名誉鍋騎士
拠点に戻った翌日の夕方、港町タハリまでの護衛依頼を終わらせたチャリオットのメンバーが戻ってきた。
みんなが依頼で出掛けているのは、昨晩戻って来たガドから聞いている。
兄貴が酔い潰れて帰って来たのには驚いたが、ガドから地下道の建設現場での様子などを聞いて安心した。
俺の名前に頼らずに、地道に周囲からの信頼を得ている兄貴を少し頼もしくも感じた。
そして、ガドの胸の内まで気遣えるようになっていたとは驚きだった。
アツーカ村にいた頃の兄貴は怠け者と言われても仕方ない生活をしていたが、貧民街で悲惨な生活を経験し、チャリオットの一員として活動するようになって成長した。
ガドが冒険者としての活動に戻り、兄貴が一人で地下道の建設現場に残っても、今なら大丈夫な気がする。
依頼から戻ったチャリオットのみんなは、いつもと変わらない様子だ。
「なんだよ、帰って来たかと思ったら、また王家に扱き使われるのか?」
「報酬は悪くないけど、ホントそんな感じ」
『巣立ちの儀』の警備依頼の件を伝えると、セルージョに呆れられてしまった。
とは言え、シュレンドル王国で暮らしている以上、王家を敵に回すのは難しい。
「あぁ、名誉騎士なんてならない方が良かったのかな」
「いや、無理だろう。お姫様を救う劇の題材になるような大立ち回りを演じたんだ、例え名誉騎士にならなくても王家からは目を付けられてただろうぜ」
「だよねぇ……」
「あとは、王家に取り込まれないように……それでいて王家を上手く利用できるように立ち回るしかないだろうな」
「それって簡単じゃないよね」
「まぁな。だが、そういう駆け引きも冒険者としての醍醐味じゃねぇの?」
「そっか、そういう考え方もあるのか」
冒険者として王家から頼りにされつつ、自分達にとって不利な状況や厄介ごとに巻き込まれた時には王家の力を利用する。
そんな強かな冒険者は確かに格好良い。
格好は良いけれど、王家との駆け引きとか面倒そうだし、俺としてはもっと気ままな冒険者生活を楽しみたいんだけどにゃぁ……。
「ライオス、次の依頼は決まってるの?」
「いいや、明日一日ノンビリしてから探すつもりだが、今は護衛の依頼が沢山あるから困ってないぞ」
「えっ、そうなの? ダンジョンは立ち入り禁止のままなのに?」
「あぁ、崩落はほぼ収まっているようだが、地下道の建設を優先するために出入りは禁止のままだな。ただ、その地下道の建設を上手く活用しているみたいだ」
ライオスの話によると、旧王都を治めている大公家と冒険者ギルド、商工ギルドが連携して、建設特需を生み出そうとしているらしい。
建設に関わる者は、旧王都の住民だけでなく周辺地域からも多く呼び寄せているそうで、そうした作業員が消費を拡大させているようだ。
「単純に人が増えれば、食う物、着る物、生きていくのに必要な品物が売れるようになる。旧王都は元々ダンジョンを産業として栄えた街だが、発掘品が減って消費は減るばかりだったそうだ」
「俺達が新区画を掘り当てて、ダンジョンが活況を取り戻した状況を地下道の建設で維持しようってことなんだね」
「そういうことだ」
旧王都の食の殆どは、周辺地域によって支えられている。
食料だけでなく、様々な資材も周辺地域に頼っているので、そうした品物を運ぶ馬車の護衛はいくらいても足りない状況が続いているようだ。
「それに加えて『巣立ちの儀』が近付いている。旧王都でも新市街の会場を中心にして盛り上がるらしいぞ」
「そうなの? お祭り気分も楽しみたいんだけどなぁ……」
イブーロで冒険者になれば、『巣立ちの儀』の祭りを思う存分楽しめると思っていたのだが、結局楽しめていない。
今回も警備の依頼を受けてしまうと、当日だけでなく前後数日も拘束されてしまうだろう。
それでも去年は、ナバックさんと花見に行ったり、オラシオたちと王都の街で食べ歩きなどをして楽しんだ。
今年もオラシオ達と遊び歩く時間ぐらいはあるだろう。
でも、できれば『巣立ちの儀』らしいイベントみたいなものも見物してみたい。
「それなら、さっさと怪しい連中を取っ掴まえて、追加が入り込まないような体制を築いちまうんだな」
「そうだね。そうしよう」
新王都に戻ったら、天気の良い日を選んでバシバシ空撮しまくって、怪しげな連中は根こそぎ捕らえてしまおう。
反貴族派の撲滅計画などを考えていたら、隣に座っているレイラに肩をポンポンと叩かれた。
「ねぇ、ニャンゴ、そろそろ煮えたんじゃない?」
「そうだね。みんな、夕食にしよう!」
今夜は、ニャンゴ特製のきりたんぽ鍋だ。
きりたんぽは、炊き立てご飯を潰して粘りを出し、空属性魔法で作った棒に巻き付けて火の魔道具で周りをこんがり焼き固め、棒を解除すれば綺麗に出来上がりだ。
お鍋の具は魚の切り身、エビ、カキ、白菜、葱、それに角豆ときりたんぽを加えて、こちらの世界の味噌、ラーシで味付けしてある。
「兄貴、角豆は熱々だから器に取って少し冷ましてから食べてくれ」
「分かった、熱々なんだな……」
俺達猫人にとって、お鍋の角豆は美味しいけれど危険物だ。
器に取った角豆をフーフーしていたら、横からセルージョが鍋の角豆に手を伸ばした。
「こういうのは熱々なのが美味いんじゃねぇかよ」
セルージョは、ふつふつと煮えている鍋からフォークで掬った角豆を直接口へと運ぶ。
「あふっ、あふっ、うぐぅ……おぉぉぉ……」
熱々の角豆を味わう間もなく飲み込んだセルージョは、慌てて葡萄酒を口に含んで飲み下した。
「ほら、だから危ないって言ったのに……」
「ぐへぇ……なんか胃の中まで変な感じがするぞ」
「ニャンゴ、この角豆ってのは他の具材の味が染みてて美味いな」
「だろう、兄貴。角豆は冷まして味わうものだからな、セルージョみたいに飲み込むものじゃないんだよ」
「へーへー、ちゃんとフーフーしてから食えばいいんだろう、名誉鍋騎士様」
そうそう、せっかくの鍋なんだから、味わって食べてくれ。
「ニャンゴ、きりたんぽも味が染みてて美味しいわね」
「でしょう、レイラ。染み染みが美味いんだよ」
「染み染みが、うみゃうみゃなのね」
シューレは鍋を味わいつつ、ガドと一緒にグイグイ米の酒を空けている。
明日は休みだけど、いくらなんでも飲み過ぎじゃないか。
ミリアムは、さっきからエビとカキを交互に食べるマシーンと化している。
ちょっとは野菜も食えよな。
「ニャンゴ、みんなで鍋を囲むと美味いな」
「そうだな、兄貴」
「いつか里帰りしたら、親父やお袋、兄貴や姉貴とも一緒に鍋を囲みたいな」
「そうだな。『巣立ちの儀』が終わって、一段落したら里帰りするか?」
「いや、俺は地下道の工事が終わってからでいいや」
「それじゃあ、随分先の話にならないか?」
「でも、一つの仕事をやり遂げて、胸を張って家に帰りたいんだ」
「そっか、いつでもいいぞ。空属性魔法で飛んで行くなら、天候さえ崩れなければ、その日のうちにアツーカ村に帰れると思うぞ」
「だ、駄目だ、飛ぶのは危にゃい!」
「大丈夫だよ。快適な空の旅を約束するよ」
「駄目だ、駄目だ。ニャンゴの快適は信じられにゃい」
成長したと思った兄貴だが、相変わらず空を飛ぶのは苦手らしい。
まぁ、いざとなったら俺の背中に縛り付けて運んでしまおう。





