裏話
所属パーティー、チャリオットのメンバーと、今後の打ち合わせをするために、ニャンゴは旧王都へ戻ることとなった。
反貴族派のアジトの摘発や、バルドゥーインの護衛など王国絡みの案件続きだが、一応チャリオット所属の冒険者なのだ。
顔合わせのための会合を終え、ニャンゴを見送った後、バルドゥーインは騎士団長アンブリス・エスカランテと第一師団長ブルーノ・タルボロスを食事に誘った。
「それで、どう思う?」
王国騎士団の士官用の食堂で料理を待つ間、バルドゥーインは口許を緩めながら二人に訊ねた。
主語を省略して自分の思惑を相手に想像させる問い掛けは、しばしばバルドゥーインが使うクセみたいなものだ。
自分の思惑通りの答えが返って来るのを期待しているが、察しの悪い人物から的外れな返事をされるのも楽しんでいる。
「どう思うも何も、エルメール卿が得難い人材であるのは昨年の『巣立ちの儀』の時から分かりきっているではありませんか」
今更、何を言っているのだと言わんばかりのアンブリスの答えに、ブルーノも頷いている。
「エルメール卿は我々とは異なる視線から物事を捉えて、独特な発想から献策してきます。あれは、我々には真似が出来ないでしょう」
ブルーノの答えに、今度はアンブリスが頷いている。
王国騎士には、守るべき順序が存在している。
まず、何よりも先に守護すべきは国王で、次が王族、その次が王国貴族、最後が平民だ。
訓練所に入所した時から、この考えを叩き込まれる。
都外の取り締まりが疎かになってしまったのは、王国騎士としては、ある意味正しい行動であったのだ。
「エルメール卿と我々との違いは、冒険者と王国騎士というだけではなく、空属性という珍しい属性の魔法を工夫して、常人では考えられない功績を残してきた事にも影響されているのでしょうな」
アンブリスは、ニャンゴの使う空属性という魔法に注目している。
王国騎士としてスカウトされる者の多くは、火、水、風、土といった一般的な属性魔法で、空属性のようなレアな属性魔法の使い手はいない。
中には突出した個の力を誇る騎士も存在しているが、普通の騎士は一般的な属性を鍛え上げ、足並みを揃えて攻撃させるのが騎士団のやり方だ。
いわゆる、点ではなく面での攻撃を想定しているので、ニャンゴのような型に嵌らない存在は異質に見えるのだ。
「それでは、騎士団への取り込みを進めるか?」
「いえ、その必要は無いと考えます」
バルドゥーインの提案に、アンブリスは即座に答えた。
「王国騎士団にニャンゴは必要無いと?」
「そうではありません。エルメール卿の存在は貴重ですし有用ですが、騎士団の中に置くとその良さが消されていってしまうでしょう」
騎士団は、騎士となれなかった末端の兵士を含めて、大人数での行動を想定して訓練を行っている。
そのためには規律が重視され、独断専行などは厳しく咎められる。
「エルメール卿の良さは、我々の型に嵌っていない所です。それは、騎士団の外でこそ磨かれるものだと私も考えます」
ブルーノの言葉に、バルドゥーインもアンブリスも頷いてみせた。
「まぁ、今の質問は確認のようなものだ。グラースト侯爵領の一件で行動を共にして、道中ニャンゴの仲間レイラからも話を聞いたからな」
「ほぅ、どのような話ですか?」
「是非、お聞かせ願いたいですね」
アンブリスとブルーノが興味を示すと、バルドゥーインはいくつかのエピソードを披露した。
道中で遭遇した盗賊への対処など戦闘面の話もあれば、安宿の部屋の掃除やダニ退治、夕食で舌鼓を打つ様子など普段の様子などの話もあった。
「レイラ曰く、ニャンゴは良くも悪くも猫人らしいそうだ」
「ほぅ、私には猫人らしからぬ人物に見えましたが」
「うむ、ブルーノの感想も正しいのだろうが、より身近でニャンゴと接すると、やはり猫人らしいと思うぞ」
「それは、どういった所でなんです?」
「興味を持つと、凄まじい集中力を発揮する一方で、周囲の状況が見えなくなってしまったり、興味が無いものには見向きもしないらしい」
「なるほど……それでは、我々王国騎士団はエルメール卿の興味を引く存在であれば良いのですね?」
「ははっ、そうとも言えるな……いや、王家もそうであらねばならぬのか」
バルドゥーインは、ダンジョンでの功績、グラースト侯爵領での活躍などを通じて、一層ニャンゴの重要性を認識していた。
「正直に言おう、間違っても他国に奪われるようなことがあってはならない」
「それについては、私も全くの同感です」
バルドゥーインが表情を引き締めて口にした言葉に、アンブリスも即座に同意を示した。
「先日の反貴族派のアジトの摘発について、第三師団長から詳しい報告を受けました。中でもクリフは、アーティファクトによる上空からの偵察の意義を強調しておりました」
熱気球すら実用化されておらず、空を飛ぶ手段が無い世界において、上空からの偵察が絶大な効果をもたらすのは言うまでもない。
しかも、スマホやタブレットなどを活用して、写真撮影まで行えるのだから、国家間で戦争が起こった場合には、その効果や重要性は計り知れない。
「それに加えて、エルメール卿はワイバーンを一撃で討伐するような魔法を連発出来るのですよね? 敵に回せば、国が亡ぶレベルじゃないですか?」
ブルーノの言葉に、バルドゥーインとアンブリスは苦笑いを浮かべるしかなかった。
「幸い、今の時点では王家に対しても、騎士団に対してもニャンゴは好意的だ。この状況は、なんとしても維持しなければならない。アンブリス、ツェザールの言動には気を配ってくれ。奴は、亡き兄上のお気に入りではあったが、状況の変化についていけないのであれば対応を検討せねばなるまい」
「心得ました」
バルドゥーインが口にしたツェザール・ヘーゲルフ第二師団長は、暗殺された第一王子アーネストが目を掛けていた。
当然、アーネストの考え方に影響を受けていて、その中には猫人を蔑視するような考えも含まれている。
「ファビアンから聞いたのだが、ニャンゴがラガート家のカーティスと城に来た時に兄上と廊下ですれ違い、劣等種と呼ばれたらしい」
「それはまた、アーネスト様らしいというか……」
「他の面では有能な兄だったが、人種への偏見は困ったものだと思っていた。あのまま兄が存命で王位を引き継いでいたら、王家はエルメール卿から愛想を尽かされていたかもしれんな」
「ですが、アーネスト様は亡くなられましたし、クリスティアン殿下、ディオニージ殿下、エデュアール殿下はエルメール卿の重要性は理解されていらっしゃるでしょうから、心配ないのではありませんか?」
「本当に、そう思っているのか? ニャンゴがエデュアールに眠り薬を盛られた後、ラガート家まで送り届けたのはアンブリスだったと聞いているぞ」
「その話も伝わっているのですか……」
昨年の『巣立ちの儀』の後、ニャンゴを近衛騎士にしようと王位を争う三人の王子がラガート家に打診をしてきた。
その際に、城で面談を行ったエデュアールはニャンゴに眠り薬を盛って陥れようと画策したのだ。
「私は慣習によって王位には就かないが、だからと言って国がどうなっても良いなどと思っている訳ではない。弟たちの振る舞いには気を付けていくが、騎士団も馬鹿な真似をする者が現れないように目を光らせておいてほしい」
「かしこまりました。騎士団としても、貴重な人材からの協力を得られなくなるような事態は避けたいと思っていますので、御安心下さい」
「うむ、頼むぞ」
この後、食事を共にしながら三人は、ニャンゴの取り込み方や『巣立ちの儀』の警備について互いの意見を披露しあった。





