警備アドバイザー
フワフワのチーズケーキとマロンケーキをうみゃうみゃしたので、そろそろお暇いたしましょう……なんて上手くいくはずもなく、夕食の席へご招待されてしまった。
てか、なぜ国王陛下とバルドゥーイン殿下までいらっしゃるんですかね。
「エルメール卿、バルドゥーインと楽しくやってきたようじゃな。次の国王が決まって退位したら、ワシと出掛けてもらうぞ」
「それには、次の国王陛下の下で、シュレンドル王国が盤石の体制を築かねばなりませんね」
「いいや、そうでもなかろう。ワシが諸国を巡って、次の国王の足りない部分を補えば良かろう」
グラースト領での一件が余程気に入ったのか、国王陛下は行く気満々という感じだけれど、そもそも次の国王を決めないと話にならんでしょう。
「えっと……その後、お三方の様子はいかがですか?」
ちょっと聞きにくいけど、王位継承争いは国民である俺にとっても無関係な問題ではないから訊ねてみたのだが、国王陛下もバルドゥーイン殿下もほろ苦い笑みを浮かべてみせた。
「まぁ、相変わらずだな……良い意味でも、悪い意味でも……」
国王陛下は言葉を濁しているけれど、どうも悪い意味の方が割合が大きいようだ。
「それでは、そのうちに、どなたかから呼び出されそうですね」
「その心配は無用じゃぞ。三人には、エルメール卿を取り込む事や呼び出す事を禁じている」
「えっ、本当でございますか?」
王位継承争いが激しくなれば、クリスティアン殿下、ディオニージ殿下、エデュアール殿下のいずれかから呼び出しが来るだろうと覚悟していた。
まさか、国王陛下が止めてくれていたとは思ってもみなかった。
「この数年の間で、エルメール卿ほどの功績を上げた者は他には居ない。正直、エルメール卿が後ろ盾となるなら、それだけで次の王が決まると言っても過言ではない」
「俺に、それほどの影響力は無いですよ」
「エルメール卿、謙遜は時と場合によっては嫌味になるぞ」
「し、失礼いたしました」
実際、この数年間、俺はシュレンドル王国で一番活躍したんじゃないかと思うほど実績を残してきた。
それに、国王陛下が功績を認めているのに、それを否定するのは不敬そのものだ。
「三人には、他人の功績に頼るような者に、次の王位を渡すつもりは無いと釘を刺してある。王家からの呼び出しは、今ここに居る者だけだから安心するが良い」
「はぁ、分かりました」
てか、この四人も俺を王家に取り込む気満々という感じなんですけどねぇ。
食事の最中は、報告書には書かれないような、グラースト領までの道中のこぼれ話などで盛り上がり、料理もデザートも楽しく堪能させてもらった。
デザートも食べ終えたし、今度こそお暇しようかと思ったのだが、国王陛下から場所を変えて話がしたいと言われてしまった。
もう眠たいから帰る……なんて言えるはずもなく、談話室へと席を移して『巣立ちの儀』の警備について依頼を切り出された。
「今年の『巣立ちの儀』の警備は、バルドゥーインが中心となって行うのだが、昨年のような事態を起こす訳にはいかぬ。騎士団によって例年以上に厳しい取り締まりを行う予定だが、昨年の騒動は騎士団だけでは収められなかった」
昨年、反貴族派の襲撃によって『巣立ちの儀』の会場では多数の死傷者が発生した。
もし俺が居なかったら、エルメリーヌ姫やアイーダ、デリックなど王族、貴族の命も失われていた可能性が高い。
会場を襲った連中は撃退できていたかもしれないが、砲撃による石礫は殆ど防げなかった。
「昨年の襲撃を撃退できたのは、エルメール卿の功績が大きい。今年は会場のみならず、王都全体の警備についても助言してもらいたい。どうだね?」
『巣立ちの儀』は、子供にとっては人生でも一二を争う重要イベントだ。
その安全を守るために手を貸せと言われたら、断る訳にはいかないだろう。
「自分は冒険者なので、会場や街の警備については分からない事ばかりで、基本的な警備計画は騎士団の皆さんに頼るしかありません。どれだけ貢献できるか分かりませんが、微力でもお役に立てるなら協力させていただきます」
「有難い。今年も『不落』のエルメール卿が立ち塞がると聞いただけで反貴族派は震え上がるだろう」
確かに、あちこちの場所で反貴族派と対峙して、多くの損害を与えて『黒い悪魔』なんて有難くない二つ名も貰っている。
俺が警備に加わると聞けば、襲撃を企む連中は警戒するだろうし、二の足を踏んで諦めるかもしれない。
その一方で、俺を亡き者にしようと画策してくるかもしれない。
更なる戦力を注ぎ込んでくる可能性だって、全く考えられない訳ではない。
「ふむ、なるほど……確かに、エルメール卿を打ち負かせば、反貴族派は勢い付くだろうが……負けぬじゃろう?」
「もちろん、むざむざ負ける気などありませんよ」
王家が俺を警備の象徴や囮として使いたいのであれば、その期待に応える働きをするだけだが、騎士団の協力は不可欠だ。
「陛下、先程騎士団の取り締まりを例年以上に厳しくするとおっしゃいましたが、それは王都に入ってくる者に対してでしょうか、それとも市民全員が対象でしょうか?」
「無論、全ての市民が対象だ。奴らは、どこに潜んでいるか分からぬからな」
「そうですか……取り締まりの強化は逆効果のような気がします」
「ほう、どうしてそう思うのじゃ?」
「騎士だけでは、王都の全てをカバーするのは難しいからです」
「それは、騎士団が頼りにならぬという事か?」
「いいえ、そういう意味ではございません。騎士団に加えて、市民にも協力してもらうのです」
「市民が騎士団に協力するのは当然ではないのか?」
「そうなのですが、命じられて協力するのと、自ら進んで協力するのでは、協力の度合いが変わってきます」
「ふむ、もう少し分かりやすく説明してくれるか?」
「かしこまりました」
そもそも王国騎士は少年にとっては憧れの存在であるものの、大人にとっては少し恐ろしい存在でもある。
まず、見た目からして威圧感がある。
魔力の強い者を集めて鍛え上げると、こんな巨人が出来上がるのかと感じるように、殆どの騎士はゴツい。
そのゴツい騎士が威圧的に取り締まりを行えば、市民は委縮してしまうだろう。
「なるほど、怖い存在には近付きたいと思わぬのは道理だ。それでは市民からの自主的な協力は得られぬということだな」
「はい、騎士と市民の数を比べたら、市民の方が遥かに多いです。その市民の目を気付きを活用すべきです」
「確かに、その通りだと思うが、どうやって自主的に協力させるのだ? そうか、情報に懸賞金を与えるか」
「うーん……それは悪手だと思います。お金欲しさに不確かな情報を持ち込む者が出そうですし、虚偽の情報の確認に手間を取られそうです。なので、お金ではなく情に訴えましょう」
昨年の襲撃では多くの市民に犠牲が出ているので、反貴族派への反感も大きいはずだ。
だから、高圧的に情報を出せと迫るのではなく、もう悲劇は繰り返したくないから少しでも怪しいと思ったら知らせて欲しいと頼めば、市民からの協力は得られるはずだ。
「なるほど、一緒に王都を守ってほしいと頼むのだな?」
「その通りです。それと、情報が集まり過ぎて騎士団だけでは手が足りないのであれば、騎士見習いを動員してはいかがでしょう。冒険者に依頼すれば報酬を支払う必要がありますが、騎士見習いならば必要ありませんし、なにより実務経験を積めます」
「うむ、そうだな。騎士見習いに確認させて、反貴族派の存在が確実になった場合には騎士を派遣すれば良いか。どうだ、バルドゥーイン」
「はい、文句の付け所が無いですね。やはりエルメール卿に頼むのは正解でしたね」
「うむ、エルメール卿も冒険者としての活動もあろうから、調整の上、協力を仰ぐようにせよ」
結局、『巣立ちの儀』の警備に組み込まれてしまったようだが、これはこれで報酬が支払われるそうなので、諦めて協力するしかなさそうだ。
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