ガド✕フォー?
※今回はガド目線の話です。
カラーン……カラーン……坑道に作業の終わりを告げる鐘の音が響いてきた。
ここは、地上からダンジョンへと続く新しい地下道の建設現場だ。
「おう、お疲れ、フォークス!」
「あっ、お疲れ様です、フォルモさん」
「フォークス、お疲れさん」
「お疲れ様です、ロイルさん」
作業員たちに声を掛けられる度に、フォークスはペコペコと頭を下げて挨拶している。
その表情は、自分よりも力の強い者に媚びる卑屈な笑みではなく、一日作業を共にした同僚への親愛の情が籠った笑顔で彩られている。
この現場で作業に従事している者の殆どは、フォークスがニャンゴの兄だと知っている。
最初は、それこそ腫れ物を扱うような態度で接していたが、今では一風変わってはいるが仕事熱心な同僚と認めているようだ。
それも全てはフォークスの周囲への態度や、仕事に熱心に取り組む姿勢を見ているからだ。
フォークスは、周囲がニャンゴの兄だと思って特別扱いしようとしても、けっして偉ぶることなく、自分は自分、一人の作業員として扱ってほしいと言い続けていた。
一度、ニャンゴの兄として優遇してもらった方が楽じゃないのかと聞いてみたが、それは格好悪いから嫌だと言われた。
なんでも、故郷の村にはニャンゴと同い年の村長の孫がいるそうで、事ある毎に祖父である村長の権威を笠に着て嫌がらせをされたらしい。
自分は、あいつのように他人の権威を使って偉そうに振る舞いたくない。
そう言ってフォークスは、自分から進んで雑用などにも取り組んでいた。
以前、ゴブリンの心臓を生で食べる荒行を行ったおかげで、フォークスは一般的な人種と遜色ないどころか、上回るほどの魔力を使えるようになっている。
これは、単に荒行のおかげだけでなく、日々の訓練の賜物だろう。
ニャンゴの兄なのに偉ぶらず、熱心に仕事に取組み、猫人だが他の者と同等以上の仕事をする……これでフォークスを嫌う奴がいるとしたら、相当なへそ曲がりだろう。
今では多くの作業員から笑顔で声を掛けられる、現場のマスコットのようになっている。
「ガド、帰ろう。今夜は何を食べる?」
「そうじゃな、昨日は肉だったから魚にするか」
「魚! じゃあじゃあ、この前行った居酒屋にしよう」
「そうするか」
「そうしよう、そうしよう」
「その前に、泥と埃を落してからじゃぞ」
今夜は魚と聞いて、フォークスの尻尾は走り出しそうに揺れている。
だが、土埃に塗れたままでは店に迷惑が掛かる。
幸い、坑道の外には作業員用の風呂場が用意されていて、そこで埃を洗い流して、持参した服に着替えられる。
フォークスは、猫人にしては珍しく風呂好きだ。
弟のニャンゴが大の風呂好きで、その影響を受けているらしい。
風呂に入るとモフモフだった毛がペショっとして、別人みたいになるのも作業員たちを和ませているようだ。
脱衣所には温風の魔道具が用意されていて、風呂から上がった作業員たちが、寄ってたかってフォークスの毛を乾かすのが、このところの日課となっている。
シューレやレイラがいたら、作業員共を押しのけてフォークスの手触りを堪能している所だろう。
工事現場の守衛とも丁寧に挨拶を交わして帰路についたフォークスの尻尾は、上機嫌に揺れている。
この機嫌の良さは、美味い魚が待っているから……だけではないのだろう。
「楽しそうじゃな、フォークス」
「うん、今日はムラなく硬化させるコツみたいなのが少し分った気がするんだ」
「ほう、これまでは上手くいかなかったのか?」
「んー……なんて言うか、一応できてはいるけど、満足がいく仕上がりじゃない……みたいな?」
「ほほう、もう立派な職人じゃな」
「いや、まだまだだよ。まだまだまだまだまだ……ぐらい、まだだよ」
「ははっ、それだけの向上心があれば大丈夫じゃろう」
「うん、俺はもっと魔法を上手く使えるようになりたい」
小さな両手を見詰めるフォークスの瞳は、キラキラと輝いているようだった。
「ねぇ、ガド」
「なんじゃ?」
「なんだか、楽しくなさそうだよね?」
「ふむ、こりゃいかんな。フォークスに顔色を読まれるとは、ワシもまだまだじゃな」
「やっぱり、工事現場は退屈?」
「そうじゃな……正直に言えば、少々退屈じゃな」
ダンジョンでの発掘作業を進めるのに、地下道の工事が必要なのは理解しているが、やはり工事は工事であり、冒険者の活動とは思えない。
土木工事に関わる者ならば、今回の地下道建設はやりがいのある物なのだろうが、長年冒険者として活動してきた身としては、心が弾まないのだ。
「そっか、ガドは根っからの冒険者なんだね」
「そうじゃな」
フォークスから言われて、やはり自分は冒険を求めているのだと改めて気付かされた。
ニャンゴという存在と巡り会い、ワシらは念願のダンジョンへの進出を果たしたのだが、そのダンジョンでの活動も正直に言えば思い描いていた物とは違っていた。
狂暴な魔物と戦いながらダンジョンの深層へと踏み込み、未踏の地からお宝を持ち帰る……ワシが考えていたのは、そんな危険と隣り合わせの探索だった。
だが実際には、未知の遺跡の学術調査のようだ。
かつて栄えた、今よりも遥かに高度な文明の謎を解き明かすような大発見の連続は、莫大な富と名声をもたらしたが、それはワシが求めていた物とは少し違っている気がする。
勿論、ニャンゴの活躍には感謝こそすれども、文句を言う気など毛頭無い。
ただ、富を得ても、名声を得ても、心に空いた穴が埋まらない。
物足りない、そうじゃないと心が叫んでいる気がするのだ。
「ガド、ライオス達と一緒に依頼に行ってきなよ」
「じゃが、フォークス一人で大丈夫か?」
「いつまでも、ガドに面倒見てもらっていたら弟に笑われちゃうよ」
「だがなぁ……」
「旧王都も、身分証明が厳しくなって、以前と比べて治安が良くなったみたいだし、現場のみんなとも知り合いになったから大丈夫だよ」
イブーロに居た頃には、フォークスに拠点の留守番を頼んで依頼に出るのは珍しくなかった。
場所がイブーロから旧王都に変わるだけで、何も問題は無いはずだが、どうも引っ掛かる。
周囲の者からも認められ、仕事をこなす能力もある。
心配する要素など無いはずなのに、何か忘れているような気がしてならない。
「依頼の話は後にして、今はお魚を味わおうよ」
「そうじゃな」
目的の居酒屋の近くまで来ると、もうフォークスは待ちきれないといった様子だ。
居酒屋に入って席に着くと、フォークスは顔馴染みになった女性店員に本日のお薦めを訊ねて、真剣な表情で注文を決めていく。
そして最後に、米で作った酒を頼んだ。
近頃のフォークスは、米の酒をチビリチビリと舐めながら、魚をうみゃうみゃするのがお気に入りだ。
酒に酔うと、真面目で固い性格がフニャっと緩んで柔らかくなる。
蕩けるような笑顔でうみゃうみゃ言ってるのを見ると、やっぱりニャンゴと兄弟なんだと再認識させられる。
「うみゃ、この煮魚、うみゃ! ラーシのコクと生姜の風味が魚の旨味と合わさって、うんみゃ!」
本当に美味そうに食べるから、近くの席に座った客は、大抵フォークスと同じメニューを追加で注文する。
無意識で売上に貢献しているから、店からの待遇も良い。
そして……。
「にゃ、もう食べられにゃい……」
「酒はどうじゃ?」
「もう、飲めにゃい……」
頼んだ料理と小さなカップ一杯の酒を堪能し終える頃になると、フォークスの頭がグラグラと揺れ始める。
〆に頼んだ強い酒を一息に飲み干して、勘定を済ませて店を出る。
フォークスは、ワシの腕の中でグッスリだ。
昼間の作業の疲れに酔いも手伝い、美味い料理で満腹になれば、猫人に起きていろと言う方が無理なのだろう。
「ガド……冒険に行きなよ……」
「良いのか……って、寝言か」
フォークスは安心しきった様子で、体から力が抜けてグニャグニャだ。
「ワシを冒険に行かせたいなら、もうちょっとシッカリしてもらわねば……な」
ワシの心中を知ってか知らずか、フォークスはニヘラと緩い笑みを浮かべる。
「うみゃいな、ニャンゴ……」
「なんじゃ、夢の中ではまだ食ってるのか」
どうやら食いしん坊なのも、ニャンゴとそっくりらしい。





