とある騎士見習いの日常
俺の名前はテジク、王国騎士見習いとして故郷から新王都に出て来て、もうすぐ丸三年になるトラ人だ。
騎士見習いの期間は五年だから、あと二年間無事に訓練を乗り切れば正式に騎士として任命され、王国貴族としての地位が与えられる。
騎士見習いは基本的に四人一組のグループで生活を共にするのだが、俺の部屋には狼人のイズベクと鹿人のテルキィの二人しかルームメイトがいない。
欠員が出た場合、補充されない場合があるのだ。
王国騎士は男の子にとって憧れの職業だから、自分から見習いを辞める者はいない。
欠員となるのは、訓練中の怪我や病気が理由で騎士として活動するのが難しい者や、騎士にあるまじき生活態度を改めない者、そして訓練の成績が規定に達しない者などだ。
俺たちの部屋に欠員がいる理由は、成績不良だと思われる。
訓練所を退所させられる理由は明確には告げられないのだが、退所した者を見れば他に理由は考えられない。
同じ部屋から欠員が出てしまった俺たちは、同期の連中から脱落組などと揶揄されている。
俺たち三人の成績は、全体の平均と比較しても極端に悪い訳ではない。
それでも、俺たち三人が何か失敗をやらかす度に、脱落組という陰口が聞こえてくるのだ。
一度、俺たちを馬鹿にしている連中と取っ組み合いになり、教官室に呼び出されて説教を受けたことがある。
その時に、脱落組なんて言われるのは心外だと教官に訴えたのだが、同意してもらうどころか小言をもらう羽目になった。
「お前らのルームメイトから脱落者を出したのは事実だ。この先、騎士として活動していけば、仲間と共に危険な状況に陥ることもあるだろう。そんな時には、手を取り合い、力を合わせて状況を打破することが求められる。つまり、脱落者を出してしまったお前らは、仲間の状況を把握できず、手を差し伸べられなかったという事だ。それは、騎士として相応しい行いとは言えんだろう」
教官の言葉に目が覚める思いがした。
確かに、脱落したルームメイトが年数を重ねる毎に手を抜く事ばかりを考え、真剣に訓練に取り組まなくなっていたのに気付いていた。
気付いてはいたが、自分達の事で精一杯だったので、ルームメイトを注意しなかったのだ。
それに、脱落したルームメイトは優等生ではなかったが、ダントツに成績が悪かった訳ではないのだ。
もっと酷い成績を取っていたら、さすがにヤバイぞと助言もしただろうが、脱落まではしないだろうと思い込んでいたのだ。
この時の教官とのやり取りは、どこからか同期の連中に漏れた上に、教官からも脱落組と言われた……などと曲解されて広まってしまった。
おかげで、俺たち三人を公然と脱落組と呼ぶ者まで現れてしまった。
軽い冗談のつもりで言ってるみたいだが、俺たちからすれば気分は良くない。
ただ、多くの同期が俺たちを馬鹿にする一方で、一度も脱落組と呼ばない者達もいる。
ザカリアスと同室の連中だ。
馬鹿にされないのは有難いのだが、むしろザカリアス達の方が異質に見えて、直接理由を訊ねてみた。
「ザカリアスは、なんで俺たちを脱落組と呼ばないんだ?」
「俺たちは、まだ正式に騎士になっていない見習いだ。正式な騎士やエルメール卿から見れば団栗の背比べぐらいの違いしかないのに、馬鹿になんか出来る訳ないだろう」
ザカリアスと同室のオラシオは、あのニャンゴ・エルメール卿と同郷の幼馴染だ。
その縁もあってか、騎士団の手伝いとして遠征したグロブラス領で、エルメール卿が実際に戦う様子を目にして衝撃を受けたらしい。
「ザカリアスは、エルメール卿を目指しているのか?」
「悪いか? 全く同じ事は出来ないだろうが、いつかは肩を並べて戦えるようになりたいと思ってるぞ」
エルメール卿は、国王陛下から直々に『不落』の二つ名を賜るほどの功績を残し、その活躍の様子は演劇の題材として使われ各地に知れ渡っている。
一般市民にとっては、今の王国騎士団長よりも有名人だ。
「本気で肩を並べられると思ってるのか?」
「さぁな、諦めなければ夢は叶う……なんて甘っちょろい事を言うつもりはない。諦めずに続けても夢が叶わないことなんて珍しくもないからな。ただ、諦めちまったらそこで終わりだ。少なくとも、騎士になると決めた以上は、遥かな高みを目指すべきだろう」
「だったら、仲間の指導なんてしていないで、個人の能力を高める事に専念した方が良いんじゃないのか?」
ザカリアスは、同期の中では一、二を争う武術の腕前の持ち主だが、日頃は自分の修行よりも仲間の指導に時間を割いているように見える。
「ははっ、俺が座学は壊滅的だって知っているだろう。座学で助けてもらう分、武術で助けるのは当然だろう」
「そうか……そうだな」
ザカリアスと同室の三人は、見事なまでにバラバラな個性の持ち主達だ。
武術に優れ、少し強面のザカリアス。
人当たりが良くて、情報通のルベーロ。
無口で飄々としていて、脚が速いトーレ。
そして、訓練所に入所した当時は脱落最有力候補などと呼ばれていたのに、決して諦めずに這い上がってきたエルメール卿の幼馴染オラシオ。
バラバラの個性の集まりなのに、チームワークの良さは同期の中でも一番だろう。
俺たちも、もう少し仲間同士で助け合っていれば、今でも四人で笑っていられたのだろうか。
「ニュースだ、ニュース、大ニュースだ!」
ザカリアスと話している所に、情報通のルベーロが小走りで近付いて来た。
また何か噂話を仕入れてきたらしい。
「今度は何を仕入れて来たんだ?」
「聞いて驚くなよ、ザカリアス。それと、この話はテジクにも関係があるかもしれない」
「えっ、俺に?」
俺が驚きの声を上げると、ルベーロはしてやったりとばかりにニヤリと笑みを浮かべてみせた。
「なんと、中途編入して来る奴がいるらしい」
「中途編入だと?」
思わずザカリアスと声を合わせて聞き返してしまった。
自慢ではないが、ここの訓練は並大抵の厳しさではないし、途中から加わって付いていけるようなレベルではない。
俺がそれを指摘すると、ザカリアスも一旦は同意してくれたのだが、腕組みをして考え込んだ後でポツリと呟いた。
「最初からリタイヤする前提なのか、訓練に付いていける逸材だと思われているか……」
「どこかの家の騎士を引き抜いたとか……腕利きの冒険者とか?」
俺たちの訓練に付いて来られるとしたら、ルベーロが言うような人物なのだろうが……。
「それじゃ、まるでエルメール卿じゃないか」
「それだ!」
俺の言葉に今度はルベーロとザカリアスが声を被らせたが、既に名誉騎士であるエルメール卿は編入して来ないだろう。
それを指摘すると、二人は肩を落とした。
お前ら、どんだけエルメール卿を好きなんだよ。
「それもそうか……でも、本当に編入生がいるなら、テジクと同室になるかもしれないぞ」
「まぁ、うちは一人少ないからな」
平静を装ってみたが、今更新しいルームメイトを迎えるのは、ちょっとどころかかなり抵抗がある。
「でもよ、他の奴らは経験しない事を体験できるんだから、成長の糧になるんじゃねぇの」
「そうか、確かに……」
俺たちは、脱落していく仲間に手を差し伸べられなかった。
本当に編入してくる者が同室になるならば、脱落せずに付いていくためには俺たちの支援は不可欠だ。
俺は自分達の部屋に戻った後、同室のイズベクとテルキィにルベーロの情報を伝え、編入生と同室になったら全力で支えると伝えた。
すると、即座にイズベクが同意してくれた。
「賛成だ、やろうぜテルキィ」
「勿論、俺も後悔してたんだ。退所した仲間は戻って来ないけど、今度は失敗しない」
「よし、やろう!」
三人で手を取り合って決意を固めた翌日、講堂に集められて整列させられた同期一同に編入生の話が告げられた。
「これから紹介する者は反貴族派のアジトを摘発するのに貢献した者だ。ただし、名誉騎士として任命するに足りないと判断され、年齢が同じなこの年代に編入し、無事に二年の訓練に耐えられたら騎士とする決定が下された。昨年末に欠員が出たイズベク、テジク、テルキィと同室とする。三名、前に出て来い」
「はい!」
俺たち三人は、決意を固めるように頷きあってから列の前へと進んだ。
例え、どんな相手だとしても、全力で支えて共に前へと進むつもりだ。
「編入生、入ってこい!」
「はいっ!」
「えっ……」
「嘘だろう……」
講堂の扉が開いて編入生が入って来るのを見て、俺たちは間の抜けた声を漏らしてしまった。
そこに居たのは、昨年末に脱落したルームメイト、ウラードだった。
「出戻りだけど、またよろしく頼む」
「当り前だぁ!」
本来ならば、規律正しく整列して出迎えなければならないのだろうが、俺達三人は全力で駆け寄って、力一杯ウラードを抱き締めた。
「この野郎、よく戻って来やがったな!」
「あぁ、エルメール卿のおかげだ」
「エルメール卿のおかげ?」
「色々あったんだよ」
「そうか……でも、今度脱落したらぶん殴るからな」
「分かってる、もう二度と落ちたりしないさ」
「当り前だ、今度はぶん殴ってでも引っ張り上げるからな」
「なんだよ、結局殴られるのかよ」
話は尽きそうもなかったが、教官に促されて俺たちは列に戻った。
また四人に戻れたのだから、話す時間はいくらでもある。
今度は、今度こそは失敗しない。
必ず、四人一緒に騎士になってみせる。





