足元の不安
師団長たちとの顔合わせが終わったところで『巣立ちの儀』の警備の概略について、バルドゥーイン殿下が話してくれた。
新王都を東西南北の四つの区画に分けて、第一師団が北、第二師団が南、第三師団が東、第四師団が西を担当するそうだ。
新王都の北側は、王家や貴族の屋敷が集まるエリアで、それだけ警備の重要度が高い。
南側には、ファティマ教の総本山ミリグレアム大聖堂があり『巣立ちの儀』の会場にもなる。
北と南の重要エリアを第一師団、第二師団が担当し、比較的重要度が低い東と西を第三、第四師団が担当する形だ。
ちなみに騎士団長は、新王都全域を統括する役目を担う。
「エルメール卿には、私と共に全体の統括をお願いしたい」
騎士団長からの申し出だが、統括する人間が二人存在するのは好ましくないような気がする。
「いいえ、やはり統括は騎士団長にお願いしたいです。その上で、自分は西と東、それと都外のエリアを重点的に担当しようかと思っています」
「ほう、何か理由があるのかね?」
「はい、反貴族派が新王都に紛れ込むとしたら、普通の市民になりすましている可能性が高いと思われます。連中が隠れ潜むなら、それらのエリアが怪しいでしょう」
「なるほど、確かにその可能性は高いな。だが、さすがに都外からでは大聖堂まで攻撃は届かないのではないか?」
昨年の砲撃は、新王都の第三街区から行われたそうで、騎士団の検証によって割り出された射程距離から考えると、大聖堂に届かせるには新王都の内部から撃つ必要があるらしい。
第三街区の外側を囲む城壁の外、都外と呼ばれている場所からでは届かないそうだ。
「ですが騎士団長、それは大聖堂を標的とした場合ですよね」
「むぅ、そうか、騒乱が目的ならば、狙いは大聖堂でなくても構わぬのか」
「都外の巡回は、都内に比べれば手薄になりがちなのでは?」
「確かに、これまでは都内を重点的に見回らせていたな」
「都外ならば、身分証の提示も必要無いのではありませんか?」
「その通りだ。新王都に入る者は厳しく身元を確認しているが、都外までは手が回っていない……そうか、都外か……」
騎士団長は眉間に皺を寄せて黙り込んだ。
どうやら王国騎士団は『巣立ちの儀』の会場の警備に重点を置いていて、その他の騒乱が起こる可能性を考慮していなかったようだ。
王族、貴族の安全を優先するがゆえに、市民が標的になることまで考えが及ばなかったのだろう。
「都外に何か問題があるのですか?」
「うむ、エルメール卿は、都外に暮らしているのは、どのような者たちだと思うかね?」
「都内に比べると貧しい人達ですか?」
「確かに貧しい者達もいるが、都内に仕事を持っている者達は極端に貧しい訳ではない」
都内に仕事を持っているとなると、日本でいったら埼玉、千葉、神奈川などのベッドタウンに暮らす人みたいな感じだろうか。
だとしたら、特段問題は無いような気がする。
「経済的には、エルメール卿の言う通りだが、社会的な仕組みが行き届いていない」
新王都の街には、上下水道が敷設されているそうだが、都外は一部の地域にしか作られていないそうだ。
そのため、衛生環境に大きな違いがあるらしい。
「その他にも、先程言った通り騎士団の目が届かない地域もあり、治安の面でも都内とは大きな差がある」
「つまり、都内に暮らす人に対して劣等感があるというか、妬ましいと思っている人が多いのでしょうか?」
「まぁ、そんな感じだから、騎士団への協力も望めないかもしれん」
「ですが、大聖堂での『巣立ちの儀』には、都外の子供も参加するのでは?」
大聖堂での『巣立ちの儀』に参加するのであれば、昨年の襲撃によって都外の子供も多く犠牲になったはずだ。
当然、反貴族派への敵対心があるものだと思っていたのだが、そうではないらしい。
「都外に暮らす者達には、新王都の住民としての登録がなされていないので、大聖堂での『巣立ちの儀』には参加していないのだよ」
それでは、都外で暮らす子供たちは、どうやって魔法を使えるようになるのかなど疑問が残るが、襲撃された会場に関係者がいなかったら、反貴族派への反発は小さいかもしれない。
「それでは、反貴族派に対して協力的である可能性も拭いきれないのでしょうか?」
「可能性としては無いとは言い切れぬが、そもそも都内に損害が出れば、その皺寄せは都外の者達にも及ぶ。共存共栄の関係にあるのだから、安易に手は貸さないと思うが……」
「昨年の襲撃に手を貸した都外の者はいませんでしたか?」
「それなのだが、先程言ったように、都外の者は住民としての登録がなされていない。なので、都外で長く暮らしていた者なのか、襲撃目的で滞在した者なのかの区別が付けられなかったのだ」
騎士団の調査に協力してもらうために住民の情に訴える……なんて提案は、都内に暮らす人たちには通用するだろうが、果たして都外の住民に通用するだろうか。
「あれ? 住民としての登録が無いのに、どうやって都内に出入りしているのですか?」
「それは、別の街のギルドで登録していれば、犯罪歴さえなければギルドカードは有効だからだ」
「そうか、でないと他の街から荷物を運んで来た人達が王都に入れなくなってしまうか」
つまり、反貴族派であろうと、都外に長く住んでいようと、他の街で登録したギルドカードを所持していて、犯罪歴さえなければ新王都に自由に出入り出来る訳だ。
「騎士団で、都外の調査や取り締まりを進められますか?」
「進めるしかなかろう。警備計画は大幅に見直す必要がありそうだ」
砲撃の射程を重視した結果、現状の警備計画は都内を厳しく監視、取り締まる事に重点が置かれているらしい。
範囲を都外にまで広げるとなると、当然人員も増やす必要があるだろう。
「正規の騎士や兵士の皆さんに都外を担当してもらい、都内の不足分は騎士訓練生で補うというのはどうでしょう?」
「そうするしかなかろうな」
騎士訓練生を現場に出すとなれば、四年目、五年目を迎える訓練生がメインになるだろう。
当然、オラシオ達も動員されるはずだ。
一瞬、グロブラス領で反貴族派の罠に嵌り、窮地に追い込まれていたオラシオの姿が頭をよぎった。
王国騎士を目指すと決めた時から、危険とは背中合わせの生活になる覚悟はしただろうし、実際に経験して実感しているはずだ。
大丈夫、オラシオには心強い仲間もついている。
「騎士団長、自分は都外を中心に見回りを行います。空からならば、相手に気付かれず、襲撃の準備を発見出来るかもしれません。
「エルメール卿には、新王都全体をカバーしてもらいたかったのだが、致し方ない」
「いえ、まだ『巣立ちの儀』までは時間もありますし、新王都全体の捜索も行いますよ」
天気の良い日を狙って、新王都の外で上空に上がり、地上の人達が気付かない高さで撮影を行い、地上に戻ってから画像を拡大して怪しい場所をチェックすれば良いだろう。
「空からアーティファクトを使って撮影を行うのは、俺にとって一番の武器ですので、可能な限り有効に使うつもりです」
「その結果、何か不審な物を見つけた場合には、必ず我々に知らせてほしい。エルメール卿は守りも固いが、それでも一人で容疑者の確保を試みれば、取り逃がしてしまう恐れがある。そんな時にこそ、騎士団との連携を考えてもらいたい」
「分かりました。不審者をみつけたら必ずご相談いいたします」
『巣立ちの儀』に向けて、思わぬ不安要素が足元に転がっていた感じだが、まだ時間は残されているから対策は出来るはずだ。
高性能ニャンゴドローンとなって、新王都の平和を空から守ってやろう。





