騎士見習いへの指令 - 前編(オラシオ)
※今回はオラシオ目線の話になります。
休日を明日に控えた週末最後の講義は、来週からの特別日程に関する説明だった。
新王都は『巣立ちの儀』が行われる春分の日を間近に控えて、王国騎士団による特別警備体制が敷かれる。
昨年の『巣立ちの儀』では、反貴族派による大規模な襲撃が行われ、ニャンゴが大活躍してエルメリーヌ姫は無事だったけど、多くの死傷者を出す大惨事となった。
今年は、昨年の様な襲撃を許さないために、僕ら騎士見習いも当日近くからではなく、事前の警備や捜索に加わる事になるらしい。
「これから、週明けからの特別日程について説明する。聞き逃してヘマをした奴は、王国騎士への道が閉ざされると思え」
王国騎士団の手伝いとはいえ、訓練ではなく実戦に出られると喜んでいた連中は、いきなり冷や水を浴びせられたように表情を引き締めていた。
騎士になれない……という言葉は、僕らにとって一番ダメージのある言葉だけに、教官も軽々しくは使わない。
その言葉が出たのだから、本当に気を引き締めて掛からないといけないのだろう。
「貴様ら新四回生は、都外の捜索に加わってもらう」
てっきり新王都の内部で活動すると思っていたので、みんな予想が外れて戸惑っているようだ。
教室がざわつく中、ルベーロだけがニヤニヤしているのは、事前に何処からか情報を仕入れていたからだろう。
ルベーロは、仕入れて来た情報の大半は惜しげも無く伝えてくれるが、今回のように情報無しの状態で知らされた方が驚きがあって面白い時には黙っている事がある。
という事は、まだ驚くような内容が隠されているのだろう。
「静かに! 新四回生の他に、新五回生も都外の捜索に加わるが、知っての通り都外は広い。貴様らだけでは全ての地域を捜索するのは不可能だろう。では、どうする?」
「えっ、えっと……全力で走り回ります!」
いきなり指名された同期の訓練生は、狼狽した挙句に根性に頼る策を答えた。
騎士訓練生の場合、答えに困ったら出来る出来ないは二の次にして、前向きな力技を答えろという不文律のようなものがある。
分かりませんとか、出来ませんといった消極的な答えは、教官からの印象が悪いからだ。
それならば、例え不正解であっても、前向きに間違えた方が印象が良くなるのだ。
実際、答えを聞いた教官はニヤリと笑ってみせた。
「そうか、ならば貴様らには『巣立ちの儀』の当日まで、不眠不休で走り回ってもらうか」
「そ、それは……」
「そんな無茶をしろとは言わんから安心しろ。では、不眠不休で走り回る訳にいかないなら、どう対応する?」
「応援を頼みます」
次に指された訓練生の答えを聞いて、教官は満足そうに頷いたが、それは正解ではなかったようだ。
「応援を頼む……確かに正しいが、どこに応援を頼むんだ? そもそも、我々が騎士団の応援に入るのに、更に応援を頼むのはおかしな話だとは思わんか?」
教官の言う通り、僕らが応援に行くのに、その僕らが応援を頼むようでは、最初の騎士団からの要請に問題があるのだろうか。
だが、教官が言うには、騎士団からの要請に問題は無いそうだ。
ルベーロに視線を向けると、目が合った途端、本当に得意げに笑ってみせた。
一体、僕らは何をやらされるのだろう。
「我々は、都外の住民に協力してもらう。我々と都外の住民、どちらが人数が多いかなんて考えるまでもないだろう」
教官の答えを聞いて、多くの訓練生が期待はずれというか、そんな当り前な話なのかとガッカリしていたが、ルベーロの様子からすると、まだ何かありそうな気がする。
「そんな簡単な方法なのかと思った奴は、今すぐ考えを改めろ」
教官の厳しい口調に、ざわついていた教室が静まり返る。
「新王都の第三街区よりも内側で暮らす者は、全ての者が住民として登録されているが、都外に暮らす者達は新王都の住民と認められていない。言わば、王家の目こぼしで追い出されずに済んでいるだけだ。当然、殆どの者が何らかの事情を抱えて暮らしている。そんな連中が、すんなり騎士団に協力してくれると思うか?」
都外に暮らす多くの住民は、元の土地では食っていけなくなった者達だと聞いている。
中には、他の土地で犯罪に関わって逃げて来た者もいるかもしれない。
そんな連中は、騎士団の姿を見ただけで逃げ出すだろう。
だから、僕ら訓練生に依頼が来たのかもしれない。
「都外の連中は、基本的に騎士団に良い印象を持っていない。なので、聞き込み中に威圧的な態度を取る事を禁じる。下手に高圧的な態度を取れば、反発を食らって暴動に発展するかもしれない。そうなれば、警備計画は破綻し、原因を作った者は王国騎士への道が絶たれると思え」
王国騎士への道が絶たれる……それは訓練生にとって死刑宣告にも等しい。
先日、昨年末に振るい落とされたウラードが戻って来たが、あれは例外中の例外であって、普通は振るい落とされたらそれっきりだ。
「特に貴族の子息、お前らから見れば都外の住民は最底辺の存在だ。対等どころか、へりくだって協力を要請するなど屈辱的な事かもしれんが、横柄な態度を取って住民から反発を食らい、探索の計画を台無しにした場合、正式に騎士団から貴様らの実家に抗議を行う。王国騎士への道を絶たれるだけでなく、家からも勘当かもしれんからな、覚悟しておけよ」
騎士見習いとして訓練を受けている貴族の子息もまた、色々な事情を抱えている。
長男であれば家督を相続して貴族のまま生きていけるが、次男や三男となると他の貴族の家に婿入りするか、王国騎士として自らの力で貴族の地位を手にするしかない。
その両方ともが上手くいかない場合には、厄介者として肩身の狭い思いをして暮らさなければならないらしい。
それでも貴族は貴族だが、家から勘当されたら貴族ですら無くなってしまう。
元々貴族ではない僕らには、その辺りの気持ちが理解しにくいが、彼らにとっては死活問題なのだろう。
「貴様らには、都外に新たに引っ越して来た者や、建築資材や大きな荷物を持ち込んだ者がいないか聞き込みをしてもらう。不審な者がいたら、報告に戻れ。間違っても自分達だけで対処しようなんて思うなよ。そんなものは手柄ではなく減点対象だからな!」
僕らは、あくまでも騎士団の手伝いであり、実際の対処は王国騎士が行う。
これは、僕らの安全のためと、捕縛する権限が関わるからだろう。
「何か質問のある者はいるか?」
「教官、高圧的でない聞き込みとは、具体的にどんな風にやれば良いのですか?」
「情に訴えろ」
「えっ、情に訴える……ですか?」
「我々の聞き込みの目的は、都外の人間を取り締まる事ではない。新王都の平和を守り、人々の暮らしを守る事だ。反貴族派などと名乗って、平和を乱す者を捕まえる事だ。だが、そのためには我々だけでは目が行き届かない。皆の平和を守るために協力してほしいと訴えろ。いいか、我々は一般の者に比べれば体が大きく、ともすれば恐れられる。都外の者から敵視されるような行動は絶対にするなよ」
教官は、くどいほど高圧的になるなと繰り返した。
週明けの活動は、同室のメンバーと一緒に担当地域を回ることになる。
たぶん、ルベーロはまだ情報を持っていそうだし、これから部屋に戻った後で作戦会議が行われるだろう。
僕らの部屋では、ザカリアスの強面をどうするかが問題かな。





