猫人の狩り(前編)
勢子役の四人と対峙している時から、既に空属性魔法で作った防具を着込んでいた。
物理耐性、魔法耐性、それに魔力回復の魔法陣も付けてある。
これで魔法を使いっぱなしでも動き続けていられる。
スタートの鐘が聞こえたのと同時に四人の勢子に背を向けて、ウサギ狩りのコースへ向かって走り出す。
最初の五十メートルほどは見通しの利かない植え込みの間を通り、見通しの利く林に入った所で勝負開始だ。
「馬鹿猫め、そんなペースで走りきれると思ってるのか……」
後ろから四人の誰かが半笑いで言ったのが聞こえた。
たぶん、俺が全速力で走っているのだと思ったのだろうが、実際には身体強化の魔法を使っているからジョギングよりも軽く走っている程度だ。
四人の冒険者は、獲物が止まらないように監視しながら追い掛ける役目なのだろう、俺がコースに出る頃になって、ようやく動き始めた。
ウサギ狩りなどの勢子には、水属性や風属性を持つ者が選ばれる。
火属性は山火事の原因になりかねないし、土属性は素早い攻撃に向いていなからだ。
俺を追いかけてスタートした四人も、おそらくは水属性か風属性のはずだ。
まぁ、火属性の攻撃魔法を撃ち込まれても空属性魔法のシールドで防げるし、土属性魔法で落とし穴を掘られてもエアウォークを使って走っているから落ちる心配は要らない。
走っている間も周囲には二重にシールドを展開しているので、どこから攻撃されてもダメージを負う事は無い。
コースは、水路で区切られた一区画の長さが一キロ程度で、全部で五区画、五キロほどの距離がある。
攻撃されるのは、区画の真ん中以降だと思っていたのだが、最初のコースに入って百メートルほど走ったところで右手前方から弓弦の音が聞こえた。
音と同時に進路を右に変えると、左前方を矢が通り過ぎるのが見えた。
とても脅しに使うような速さでも、傷付けないように配慮した鋭さでもない。
矢と擦れ違ったところで、進路を戻して走りながら右手の林の中を眺めると、弓を構えた三人の男の姿が見えた。
長弓を手にして俺に狙いを定め、姿を隠そうともしていない。
自分達は無抵抗な獲物を狩る側で、反撃されるなんて思ってもいないのだろう。
三人のうちの一人が矢を放ったタイミングで一気に速度を上げると、矢は俺の後方へと逸れていった。
そのまま駆け抜ける素振りを見せると、三人は慌てた様子で狙いを転じて矢を放ってきた。
三人からは距離もあり、身体強化魔法も使っているからシールドで防ぐ必要も無く避けられる。
そして、真横に来たところで進路を一気に右に変え、三人に向かって更に加速した。
「にゃーにゃにゃにゃにゃにゃーっ!」
雄たけびを上げながら、木の間を縫うようにして急接近すると、金持ちらしい三人の男達は慌てて矢を放ってきたが、狙いはまるで定まっていない。
最初の狙いは三人の中央にいる一番太った男で、俺が全速力で駆け寄ると、矢を番え損ねてパニックに陥った。
「うにゃーっ!」
「ぐへぇ……ぎゃあ!」
太鼓腹に空属性魔法で作った棒を突き入れ、男が膝を付いて蹲ったところで肩口を強かに打ち据えた。
鎖骨が砕ける感触を確かめた後、両手を左右に広げて残った二人に魔銃を撃ち出した。
「ぐわぁ!」
「熱い! 助けて!」
魔銃といってもワイバーンを討伐するような威力ではなく、粗悪品の魔銃から撃ち出されるよりも威力の弱い火球だったのだが、二人は避けもせずに直撃を食らったのだ。
「クソ猫、何してやがる!」
四人の冒険者の中からウマ人の男が、怒鳴り散らしながら駆け寄ってきた。
元々、ウマ人は足の速い人種で、身体強化の魔法も使えば時速七十キロぐらいの速度で走れる。
ここは舗装されていない林の中だから、そこまでの速度は出ていないだろうが、それでも相当な勢いで近付いてきている。
「天の御柱」
「がぁぁぁぁぁ……」
駆け寄ってくる進路上に空属性魔法でカチカチに固めたポールを設置すると、股間をぶつけたウマ人は絶叫しながら前のめりに倒れ、そのまま泡を吹いて動かなくなった。
「モージル!」
「クソ猫、待ちやがれ!」
「にゃはははは、やなこった!」
お尻ペンペン、尻尾をフリフリしてから走りだす。
勢子役の冒険者たちも身体強化の魔法を使い始めたようだが、毛細血管まで意識した俺の身体強化魔法は伊達ではないのだよ。
一気に三人を引き離して次の区画まで走り、水路を渡って少し進んだところで速度を落とした。
何の攻撃も受けないまま、区画の三分の二ほどを進んだところで、突然シールドがビシリと音を立てた。
「にゃ、風の魔法か」
林の中を透かして見ると、俺と並走する男の姿が見えた。
風属性の冒険者のようだ。
更に前方へと目を転じると、少し開けた場所に弓を構えた四人の人影が見えた。
ビシッ、ビシッ……とシールドが音を立てるが、壊れる気配は微塵も無い。
物理と魔法、両方の耐性を強化する魔法陣も刻んであるので、生半可な魔法では破られない。
ちなみにこのシールド、俺自身が銃撃した程度ではビクともしない。
「壊したければ砲撃クラスの魔法を撃ち込むんだにゃ、チャクラム」
「うぎゃぁぁぁ……」
並走している冒険者の進路上、太腿ぐらいの高さに、空属性魔法で外周に刃を付けた円盤を設置した。
自分から突っ込んで足を切り裂かれた冒険者は、風属性の攻撃魔法を食らったと思っただろう。
たぶん、この冒険者が獲物を弱らせて、待ち構えている四人が止めを刺すつもりだったのだろう。
冒険者が悲鳴を上げて転倒したのを見て、慌てて四人は弓を引き、一斉に矢を放ってきた。
「シールド!」
放たれた四本の矢は、五メートルも飛ばずに弾かれて地に落ちた。
「なんだ! どうなってるんだ!」
「どうして矢が……あっ」
四人がパニックに陥っている間に進路を右に変え、視界の外から周り込むようにして一気に距離を詰めた。
両手に装着したのは、雷の魔法陣付きの特製グローブ。
「サンダーブロー!」
「ぎひぃぃぃ……」
左のボディーブロー一発で、ウシ人の男は体をくの字にして硬直した。
止めの右アッパーを叩き込んでウシ人をノックアウトしたら、すぐさま次の獲物へと襲い掛かる。
頭を大きく左右に振って、一気に踏み込む。
左のボディーフックをレバーに叩き込み、すぐさま右のフックを顔面に、そして倒れる事を許さず左のフックをテンプルに叩き込んでフィニッシュ。
「次っ! 食らえ、ニャンプシーロール!」
三人目、四人目を地面に沈めるまでに、三十秒も掛からなかった。
まぁ、打撃の威力じゃなくて雷の魔法陣のおかげにゃんだけどね。
「死ねぇ、クソ猫! 水よ、貫け!」
追いついて来たのは四人の中では一番小柄だったイヌ人の男で、一度に三本の水の矢を放ってきた。
「シールド!」
水の矢はシールドに阻まれて弾け散った。
「くそっ、なにしやがった!」
「教える訳にゃいだろう、バーナー」
「ぎゃぁぁぁぁ!」
足下、前後左右からバーナーで火炙りにしてやると、イヌ人の男は悲鳴を上げて転げ回りながら、魔法で水を出して必死に火を消し止めたが、かなり表面は焼け焦げている。
イヌ人の男が火を消し止めるのを見守っていたら、またビシリとシールドが音を立てた。
「ホレス! しっかりしろ!」
追いついて来たのはヒョウ人の男で、イヌ人の男を助け起こしながら俺を睨み付けて来た。
「手前は、ぜってーぶっ殺す!」
「ぶっ殺す? 追いつけるかにゃ? 粉砕!」
シールドを張り巡らせた外側で、地面に向かって粉砕の魔法陣を四つ並べて発動させた。
濛々と土埃が舞って視界が遮られたところで、次の区画に向かって走りだす。
「ここまで、おーいで、にゃーはははは!」
「待ちやがれ、クソ猫!」
ヒョウ人とクマ人の男を置き去りにして走り、次の区画に向かって水路を跳び越えた。





