ニャンゴの休日
新王都の『巣立ちの儀』の警備を頼まれたので、留守にする間のことを相談しようと旧王都の拠点に戻ったのだが……。
「にゃ……誰もいにゃい」
拠点には誰の姿も無かった。
仕方がないので、拠点の掃除や布団を干して待っていよう。
まずは、俺とレイラ、それに兄貴の布団を屋根の上へと運び上げ、埃を叩いた後で空属性魔法で作ったケースの中で広げておく。
これならば急に雨が降ってきても布団が濡れる心配は要らない。
続いて拠点の中を、これまた空属性魔法で作ったサイクロン掃除機で掃除する。
「お掃除ニャンゴが、ニャンニャニャン! サイクロンだよ、ニャンニャニャン!」
さらに、台所、トイレ、風呂場は、空属性魔法で作ったスチームで除菌清掃していく。
「お掃除ニャンゴが、ニャンニャニャン! スチームジェットで、ニャンニャニャン!」
拠点中の掃除を終わらせたが、誰も帰ってくる気配がない。
兄貴とガドは地下道の工事現場に行っているはずだし、この感じだと残りのメンバーは依頼を受けて出掛けていそうだ。
「にゃぁ……お腹空いたにゃ」
掃除を終えたところで、ぐぐぅ……っとお腹が鳴った。
誰も戻って来そうもないので、行き付けの乾物屋に足を向けた。
ここは魚の干物を売るかたわら、店の一角で定食を提供している。
炭を使ったコンロで自分で干物を焼きながら、ご飯とラーシのスープ、つまりは味噌汁が飲めるので足しげく通っている。
「こんにちは」
「いらっしゃい、おや、久しぶりだね」
「えぇ、ちょっと遠くまで依頼で出掛けてたんで……」
女将さんと話しながらも、視線は干物に奪われてしまっている。
「どれにしようかにゃぁ……今日のおすすめは?」
「そうだね、シブリムはどうだい? 脂が乗ってるよ」
「じゃあ、シブリムとイカの一夜干しを」
「はいよ!」
シブリムというのは、二十センチぐらいの丸っこい魚で銀色をしている。
身は、鰺に似たマックローよりも白身が多い感じがする。
焼き網に載せると、皮が弾けたところからポタポタと脂が滴ってくる。
「にゃにゃ、脂の焦げる香ばしい匂いがたまらにゃい、女将さん、ご飯をお願いしまーす」
「はいよ!」
干物が焼き上がる少し前に、ご飯とスープを頼む。
この焼いている香りをオカズに食べる白米がうみゃいのだ。
「にゃっ! これは……」
「それは角豆だよ。近頃出回り始めてね、色んな料理に合うから流行ってるんだよ」
ラーシのスープに浮かんでいる物体は、紛れもなく豆腐だった。
プルプルというよりもシッカリした感じで、少し緑がかってはいるが味わいは豆腐そのものだ。
「女将さん、この角豆はどこで売ってるの?」
「その二つ先の四つ角を右に曲がって少し行った左側に店があるよ。ただ、風味が落ちるのが早いし、日持ちはしないからね」
「分かった、後で行ってみる」
豆腐を入手する当てがついたので、今はシブリムの干物に集中しよう。
「うみゃ! シブリム、うみゃ! 身がホコホコで味がギュっと詰まった感じ、パリパリに焼いた皮と一緒に食べると更にうみゃぁ!」
「だろう? 今の時期は脂の乗りが良いから特に美味しいんだよ」
「今度、兄貴も連れてこよう。イカの一夜干しも、うみゃ!」
シブリムの干物とイカの一夜干しで、ご飯とラーシのスープもお替りして、お腹がパンパンになってしまった。
またポッコリしてしまったお腹を抱えながら、角豆を売っている店を目指す。
乾物屋の女将さんに教えてもらった店は、角豆の看板が出ているだけの小さな店だった。
店の中には水槽があるだけで、ショーケースのような物は無い。
「にゃぁ……がんもどきとか、厚揚げはにゃいのか……」
どうやら、扱っている品物は豆腐だけのようで、硬さも一種類だけのようだ。
「こんにちは、角豆が欲しいんですけど」
「へい、いらっしゃい! お客さん、入れ物は?」
「あっ、そうか、器を持参しないと駄目なのか」
「経木の皿がありますよ」
器が無くても、木を薄く削った経木で作った皿に乗せて売ってもらえるようだ。
「いえ、器は作るから大丈夫」
「器を作る?」
「ええ、ここに作ったんで、これに入れてもらえます?」
「はぁ? えぇぇ……確かに器が」
空属性魔法で器を作って手渡すと、店の主人は首を傾げた直後に目を見開いた。
「お客さん、この器は?」
「うん、空属性魔法で作った器だよ」
「空属性魔法……黒猫人……エルメール卿?」
「うん、そうだよ。ちゃんとお金は払うから安心して」
「た、ただ今、用意いたします」
角豆と呼ばれている豆腐は、一丁の大きさがレンガぐらいもある。
兄貴とガドも食べるかと思い、二丁買って帰ることにした。
「どうもありがとうございます。エルメール卿に買っていただけるなんて光栄です」
「いやぁ、角豆を味わえるとは思ってなかったよ。それでね……」
店の主人には、油揚げや厚揚げ、がんもどきなどのヒントも伝えておいた。
自分でやろうと思えば出来なくはないが、油揚げが手に入ったらお稲荷さんを味わいたい。
甘々、染み染みのお揚げに、酢飯や山菜おこわなどを入れて食べるのだ。
春になったら、お稲荷さんを持ってお花見に行くにゃ。
拠点に戻って、角豆を鍋に移してから、布団を取り込んで、夕食の材料を買いに行く。
ラーシはあるから、ひき肉、ニンニク……ショウガと唐辛子もあったな。
今夜は、麻婆豆腐を作るのだ。
熱々の麻婆豆腐をご飯に乗せて、ハフハフしながら食べるのだ。
麻婆豆腐のことを考えていたら、なんだか餃子も食べたくなった。
餃子は皮から自作しなきゃいけないけど、今日は時間もあるしチャレンジするのには丁度良いかもしれない。
オーク肉の他に、ニンニク、ニラ、白菜、葱、ごま油なども買い込んでいく。
拠点に戻ったら、まずはお米を研いで、ご飯を炊く準備をしておく。
「ニャンニャカニャカニャカニャンニャンニャー、ニャカニャカニャンニャンニャン!」
お米を研いで水に浸したら、野菜を刻んでいく。
餃子はちょっと粗めの微塵切りの方が、歯ごたえがあって好きなんだよねぇ。
ニンニクは叩いて潰してから細かく刻み、ショウガは擦り下ろす。
ひき肉は売ってないので、買って来た肉を切って、叩いて、ミンチにする。
刻んだ野菜とミンチを混ぜ合わせ、最後に干したキノコと干しエビを粉々にして加え、ごま油を風味付けに加えたら具は出来上がり。
続いて皮を準備する。
小麦粉を箸で混ぜながらお湯を加えていく。
器も箸も空属性魔法で作っているから、こびり付いても大丈夫なんだな。
耳たぶぐらいの硬さになったら、空属性魔法の手袋を装備して生地を捏ねて、表面が滑らかになったら少し寝かせておく。
寝かせた生地を棒状にして、同じ大きさになるように切り、綿棒で伸ばして平にしたら、打ち粉をして並べておく。
空属性魔法のシートを挟んでいるからくっ付く心配は要らないにゃ。
皮が出来たら、せっせと具を包み、出来た餃子は打ち粉をしたバットに並べておく。
気付くと、窓の外は暗くなり始めていた。
「そろそろご飯を炊き始めるか」
拠点の台所は魔導コンロが二口しかないので、ご飯は空属性魔法の魔道具で炊く。
自作の魔道具の方が、火加減を自由自在に調整できるから美味しく炊けるのだ。
続いて、麻婆豆腐の準備に取り掛かる。
賽の目に切った角豆は、一度湯通しをしてから笊に取っておく。
熱した鍋にオークの脂身を投入してラードを熔かし出す。
脂身の残りを鍋から出し、まずはニンニク、ショウガを炒めて香りを出し、そこにラーシと唐辛子を加える。
続いてミンチを入れてポロポロになるまで炒めたら、刻んだ干しキノコとお湯を加えて味を整える。
「にゃっ、結構辛い……」
味が決まったところで、笊に取っておいた角豆を入れて、しっかりと味を含ませていく。
角豆を煮ている間に、フライパンに餃子を並べてコンロに掛けて、お湯を注ぎ、空属性魔法で作った蓋をして蒸し焼きにする。
ご飯の火加減を調整して、餃子の焼け具合を見ながら、麻婆豆腐にとろみを付けるタイミングを見計らう。
「てか、兄貴もガドも遅いにゃ……」
窓の外では星が瞬き、拠点の中にも明かりを灯している。
フライパンの水気が無くなってきたところで、蓋を取って油を注いで焦げ目をつける。
麻婆豆腐の鍋にも水で解いた片栗粉を加えてとろみを付けていく。
「にゃっ、餃子が焦げる! とろみが……熱ぅ」
最後はドタバタになってしまったし、餃子は一部タヌキ色になってしまったが、それでも無事に完成した。
「にゃぁ、兄貴もガドも帰って来ないし、冷めると美味しくなくなっちゃうし……仕方がないから食べるか!」
ご飯を深めの皿に盛り、麻婆豆腐をドサっと掛ける。
「うんみゃ! 熱っ! 麻婆豆腐の辛美味と白米の甘みが混然となって、うんみゃ!」
餃子はラーシとお酢、ゴマ油、それに唐辛子を使った特製タレを付けて食べる。
「うんみゃぁ! 熱ぅ! パリパリ、モチモチの皮の中から野菜と肉の旨味が詰まったスープが溢れ出してきて、熱ぅ、でもでも、うんみゃぁ!」
待てど暮らせど、兄貴もガドも帰って来なかったので、また食べ過ぎてしまった。





