奇妙な道中
本当にグラースト侯爵領で人を獲物に仕立てた狩りが行われているのか、未だに確証は得られていないが、解決の糸口になりそうな人物ゴドレスと知り合った。
ハッキリ言って、いけ好かない差別主義者なのだが、疑惑の狩りの手掛かりを掴むために、グラースト侯爵領まで同行することにした。
ゴドレスの馬車は四頭立ての豪華な箱馬車で、選りすぐりの馬を揃えて速度が自慢らしい。
一方、俺たちの馬車は二頭立ての幌馬車で、バルドゥーイン殿下が乗ることを想定して各部が強化されて重たくなっている。
「ドルーバ殿、宿の街までこちらの馬車に同乗されぬか? 離れていては話もできぬからな。なぁに、馬車は後から追い掛けてくれば良いだろう」
誘いを無下に断れば、その後の繋がりを絶たれてしまうかもしれない。
かと言って、殿下一人を行かせる訳にもいかない。
苦肉の策として、毒見役のドーラがメイドとして、警護役としてイライザことレイラが同行することになった。
レイラには空属性魔法で作った通信機を渡したが、あまりにも距離が開いてしまうと通信できなくなってしまう。
「ルーゴさん、馬車に重量軽減の魔法陣を取り付けました。馬の前には風除けも付けたので、速度を上げても大丈夫ですよ」
「ありがたい。馬の息遣いと相談しながら速度を上げます」
馬車の重量を大幅に減らし、空気抵抗を下げれば、二頭立ての幌馬車でも四頭立ての箱馬車を追い掛けられる。
あまり楽々と追い掛けてしまうと不審がられてしまうだろうし、何よりも馬車の性能を自慢したがっているゴドレスがへそを曲げかねない。
かといって距離が離れすぎると、通信機が使えなくなってしまうし、万が一山賊に襲われた場合などに、素早く駆け付けられなくなる。
付かず離れず、適度な距離を保つために、御者役のルーゴは腐心しているようだ。
同行しているはずなのに、こちらを引き離そうとするゴドレスの馬車と、俺の魔法の補助を受けて意外に苦も無く付いて行けるこちらの馬車。
奇妙な追いかけっこみたいな形で、通常の五割増しぐらいのペースで二台の馬車はグラースト侯爵領を目指して進んでいく。
初日の宿に到着した時に、思ったほど差がついていなかったのが不服なのか、二日目はゴドレスの馬車は更にペースを上げた。
「おいおい、大丈夫なのか。いくらなんでも馬が持たないぞ」
「ルーゴ、少しペースを落そう。こっちが付いていくと、更にペースを上げようとするぞ」
「俺が空から見張りますよ」
「しかし、気付かれたら……」
「高く上がれば大丈夫でしょう。こっちにも通信機を渡しておきます」
「お願いします、エルメール卿」
道化の衣装から冒険者の格好に着替え、白い布に包まりながら空へと上がった。
こちらの馬車の魔法は解除するので、通常のペースまで落として進むそうだ。
俺は空属性魔法のボードに乗り、ゴドレスの馬車の斜め後方上空に陣取った。
後の馬車がペースを落としたのを見て、こちらの馬車も速度を落とし始めた。
レイラに持たせた通信機からは、ゴドレスがなんで速度を落とすんだと喚いている声が聞こえて来たが、後が離れ過ぎたと聞いて納得したようだ。
直後にゴドレスが自分の馬車を自慢する話を始めて、殿下が相槌を打っている声も聞こえたが、だいぶ辟易しているようだ。
御者台に座っているゴドレスの護衛らしき男達の声を拾おうと集音マイクを設置すると、聞こえてきたのは小声の罵声だった。
『ホントに馬鹿だな、あんな走り方したら、せっかくの良い馬が潰れちまう』
『もう少し落としたらどうだ?』
『もうやってる、今度は気付かれないように、徐々に落していってる』
護衛を兼ねている御者の二人は、どうやらゴドレスの命令に盲目的に従っている訳ではなさそうだ。
『ゴドレスの馬車も速度を落とした。通常の速度まで落すようだ』
『了解、引き続き護衛をお願いします』
こちらの馬車からかなり離れてしまったので、通信は届かないかと思ったが、ベスの返事が聞こえてきた。
上空からだと遮蔽物が無いから遠くまで届くのかもしれない。
ゴドレスの馬車は通常のペースまで速度を落とし、これなら馬の負担も問題なさそうだと思い始めた時だった。
街道脇の茂みから冒険者風の女性が、よろめくように道に出て来て、大きく両手を振ってみせた。
御者台の男が手綱を引いて馬車の速度を落とし、馬が女性を踏みつけるギリギリで止まった。
「助けて! 林の奥にオーガが! 仲間が殺される!」
道に倒れ込んだ女性が林を指差して叫び、御者台の二人がそちらに視線を向けると、立て続けに弓弦の音が響き渡った。
女性が指差した林とは逆方向の茂みから射掛けられた矢は、御者台の二人をハリネズミに変身させた。
『山賊の襲撃です。急いでください』
『了解、俺たちが行くまで凌いでください』
ゴドレスの護衛二人は、頭に矢を食らって御者台から転落した。
それを見届けた後で、助けを求めた女性が頭の上で大きく手を振ると、街道の両側からゾロゾロと人相の悪い男達が姿をみせた。
全部で二十人ぐらいだろうか、戦斧を担いだ一際大きなクマ人の男がドラ声を張り上げた。
「大人しく出て来い、抵抗しなけりゃ命だけ……ごはぁ!」
山賊の親玉らしい男は、林の中から飛んできた炎弾に背中から胸を撃ち抜かれてバッタリと倒れ込んだ。
更に山賊を狙って、林の中から次々と炎弾が撃ち出される。
「ちくしょう、どうなってやがる!」
「馬車の陰に隠れろ!」
自分達が出てきた方向から炎弾を撃ち込まれ、山賊たちは慌てて馬車の後ろ側へと避難した。
「林ごと燃やしちまってもかまわねぇから、撃ち続けろ!」
山賊達は林に向かって魔法や矢を放つが、俺が遠隔で魔銃の魔法陣を発動させているので、実際には誰もいない。
そして、山賊たちの視線が街道脇の片側へと集中したところで、今度は反対側の茂みから魔銃の魔法陣を発動させる。
「ぐわぁぁぁ……熱い!」
馬車の陰に隠れた山賊共は、突然背中から撃たれて混乱に陥った。
「ちくしょう、罠だ!」
「このままじゃ囲まれちまうぞ」
「街道沿いに逃げろ! 何があっても止まるな!」
山賊共は林に戻るのを諦めて、街道をグラースト侯爵領の方向へと逃げ出し始めた。
「ちっ、往生際の悪い連中だな……バーナー」
火と風の魔法陣を組み合わせたデカい火柱を並べて、山賊達の行く手を阻んだ。
「あっ、馬鹿……止まれ!」
全力疾走していた山賊が火柱に気付いて足を止めようとしたが、後から来た仲間に突き飛ばされて炎に突っ込んだ。
「ぎゃぁぁぁぁ!」
悲鳴を上げてのたうち回る仲間に山賊達の視線が集中したところで、再度林の方角から銃撃を加えた。
「くそっ、反撃しろ!」
山賊達が林の中の見えない敵に向かって反撃しているうちに、ルーゴ達を乗せた馬車が近付いてきた。
ベスが発動させた風の刃が、容赦なく山賊共を切り刻む。
ゴドレスの馬車の周囲には、俺が空属性魔法でシールドを展開しておいたので、内部に被害は出ていない。
ルーゴがこちらの馬車をゴドレスの馬車の近くに止めた時には、残っている山賊は三人だけになっていた。





