金よこせ」
牛人の中年男性は、ニタニタ笑いながら右手を差し出した。
「ははっ、自分らは金持ってませんよ。正式な騎士になれば年俸が支払われますが、見習いはガキの小遣い程度しか貰ってませんから」
「ちっ、使えねぇな」
「見習いですからね。他に困ってる事は無いですか?」
「楽して稼げる仕事を持って来い」
「そんなのあったら自分らがやってますよ。朝から晩まで教官にしごかれて、馬車馬よりも扱い悪いんですから」
「んなら辞めちまえばいいだろう」
「いやぁ……故郷の親に、ちょっとは楽させたいんで……」
「だったら、こんな所で油売ってねぇで、塀の向こうに戻んだな」
「でも、塀のこっちも何とかしたいんですよ。うちの実家も貧乏だから他人事に思えなくて……折角の機会なんで無駄にしたくないんですよ。一番困ってるのは何ですか?」
「下水だ。水は魔法で何とかなるが、使った後に流す場所がねぇ」
「今はどうしてるんですか?」
「ドブに垂れ流しだ」
ルベーロは、露骨に敵意を向けてきた牛人の中年男性から、下水に関する要望を聞き取り、持って来た紙に書き込んでいく。
僕なら、最初のお金を要求されたところで、尻尾を巻いて逃げ出していただろう。
気付けば、トーレも犬人の中年女性から下水の話を聞いていた。
「ザカリアス、僕ら全然役に立ってないよ」
「オラシオ、俺らは周囲の警戒だ。それと、笑顔だぞ、笑顔」
「ザカリアスに言われるとは思ってなかったよ」
「俺も言うとは思ってなかった」
僕とザカリアスは、とびきり……ではなく、苦笑いを浮かべて住民から聞き取りをしているルベーロとトーレを見守った。





