同宿の商人
前日の午後から降り始めた雨は、翌日になっても弱まる気配をみせなかった。
騎士団の行軍であれば、多少の雨であろうとも先へと進むのであろうが、今回は金持ちの道楽旅を装っているので宿で足止めだ。
宿に足止めとなれば、楽しみは食事なのだが、俺はバルドゥーイン殿下やレイラとは別の食堂で殿下の護衛のルーゴやベスと一緒に、うみゃうみゃ言わずに食事をしている。
理由は、テーブルの上に空属性魔法で作ったスピーカーから流れてくる殿下たちの話し声に耳を澄ませているからだ。
殿下やレイラの話し相手は、ジャルマーニ侯爵領の領都に店を持つゴドレスという男だ。
角の形からしてヘラジカ人だと思うのだが、でっぷりと太っているので角のあるオークかと思ってしまう。
虚勢を張るためなのか、口髭をたくわえ、人を見下すようにふんぞり返っている。
ゴドレスとは昨晩食堂で一緒になり、猫人の道化を演じている俺に文句を言ってきたのを切っ掛けにして、こちらから接近を図った。
猫人を差別する発言、金持ち、旅をしているといった状況から、もしかしたらグラースト侯爵領で疑惑のウサギ狩りをやっているのではと考えたのだ。
どうやら推測は当たっているようで、ゴドレスはしきりに狩りの成果の自慢を繰り返している。
その自慢話を空属性魔法で作った集音マイクで拾い、俺たちは隣の部屋で聞いているという訳だ。
「しかし……隣の部屋の話し声が、これほど鮮明に聞き取れるとは……空属性魔法の多才さには驚かされるばかりです」
「ルーゴさん、これはベスさんの風属性魔法の応用ですよ」
「おっと、そうだったな、リゲル」
近くに宿の従業員はいないけど、あくまで俺は三毛猫人の道化で、火属性のリゲルという役割だ。
毛色を変えているし、空属性魔法は見えないから俺の正体がバレるとは思えないが、用心しておいた方が良いだろう。
「そう言えば、若旦那の弓の腕前はどんなものなんです?」
「かなりのものだぞ、王族……じゃない、金持ちの道楽なんかとは一線を画すレベルだ」
「狩りもされるのですか?」
「獲物を追い詰める勢子を動かすのは、実戦での指揮に通じるものがあるからな」
「なるほど……」
日本の戦国時代でも、鷹狩りとか巻狩りで軍勢を動かす訓練をしていたそうだし、シュレンドル王家でも似たような考えが取り入れられているのだろう。
ルーゴとベスは、殿下の狩りにも護衛として参加しているそうだ。
熊人で火属性のルーゴと、牛人で風属性のベスが並び立てば、辺り一面を火の海にするほどの魔法を行使できるそうで、騎士団では『火神』『風神』と恐れられているそうだ。
ただ、普段は二人とも穏やかな性格で、体は大きいけれど、そんな苛烈な戦い方をするとは到底思えない。
やはり、王族の近衛騎士に選ばれるのだから、相応の人格者なのだろう。
その一人、ベスは食事をしながら、ずっと眉間に皺を寄せている。
「エルメ……いや、リゲルは、このゴドレスの話を聞いていて腹は立たないのか?」
「まぁ、全く何も感じない……という訳じゃないですけど、猫人にとっては珍しいことじゃないですよ」
ベスが腹を立てているのは、ゴドレスの人種を差別する発言の数々だ。
体の小さな人種は魔力が乏しい劣等種で、中でも獣に近い姿の猫人は生きている価値が無いそうだ。
勿論、そんなのは偏見だし、魔力だって増やす方法は存在している。
教育を受けられる環境さえあれば、猫人だって他の人種に劣らない知能はあるはずだ。
だが、世の中には依然としてゴドレスのような差別主義者が存在している。
その多くは富裕層で、猫人が差別される要因の一つである貧困とは縁の無い者達だ。
生まれつき裕福で、貧しさから抜け出せない苦しみを理解できないのだろう。
「たぶん、このゴドレスも生まれた時から裕福な生活をしてきたんでしょう。食べるために働かなきゃいけなくて、学校に通う余裕が無い生活なんて想像も出来ないんでしょうね」
「俺も収穫の時期には農作業を手伝わなきゃいけなかったから、学校を随分と休んだものだ」
ベスの実家は農家だそうで、収穫時期には一家総出で日の出から日暮れまで働いていたそうだ。
「俺の村じゃ、田植えの時期は学校休みだったぞ」
「そうなのか、それはいいな。まぁ、俺のところも学校はやってたが、幼い子供を預かる託児所みたいなものだったがな」
ルーゴも小さな農村の出身だそうで、裕福ではない暮らしをよく分かっているようだ。
バルドゥーイン殿下が意図してそうした人物を手元に置いているかは分からないが、少なくとも貴族の子息や富裕層出身者に囲まれているよりは、庶民の暮らしに理解はありそうだ。
バルドゥーイン殿下とゴドレスの会話の殆どは狩りに関するもので、その端々に人種を差別する話が加わる。
勿論、バルドゥーイン殿下は差別主義者ではないが、疑惑のウサギ狩りに繋がる糸口を探すためにゴドレスに話を合わせているが、なかなか核心的な話は出てこない。
人間を狩猟の対象とするなんて、表沙汰になれば重罪だし、間違いなく身を亡ぼす。
ゴドレスが関わっているとしても、新たな仲間を勧誘するのはリスクを伴うし、慎重になって当然だ。
殿下とゴドレスは、昨晩知り合ったばかりだし、今日の昼、そして夕食を共にしている現在と、三回食事を共にしただけだ。
そんなに簡単に尻尾を出すとも思えないし、まだ殿下から疑惑に関して話を切り出してもいない。
その辺りは、ルーゴとベスも理解しているのだろう。
「尻尾を出すには時間が掛かりそうだな」
「だが、この先の道中も行動を共にするようならば、グラースト領に到着するまでには正体を現すんじゃないか?」
「色々と自慢したくて仕方がないように見えるからな」
ゴドレスは、豊満な羊人の女性を二人も侍らせていたが、金で買われたのだろうか、二人とも表情が死んでるように見えた。
こちらはレイラが殿下の愛妾を演じているけど、あくまでも演技だからにゃ、依頼で寝取られとか許さないからにゃ。
夕食を終えて部屋に戻ると、すぐさま殿下から呼び出された。
「お呼びでございますか、若旦那」
「あぁ、入ってくれ。ルーゴ、廊下を頼む」
俺と入れ替わるようにルーゴが部屋を出て廊下を見張る。
「お疲れでやんすね、若旦那」
「本当に疲れたよ、貴族の中にも差別主義者は存在するが、あれほどあからさまな者はいないな」
「それはそれは、ようございました」
「ん? 差別主義者の何が良いんだ?」
ゴドレスとの夕食でストレスを溜めているのだろう、殿下の言葉には険がある。
「若旦那が、若旦那でない時には、ああした輩は正体を見せないものです。普段なら見れないものを見るのが旅の目的ならば、まさに目的を叶えてくれる人物じゃないですか」
「ふむ、なるほど……」
『巣立ちの儀』の時に、ラガート子爵家の次男カーティスと共に王城を訪れた時、存命だった第一王子アーネストから劣等種なんて言葉を投げ付けられた。
たぶん、あの時一緒にいたのがカーティスではなくバルドゥーイン殿下だったら、劣等種なんて強い差別用語は使わなかったような気がする。
「若旦那は心情的に吾輩に肩入れしていらっしゃる。だからゴドレスの話に腹が立つのでしょうが、本来の目的に立ち返って、ああした輩を観察なさってはいかがです?」
「観察か……確かにそれが本来の目的だな」
以前、レイラが話してくれたのだが、酒場で働く女性たちは笑顔を振り撒きながらも冷静にお客を観察しているそうだ。
才気に溢れ、将来性豊かなお客を捕まえられるか否かで、懐に入ってくるお金も変わってくるし、上手くすれば玉の輿に乗れるからだ。
「そうだな、確かにゴドレスは噂に辿り着く筋道でもあり、奴らの思想を理解する教材でもあるな」
「それで、若旦那はいつ仕掛けるおつもりですか?」
「せっかく見つけた糸口を失うのは惜しい、ゴドレスを上手くおだててお薦めの狩場を紹介してもらうつもりだ」
「では、現地に行くまで噂には触れないおつもりですか?」
「そうだ。紹介された狩場が普通の狩場であっても、まずは不満を見せずに楽しみ、その後で物足りなさを匂わせるのが良かろう」
「かしこまりました。我々は引き続き守りを固めさせていただきます」
「頼むぞ……」
そう言うと、バルドゥーイン殿下は自分の胸をコツコツと叩いてみせた。
殿下には、グラースト領までの道中、空属性魔法の防具を着けてもらうことにした。
目には見えないけれど、金属鎧と同等以上の強度がある。
胸から腹、首周りをガッチリとガードしてあるので、斬り付けられても大丈夫だ。
更には、異変があった時には、防具を基準として全身を覆うようなシールドを展開することも出来る。
離れていても守りに隙は見せないつもりだ。
「では、夜の間は解除しておきますよ」
「うむ、また明日の朝から頼むぞ」
「承りました」
防具を解除して、その代わりに部屋の窓にシールドを展開する。
ゴドレスが殿下の命を狙うとは思えないが、油断するつもりはない。





