暗躍する者
「どうするんだ、黒い悪魔が協力するらしいぞ」
シュレンドル王国の新王都第三街区の裏町の一室で、五人の男がテーブルを囲んでいる。
窓も無く、テーブルと椅子が六脚の他には、戸棚が一つ置かれているだけの物置のような部屋だ。
「旧王都との間に作った拠点も奴のせいで潰されたんだろう」
「このまま計画を進めて大丈夫なのか?」
四人の男達の視線が、部屋の一番奥に座った白虎人の男に向けられる。
五人は反貴族派と呼ばれる組織の幹部で、白虎人の男がリーダーだ。
年齢は二十代半ばぐらいで、他の四人は二十代の前半から四十代後半までバラバラな感じだ。
「そんなにビビるな。いくら黒い悪魔なんて呼ばれる男でも体は一つしかないんだぞ。全ての事案に対応しきれるはずがない」
「じゃあ、計画通りに進めるんだな?」
「いいや」
前のめりに訊ねる熊人の男に向かって、白虎人の男はゆるゆると首を横に振ってみせた。
「じゃあ、計画を変更するのか?」
「いいや」
「どっちなんだ!」
謎かけをするような笑みを浮かべて首を横に振る白虎人の男に対して、熊人の男が苛立ったように声を荒げる。
熊人の男はテーブルに両手を付いて腰を浮かし掛けたが、表情を引き締めた白虎人の男にジロリと視線を向けられ、一拍ほどの間を置いて座り直した。
「基本的に計画通りに事を進めるが、計画通りに進める事に固執するな」
「どういう事なんだ、もう少し分かりやすく言ってくれ」
「分かった……」
白虎人の男は、葡萄酒で喉を湿らせてから、おもむろに話し始めた。
「まず、俺達の目的はなんだ?」
「新王都で騒乱を起こすことだろう?」
白虎人の男は熊人の男の答えに首を横に振った。
「違う。俺達の目的は『巣立ちの儀』の当日に、騎士団の厳重な警戒を乗り越えて騒乱を起こし、王家や貴族の権威を失墜させ、尚且つ無事に逃げおおせる事だ。何か一つが欠けても、準備してきた意味が無くなってしまう。ただ騒乱を起こすならば、いつだって出来る。捕まって処刑されても構わないなら、いくらでも方法はある。だが、それでは意味が無い。俺達は目的を達成し、更なる活動を続けるために無事に逃げ切らなきゃいけないんだ」
白虎人の男が一言一言噛んで含めるように語るのを、残りの四人はじっと耳を傾けて聞いていた。
話し終えた白虎人の男が、再び葡萄酒に手を伸ばしたところで、小柄な犬人の男が小さく右手を挙げた。
「目的は理解したが、計画に固執するなという意味が分からない。目的を達成するには、計画通りに事を進めた方が良いのではないのか?」
カップに残っていた葡萄酒を飲み干した白虎人の男は、小さく頷いた後で話し始めた。
「確かに計画通りに事が進めば目的は達せられるだろう。だが、よく考えてほしい。今回、俺達は幾つもの騒動の種を用意している。それは一つの計画がとん挫しても、別の計画でカバーするためだ。一つの計画を無理に推し進めようとして、無駄に人員を失うな。特に、計画の全体を把握しているお前たちが捕らえられれば、全てが失われる事になりかねない」
「つまり、ヤバいと感じたら計画を放棄しても構わないんだな?」
「そうだ。切り捨てて良いのは末端にいる奴らだけだ」
「分かってる、あいつらはいくらでも補充できるからな」
犬人の男の言葉に、白虎人の男は満足そうに頷いてみせた。
「資材を運び入れる前線基地として使おうと思っていたアジトを潰されたのは確かに痛手だ。ただ、捕らえられた幹部連中は、資材の運搬や人員の補給を担当する者ばかりで、今回の計画には携わっていなかったのは幸いだ。念のため、計画の一部を変更して新たな計画も作り上げた。これをベースにして、柔軟に動いてくれ」
白虎人の男は右手を伸ばして、人差し指でテーブルをコツコツと叩いてみせた。
テーブルの上には、新王都周辺を描いた地図が広げてあり、そこには幾つもの印が打たれてある。
ファティマ教の総本山ミリグレアム大聖堂を始めとした新王都中心部は勿論、第三街区や都外と呼ばれる地域にも印が記載されている。
「資材の運び込みは?」
「まだ半分程度だな」
「こっちは三割程度だ」
「アジトから一度に運び込めなくなったが、かえって分散して分かりにくくなったんじゃないか?」
「悪い事ばかりじゃないって事か」
白虎人の男の話の効果か、集まった時の陰鬱な空気が消えて前向きな言葉が増えている。
「人員は?」
「資材の運び込みをやらせているから、これからだ」
「あんまり早く連れてきても、足が着く原因にしかならないしな」
「末端の連中には、撤収の計画があるように思わせとけよ」
「分かってる、飯が食えて、憂さ晴らしの騒ぎを起こせて、逃げおおせれば金まで出るって思わせとけば、あいつら喜々として飛び込んでいくからな」
犬人の男の言葉に、男達から笑い声が洩れた。
ここにいる五人にとって、末端で動いている者達は補充が利く駒でしかない。
白虎人の男が、優し気な顔をした鹿人の男に話し掛けた。
「例の人材の準備は?」
「まぁ、何とか……」
「他の計画は放棄しても構わないが、あれは着実に実行したい」
「分かってますが、今回が最後かもしれませんよ」
「黒い悪魔の影響か」
白虎人の男の問いに、鹿人の男は頷いてみせた。
「やはり、あの愛の巣立ちとかいう演劇の影響が大きいです。演劇ではあるものの、その下地になる事実が存在しているので、王族と恋仲になるのは無理だとしても、自分達だって普通の暮らしぐらいは出来るのでは……と考える猫人が増えているようです」
「自爆するぐらいしか能の無い連中が、何を夢見ているんだか……」
苦々しげに言い放った熊人の男の言葉を否定する者は居なかった。
「それと、北の方からはラガート子爵領の職業訓練所の話が伝わり始めているようです」
「それも黒い悪魔絡みじゃないのか?」
「ええ、計画自体はもっと前から立てられていたと思いますが、エルメール卿のおかげで出来たものだと宣伝しているようです」
「なにがエルメール卿だ。所詮は少し変わった魔法が使える猫人に過ぎん」
急に声を荒げた白虎人の男を見て、他の男達はギョッとした後で咎めるような視線を鹿人の男に向けた。
「そ、そうですよね……あんなのは貴族共の宣伝に利用されているとも知らずに浮かれている愚か者です」
「そうだ、分かっていれば、それで良い……」
白虎人の男が落ち着きを取り戻したのを見て、鹿人の男はふーっと息を吐いた。
「出来るだけ多くの自爆要員を準備しろ。黒い悪魔め、同じ猫人が自分を批判しながら多くの者を巻き込んで死んでいくのを見て思い知れ」
暗い目をしてほくそ笑む白虎人の男を前に、他の四人はチラチラと視線を交わし合う。
どうして白虎人の男が、そこまでエルメール卿や猫人たちを嫌うのか、他の四人も理由を聞かされていない。
そもそも、白虎人の男が最終的に何を目論んでいるのかも四人は理解していない。
貴族が特権を持つ今の世の中を揺さぶり、自由に使える大金を手にして、美味い物を食べて、良い女を抱く……刹那的な楽しみを与えてくれるから行動を共にしているだけだ。
そして、足抜け出来る段階はとっくに通り過ぎ、命運を共にするしかなくなっているだけだ。
白虎人の男が酒瓶を手に取り、四人のカップに葡萄酒を注いだ後、自分のカップも満たした。
「さあ、奴らに思い知らせてやろう、奴らはこの世の支配者ではないのだと……」
「あぁ、今回も上手くやろうぜ、ダグ」
カップを打ち合わせて五人の男達は不敵に笑い、葡萄酒を喉へと流し込んだ。





