囚われのウサギ人
俺を連れてきたイヌ人の男が立ち去った後、近くに人が居ないか空属性魔法の探知ビットで確かめ、改めて地下牢にいたウサギ人の男女と向かい合った。
「吾輩は道化のリゲルにゃ! そなたらの名前を教えてほしいにゃ」
芝居じみた動きで名乗ると、ウサギ人の男女は目を丸くして顔を見合わせた後で、おずおずと名乗った。
「俺はピペト、こっちは恋人のエマだ」
「よろしくにゃ」
「お、おぅ」
「よ、よろしく……」
ウサギ人は、猫人に比べると少し体も大きく、体毛の生え方もいわゆる人間に近い。
猫人のように獣に近い姿ではないが、体が小さい分だけ体力や魔力で劣ると思われている。
猫人ほどではないけれど、差別されやすい人種だ。
ピペトとエマも、服装や体の汚れ具合からして、あまり裕福な生活を送っていたようには見えない。
「さっき、吾輩に賞金目当てなのかと聞いていたけど、二人は賞金目当てなのかにゃ?」
「そうだ。俺とエマで大金貨十枚ずつ、合計二十枚の大金貨があれば、街に出て裕福な暮らしができる」
ピペトとエマは、ここから少し離れた山間の小さな村の出身で、農家の三男とその恋人だそうだ。
農家といっても、傾斜地を切り開いた段々畑で芋などを作って細々と暮らしているそうで、将来自分の畑を持てる当ても無く、鬱々とした日々を過ごしていたらしい。
そんなある日のこと、村を回ってきた行商人から、賞金と人生を懸けた勝負の話を聞いたそうだ。
ウサギ狩りの狩場に作られたコースを、捕まらずに逃げきれれば大金を手に出来る。
逆に捕まってしまった場合には、数年間の厳しい労働が課せられる。
その間は、食事と寝床は与えられるが、給料は最低限しか支払われないと聞かされたそうだ。
「にゃるほど……そうやって人を集めていたのか」
「あんたも応募してきたんじゃないのか?」
「吾輩は、ゴドレスという商人に見出されたのにゃ。おそらく、吾輩の方が君らよりも先に出番を迎えると思うにゃ」
「な、なんでだよ! 俺たちは、もう三日もここで待たされてるんだぞ、なんであんたの方が先なんだよ!」
「そんなに早死にしたいのかにゃ?」
「えっ、早死に……?」
「そうにゃ、この勝負は賞金か死か……うんにゃ、挑戦者を殺すためのものにゃ」
「えっ……嘘だろう? 理由もなしに人を殺したら罰せられるだろう」
「理由があれば罰せられないにゃ。例えば、大金を盗んで逃げたから、捕まえるために矢を放った……それならば罪には問われないにゃ」
「そんな……」
物乞いをするような生活をしている者であっても、理由もなく殺せば罪に問われるが、大金を盗んだ犯人を捕まえるためならば罪に問われずに済む。
ましてや領主であるグラースト侯爵がグルになっているのだから、参加する者達は心おきなく人間狩りを楽しめる訳だ。
当然、狩るのが目的で連れて来ているのだから、ゴールさせてもらえるはずが無い。
「でも、逃げきれれば……」
「実際に逃げ切って大金を手にした人と会ったことはあるのかにゃ?」
「それは……無いけど、金を手にしたら街で良い暮らしをするから戻って来ないって……」
「逆に、失敗した後、強制労働を終わらせて帰って来た人に会ったことは?」
「無い……けど、うちの村では聞かないだけで……」
「つまり、どちらとも会ったことがにゃい。それで、こんな場所に三日も放り込んでおく連中の話が信用できるのかい?」
ピペトは顔を真っ青にして黙り込み、エマはブルブルと震えている。
「帰ろう……ピペト」
「そ、そうだな、村に帰ろう」
「無理だと思うにゃ」
「どうして!」
「勝負の実情を知ってしまった人間を、逃がしてくれるはずがないにゃ」
「じゃあ、どうしろって言うんだよ。むざむざ殺されろって言うのかよ!」
「落ち着くにゃ。もし君らが先に引っ張り出されそうになったら、体調が悪い振りをするにゃ。そうすれば、元気な吾輩が先に選ばれるにゃ」
「でも、それではあんたが先に殺されるだけじゃないのか?」
「大丈夫にゃ、吾輩は強いからにゃ」
右の拳でドーンと胸を叩いて、ケホケホと咳込んでみせると、ピペトとエマは物凄く不安そうな表情を浮かべた。
「だ、大丈夫なのか?」
「大丈夫にゃ、吾輩に任せておけば何も心配要らないにゃ」
逃げられる心配をしていないのか、俺たちの居る地下牢には見張りすら置かれていない。
監視が無いのはこれ幸いと、地下牢を掃除して、薄っぺらな毛布も洗濯、乾燥させた。
「あんた、いったい何の属性魔法を使っているんだ? 水に、風に、暖まっているのは火の魔法じゃないのか?」
「ふふーん、これぞ道化魔法にゃ」
「道化魔法?」
「つまりは、秘密ということにゃ」
地下牢内部の環境が、僅かばかりだが改善したおかげで、エマも賞金を懸けた勝負が実はデスゲームだったと知ったショックからは立ち直ったようだ。
「いいかにゃ、これからは奴らとの交渉は吾輩がやるにゃ。君らは今まで通り、何も気付いていない振りをするにゃ」
「分かった、あんたに任せるから、俺たちをここから助け出してくれ」
「任せるにゃ」
ピペトとエマには、どうにか現状の把握をさせて、こちら側に引き込むことが出来た。
あとは、俺が先に獲物役を務めて、奴らの思惑をぶっ壊すだけだ。
地上に通じている換気用の窓が夕日に染まる頃、俺を案内してきた男とは別のウマ人の男が食事を持ってきた。
「そらよ、夕食だ。ありがたく思えよ」
夕食といっても、具の殆ど入っていないスープと硬いパンだけだ。
「にゃんだこれ、家畜の餌かにゃ?」
「なんだと、ニャンコロ……嫌なら食わなくていいぞ」
「はぁぁ……分かってないにゃぁ、吾輩たちが腹を空かせて、いざ本番という時に動けなかったら、怒られるのは君らにゃんだよ」
「はっ?」
「逆に、ちゃんとした食事を与えて、万全の状態で送り出せば、良くやったって褒めてもらえるんじゃにゃいの? 食事なんて、いくらでも余ってるんだろう。別に自分の懐が痛む訳でもにゃいだろう」
道化らしく、身振り手振りを加えて話すと、夕食を持って来たウマ人の男は、暫く考え込んだ後、無言で帰っていった。
十分程して戻ってきた男は、肉とか芋とかパンとか、組み合わせは目茶苦茶だが遥かにまともな食事を持ってきた。
「ちゃんと食わせてやるんだ、金持ちどもを満足させろよな」
「金持ちどもには、これまでに体験したことのない狩りを楽しませてやると伝えておくにゃ」
「ぜってーだぞ」
「心配ご無用、全ては、この道化のリゲルにお任せにゃ」
不敵な笑みを浮かべてみせると、ウマ人の男は一つ鼻を鳴らしてから立ち去っていった。
「さぁ、遠慮なく食べるにゃ」
「お、俺たちも食っていいのか?」
「吾輩一人では食べきれないにゃ。それに、これ以上タプタプになると、またタプタプされてしまうにゃ」
「く、食おう、エマ」
「うん……」
ここに来てから、まともな食事を与えられていなかったのだろう、ピペトとエマは貪るように食べ始めた。
たぶん、ウマ人の男が調理場からくすねて来たのだろう、料理はどれもなかなかの味わいだった。
「うめぇ! こんな美味いもの初めて食った」
「ホントに美味しい……妹にも食べさせてあげたい」
どうやら二人は、アツーカ村にいた頃の俺と同じような食生活を送っていたのだろう。
というか、俺が街に出て飽食に慣れてしまったのかもしれない。
「あんた、すげぇな。あんたみたいに堂々としている猫人に会ったのは初めてだ」
「知識を身につけ、技術を磨けば、猫人だって人並みの生活はできるにゃ」
「そうか……俺たちも、ここを出たら街で暮らすか?」
「街で暮らせる知識や技術はあるのかにゃ? 何も無しで街に行けば、身ぐるみ剝がされて貧民街で体を売らされるようになるにゃ」
「えっ?」
たぶん、この二人は助け出せると思うけど、その後で何の準備もせずに街に出て貧民街に落ちるのでは意味が無い。
「街での暮らしは甘いものじゃにゃい。何の準備もしないで行けば、今と同じような状況に落ちても不思議じゃにゃい。街に行けば何とかなる……なんて考えは甘すぎにゃ」
「そう、なのか……」
「ここから出られたら、自分の村に戻って少しでも金を貯めて、まずは泊りで街に出掛けて、街の実情を知ることから始めるにゃ。何も知らずに街に引っ越せば、質の悪い連中の食い物にされるだけにゃ」
「そうか……分かった」
一応、釘は刺しておいたけど、どれだけ効果があるか……。
かと言って、後々まで生活の面倒を見てやるほどの義理も無い。
夕食の後は、特にやる事も無いので眠ろうとしたのだが、地下牢には寝台が二つしか無かった。
食事の礼だと、片方の寝台を譲ってもらたのは良いのだが、一つの寝台で横になったピペトとエマがイチャイチャし始めて……繫殖力の強さはウサギ人になっても受け継がれるものなのかにゃ。





