リクエスト
ゼオルさんは俺に向かって、あーしろ、こーしろと決めつけるような話し方を棒術の稽古や馬車の護衛以外では余りしない。
こういう方法があるとか、こんなやり方もあるといった感じで、俺に選択肢を示してくれることの方が多い。
ゼオルさんぐらい経験豊富な人ならば、俺に従えみたいな話し方をしても不思議ではないが、晴耕雨読を絵に描いたような生活をしている自由を愛する人柄だからなのだろう。
そのゼオルさんが、昨夜の送別会の席で何度も念を押すように釘を刺したことがある。
「いいか、ニャンゴ。仕事は必ずギルド経由で受けろ。少なくとも二十歳を過ぎてそれなりに経験を積むまでは、必ずギルド経由で仕事を受けろ」
「はい。でも、どうしてですか?」
「冒険者として名前が売れてくると、色んな連中が近づいて来る。そうした連中は、お前を利用して儲けよう、楽をしようと企んでいる連中だ。ギルド経由の仕事ならば、報酬はギルドから受け取ることになる。依頼主が支払いを拒む場合でも、ギルドが間に入って話を付けてくれる。だが、個人で仕事を受ける場合には、報酬の受け取りも自分でやらなきゃならん」
「踏み倒される……とか?」
「そうだ。個人で仕事を受けるなら、タダ働きになったとしても諦めの付く程度の仕事にしておけ」
「分かりました」
「だからと言って、タダ働きでも構わないとホイホイ頼まれ事を引き受けるんじゃないぞ。これからは一人前の冒険者として、自分の才覚で生きていかなきゃいけないんだからな」
その後ゼオルさんは、自分の若い頃の失敗談を面白おかしく話してくれたが、後になって考えてみると自分の黒歴史を晒してまで、俺に教訓を植え付けようとしてくれていたのだ。
一夜が明けて、オークの足跡亭で朝食を済ませた後、ゼオルさんは馬車でアツーカ村へと戻って行った。
「落ち着いたら、一度顔を見せに来い……」
別れ際の言葉は実にあっさりとしたもので、俺は馬車が見えなくなるまで見送ったが、ゼオルさんが振り返った様子は無かった。
ゼオルさんと別れた後、オークの足跡亭で教わった道を辿ってチャリオットの拠点に向かう。
途中で何度か人に尋ねながら辿り着いた拠点は、街の東地区、倉庫や職人の工房が建ち並ぶ辺りにあった。
「ここ、だよねぇ……」
俺の背丈よりも高い柵に囲まれた敷地は、あちこちに雑草が生えていて、倉庫にも厩舎にも見える建物が一棟建っている。
「おじゃまします……」
重たそうな門を開けるのは面倒なので、柵の間を潜って敷地に入った。
「なんと言うか、ボロいなぁ……」
木の板を並べた壁のあちこちに穴が開き、柱も微妙に傾いて見える。
チャリオットは自前の馬車も所有しているので、ここは馬車を入れるガレージを兼ねていて、住居部分は中にしっかりとした壁があるのかも……いや、あって欲しい。
「こんにちは、ニャンゴです」
馬車を入れるガレージの戸を叩きながら声を掛けたが、建物の内側に人の気配は感じられない。
「こんにちは! ライオスさん、セルージョさん、ガドさん! 誰かいませんか!」
少し声を張って呼び掛けてみたが、全く反応が無い。
建物の周囲を回ってみると、裏側に通用口のような扉があった。
小さな雨除けの庇もある裏口へ歩み寄ると、扉に張り紙がされていた。
「なになに……オーク討伐の依頼でカバーネに向かう。イブーロに戻るのは……えぇぇぇ、三日後じゃん!」
どうやらチャリオットはブロンズウルフの討伐から戻った直後に、別の依頼を受けて遠征に出かけてしまったらしい。
カバーネは、イブーロから東に馬車で一日の距離にある村で、酪農が盛んに行われている。
ギルドの掲示板に張り出された依頼の中では一番多く名前が挙がる村で、主な産業は酪農や畜産だ。
飼育されている牛や豚、鶏などを狙って、ゴブリンやコボルトのみならず、オークやオーガが頻繁に姿を見せているそうだ。
「どうしよう。オフロードバイクを使えばアツーカ村まで戻れるけど、あれだけ見送ってもらった翌日にノコノコ戻れないよなぁ……」
といって他に泊まる当ても無いので、どこかの宿に泊まるしかない。
オークの足跡亭ならば顔馴染みではあるが、村長が定宿にしているぐらいなので、料金はちょっと高めだ。
「うーん……ギルドで相談してみるか。ついでに少しお金も下ろしておこう」
野営地でモリネズミや魚を焼いて売った稼ぎは、村を出る前に母親に渡してしまった。
それまでに貯めておいた金は持って来ているが、三日も宿に泊まるとなると少々心もとない。
何か困ったことが起こったら、まずはギルドに相談しろとゼオルさんが繰り返し言っていた。
チャリオットの三人が戻って来るまでの安くて安全な宿を教えてもらうのと、預金の引き出し、それと手頃な仕事があれば受けてみるのも面白そうだ。
着替えや生活道具を詰めたリュックを背負い、イブーロの街を歩く。
良く考えてみると、これまではオラシオやゼオルさんが一緒だったので、一人で街を歩くのは初めてだ。
何かの予定に縛られることも無く、自由に行動できると気付いたら、市場や商店の並ぶエリアに行きたくなったが、そこはグッと堪えてギルドを目指す。
見慣れた景色になって、ギルドの建物が見えてきた所で、空属性魔法でフルアーマーを装着しておいた。
昨晩酒場で絡んできた連中や、以前叩きのめした馬獣人の冒険者が襲ってこないとも限らない。
身体の小さい俺は、一撃を食らうだけでもダメージが大きいから、臆病と言われようとも備えを欠かすつもりはない。
いつ襲撃されても良いように身構えながらギルドに足を踏み入れたが、既に朝の喧騒は終わったらしく、思っていたより混雑していなかった。
改めてギルドのカウンターを眺めてみると、依頼完了の報告や素材の買い取りなどギルドがお金を支払うエリアと、依頼を出してギルドにお金を支払うエリア、金銭の授受は無い相談エリアに分かれているようだ。
とりあえず、三日滞在する宿を紹介してもらい、必要なお金を降ろし、仕事を物色することにした。
相談カウンターの職員は、二十代前半ぐらいに見える地味な感じの犬獣人の女性で、歩み寄って行くと最初は物珍しそうに俺を眺めていたが、途中でハッとしたような表情を浮かべた。
「あのぉ……すみません」
「いらっしゃいませ、ニャンゴさん。本日は、どのようなご用件ですか?」
好奇心でキラキラとした視線で見つめられて、ちょっと気後れしてしまったが、素性を知られているなら見下ろされている必要はないだろう。
ステップで足場を作って目線を合わせると、女性職員は目を見開いた後で満面の笑みを浮かべてみせた。
「えっと、三日ほど泊まれる手頃な価格の宿を紹介してもらいたいのですが……」
「どういったお部屋がご希望ですか?」
「見ての通り身体が小さいから狭い部屋でも大丈夫です。その代わり清潔な部屋が良いです」
手頃な値段の宿を三軒ほど紹介してもらい、預金の引き出しもやってもらう。
ギルドのカードを手渡すと、お金と一緒に一枚の書類を手渡された。
「ニャンゴさん、リクエストが申請されています」
「リクエスト……って、何ですか?」
「特定の個人を指名する依頼です」
「えっ、俺を指名しているんですか?」
「はい。学校のレンボルト先生からです」
「えっ! 学校の先生が何で?」
「リクエストには、研究の補助と書かれていますが、詳細は直接会ってから伝えるとありますが……いかがいたしますか?」
「報酬とかも出るんですか?」
「正式に依頼として受諾する場合には、ギルドが妥当と考える基準を満たす金額が支払われるように手配いたします」
「それは、会って依頼の内容を聞いてから……?」
「そうなりますね」
面識の無い学院の先生が、なんで俺を指名してくるのかは不明だが、考えられるとすればブロンズウルフの討伐の件ぐらいだろう。
学校の授業はまだ始まっていないので、休みの間に研究している魔物の話でも聞きたいのかもしれない。
イブーロの学校は領主のラガート子爵が設立したもので、教員は世の中から尊敬される存在でもある。
見下される心配はあるけど、命の危機に晒されるような心配は無いだろう。
「とりあえず話を聞いてきます。そのレンボルト先生を訪ねれば良いのですね?」
「はい、金銭の授受が絡む依頼を受ける場合には、必ずギルドに報告してください」
「分かりました。では……」
「あっ、ニャンゴさん、Eランクへの昇格おめでとうございます」
「えっ! 僕は登録しただけで、まだ何も依頼を受けてませんけど……」
「ブロンズウルフ討伐の功績が認められての昇格です。イブーロのギルド職員一同、これからの活躍を期待しております」
カウンターにいる他の職員や居合わせた人々からも拍手を送られた。
慣れないことで盛大に赤面しているのだが、こんな時には顔色が表に出ない猫人の身体は助かる。
「ど、どうも……」
拍手を送ってくれた人達にペコペコと頭を下げながらギルドを後にした。





