噂の狩場
領地境の街に一泊した翌日、グラースト侯爵領北部にある村へと入った。
ゴドレスの話によると、この村の住民の半数以上が狩場に関係する仕事をしているらしい。
狩場の管理をする者、宿泊施設で働く者、宿泊施設で使われる食材を集める者など……狩場には金持ちの多くが長期で滞在するので、それらの者を満足させるには多くの労力が必要となるのだ。
我々が滞在する宿も貴族の屋敷のような豪華さだと思ったら、元はグラースト侯爵の屋敷の一つだったらしい。
「遅かったではないか、ゴドレス」
馬車から降りたゴドレスや殿下が屋敷の玄関を潜ると、ホールに置かれていたソファーから立ち上がったハイエナ人の中年男が偉そうな態度で声を掛けてきた。
それに気付いたゴドレスは、普段の尊大な態度を改めて、その場に跪いてみせた。
「申し訳ございません、閣下。レオミュール領内で山賊に襲われまして、御者兼護衛の二人を失いました」
ゴドレスの話しぶりからして、どうやらグラースト侯爵のようだ。
てか、殿下まで跪いているけど、髪の色と服装が変わった程度の変装で正体がバレないのか心配になったが、侯爵が気付いた様子は無い。
普段は一目で王族と分かるような服装だし、そもそもこんな場所に居るはずがないという先入観も味方してくれているのだろう。
バルケラム・グラースト侯爵は灰色髪のハイエナ人で、年齢は四十代後半から五十代ぐらい、ゴドレスと同様にでっぷり太っている。
あんな体型で狩りなんてできるのかと心配になるが、野山に分け入って獲物を追い出すのは勢子の役目だから大丈夫なのだろう。
「ふん、金を惜しんで護衛のランクを下げたのではあるまいな?」
「とんでもございません。金を惜しまず高ランクの冒険者を雇っておりましたが、見掛け倒しの無能で腹が立って仕方がございません」
「護衛が殺された割には、貴様は怪我をした様子もなく元気そうではないか」
「はい、こちらのドルーバ殿の有能な護衛に助けられました」
「ほぅ……」
旅の途中で知り合って行動を共にする中で、山賊に襲われ、それを撃退した経緯をゴドレスが話すと、侯爵は興味深げに聞き入っていた。
「どうでしょうか、閣下。こちらのドルーバ殿も例の狩りに加えていただくのは?」
「貴様が申し出るということは、信用の置ける人物なのだな? 費用は大丈夫なのか?」
「はい、費用に関しては問題ございませんし……面白い企画も考えてございます」
「ほぅ、面白い企画とな?」
「はい、後ほどゆっくりとご提案させていただきます」
「そうか、まずは旅塵をおとして一休みするが良い」
「はっ、ありがとうございます」
俺たちは、それぞれの部屋へと案内され、改めて侯爵と歓談する場が設けられることとなった。
宿は全ての部屋が屋敷のような造りで、入口の近くに使用人と護衛のための部屋やバス・トイレ、廊下を抜けた先が主人たちのためのリビングやベッド、バス・トイレといった形になっている。
荷物を置いて着替えた後、殿下は同行している全員をリビングに集めた。
「これから、ゴドレスによって例の狩りついて話が進められるはずだ。昨晩話した通り、全員くれぐれも失礼の無いように行動してくれ」
「分かりました」
昨晩、領地境の街に宿泊した時に、殿下はゴドレスから俺についての打診を受けたそうだ。
あの道化はどれほど重要なのか、替わりの者はいるのか、死んで困ることは無いのか……などの問いに、殿下はゴドレスの望みそうな答えを返したらしい。
無能問答の一件で都合良く恨みを買ったらしく、ゴドレスは俺を狩りの獲物に使おうと考えているらしい。
「リゲル、この後ゴドレスから何らかの誘いがあると思うが、あまり怒らせるんじゃないぞ」
「心配ご無用、このリゲル全て心得てございます、若旦那」
「ならば良いが、働きが悪ければ飯のおかずを一品減らすからね」
「にゃにゃっ! そんな御無体な……ですが、このリゲルめに限ってはぬかりはございませんぞ!」
どこからか様子を覗かれているかもしれないので、道化らしく大袈裟な動きを交えて返事をしておいた。
服装を整えた殿下、レイラと共に応接室へと向かうと、既にゴドレスと侯爵が何やら相談をしているところだった。
応接室には、ゴドレスや侯爵の他にも、数人の身なりの良い男達が談笑していて、どうやら全員が顔見知りのようだ。
俺たちの姿に気付いたゴドレスは、満面の笑みを浮かべながらソファーから立ち上がって声を掛けて来た。
「さぁさぁ、ドルーバ殿、こちらに参られよ」
ゴドレスは殿下を侯爵の斜向かいの席へと誘った後で、俺の行く手を阻むように立ち塞がった。
「道化殿には、特別待遇の挑戦を受けていただきたい」
「にゃにゃっ、吾輩が挑戦ですと?」
「いかにも、成功すれば一生遊んで暮らせるほどの富を手にできますぞ」
「にゃんと! いや……でも、美味い話には裏があると言いますし……」
「これはこれは、道化殿とも思えぬ言葉……面白い話があれば、踊ってみせるのが道化ではありませぬか?」
「ぐぬぬぬ……良かろう、この道化のリゲル、その挑戦を受けて立とうではにゃいか」
「それでこそ、有能なる道化というものです。おい、道化殿を特別室へとご案内しろ」
「はい、かしこまりました」
ゴドレスは、応接室の端に控えていた執事風の男に、俺を案内するように命じた。
執事風の犬人の男は、ピシっとした服装をしているものの、その目付きやまとっている雰囲気は堅気の人間とは思えない。
執事風の男は建物から長い渡り廊下に出ると、別棟の建物へと俺を案内した。
どうやら、ここは宿泊施設で働く使用人のための建物のようだ。
「こっちだ、降りろ!」
「にゃっ……臭っ! なんだ、ここは?」
「グダグダ言ってないで、さっさと降りろ!」
後ろから小突かれるようにして階段を下りた先は、地下牢のような部屋だった。
お世辞にも清潔とは言い難い大きな部屋の中に、二段ベッドが二つ置かれてあり、部屋の奥の囲いもない穴ぼこがトイレらしい。
階段との間には鉄格子が嵌っていて、勝手に部屋から出られないようだ。
「にゃんだ、ここは! 吾輩に何をさせるつもりだ!」
「喧しい! これからお前の役目を教えてやるから、耳の穴をかっぽじって良く聞いておけ!」
執事風どころか、完全なゴロツキが説明したルールは至って簡単だった。
「お前は明日、狩場の中にあるスタート地点へと連れていかれ、大金貨十枚を手渡される!」
「にゃっ、大金貨十枚!」
「はっ、劣等種のお前では、見たことも無い大金だろう」
猫人に限らず、普通の人にとっては大金貨十枚は大金だが、日本円の感覚だと一千万程度なので一生遊んで暮らせるほどの金額ではない。
ちなみに、俺のギルドの口座には、王家から名誉騎士の報酬として毎年大金貨十枚が、俺が死ぬまで振り込まれるし、ダンジョンの発掘品の買い取りによって何倍、何十倍もの金額を貯蓄してある。
別に大金貨十枚程度貰わなくても、俺は既に一生遊んで暮らせる程度の金は稼いでいるのだが……それを言ったら計画が台無しになってしまう。
「大金貨……それも十枚……」
「どうだ、驚いたか。その大金貨を持って無事に狩場から逃げきれたら、全部お前のものだ」
「にゃっ、にゃんと! 本当か!」
「ただし、捕まったら厳しい強制労働が待っているから覚悟しろよ」
犬人の男は、俺を鉄格子の中へと押し込むと、鍵を掛けた後でフンっと鼻で笑って去っていった。
「あ、あんたも賞金目当てなのか?」
鉄格子の中には、薄汚れた格好のウサギ人の男女が入れられていた。





