お色気担当?
「私も行くわ」
「ふぁっ?」
大公家の屋敷に戻り、チャリオットのみんなにバルドゥーイン殿下のお忍び行脚の話をすると、レイラが一緒に行くと言い出した。
「ニャンゴ、私が一緒だと何か都合が悪いの? まさか浮気?」
「そ、そんにゃことは……」
「まさか、その王子殿下と夜を共にする……」
「しにゃい! する訳がにゃい! 俺はゴツイ男と一緒に寝る趣味はにゃいからね!」
「分かってるわよ。ニャンゴは踏み踏み大好きだもんね」
「そ、それは、無意識と言うかにゃんと言うか……」
王族から直々の依頼なので、俺は断れそうもないのだが、まさかレイラまで一緒に行くと言い出すなんて想定していなかった。
でも良く考えてみると、アーティファクトとか新しい発見があるダンジョンでの探索は中断している状況で、チャリオットが受ける依頼は護衛ぐらいのものだ。
ありきたりな依頼と、王子殿下のお忍び旅のどちらを選ぶと聞かれたら、レイラなら迷わず後者を選ぶのは当然の成り行きだ。
「でも、王家が了承しないと無理だと思う」
「大丈夫よ。私の参加を認めないならニャンゴも行かないって言えば認めるわよ」
「まぁ、そうかもしれないけど……」
「ニャンゴは、私と一緒じゃ嫌なの?」
「嫌じゃないよ。嫌じゃないけど、バルドゥーイン殿下が一緒じゃ気を抜ける時間があるかどうか……」
「むしろ、完全に気を許せる人間が一緒の方が良いんじゃない?」
「そう言われれば、そうかも……」
バルドゥーイン殿下は、俺の他に護衛担当として腕利きの騎士が二名同行すると話していた。
だとすれば、その二人に任せて休息する時間ぐらいはあるだろう。
その時にレイラが一緒にいてくれたら、確かに完全に気を抜いていられるだろう。
「ニャンゴは放っておくと何でも一人でやろうとするから、私がニャンゴを見ていてあげるわ」
「そっか、そう考えると、レイラが一緒に行ってくれた方が良いかも」
「でしょ。明日返事するときに、私の同行を認めさせてきなさい。ついでに、私の分の報酬も出るようにね」
「それは……頑張ってみるよ」
何だか、すっかり丸め込まれてしまったようだが、バルドゥーイン殿下にはレイラの同行を要望することになった。
レイラの他にも、シューレあたりが一緒に行きたいと言い出すかと思ったのだが、むしろ普通の護衛依頼がやりたいらしい。
理由は、ミリアムに探知や警戒の仕方を教えるためだ。
最近、反貴族派の影響なのか、粉砕の魔道具を使った手荒な盗賊が出没するようになっているそうだ。
街道近くの林や土手下などに隠れ潜んでいる連中を、爆破による攻撃を受ける前に見付けるには高い探知能力が求められる。
逆に言うなら、高い探知能力を持つ者は、この先護衛依頼の一員としての需要が高まる一方だ。
シューレはミリアムを鍛えて、将来独り立ちするための道筋をつけたいようだ。
そのためには、王族の警護のような特殊な状況ではなく、普通の護衛依頼の方が指導する場所としては向いているのだろう。
もう一人、セルージョはと言えば、そんな長期間酒の飲めない依頼なんて真っ平だそうだ。
バルドゥーイン殿下なら、一杯付き合えとか言い出しそうだけど、普段はチャランポランに見えるセルージョも、依頼の間は一滴の酒も口にしない。
バルドゥーイン殿下の一行に加われば、約一ヶ月は禁酒することになる。
酒好きのセルージョにとっては、絶対に拒否したいタイプの依頼だそうだ。
「ライオス、俺と一緒にレイラまで抜けても大丈夫?」
「なぁに、問題ないさ。元々チャリオットは俺とガド、セルージョの三人で始めたパーティーだし、シューレはソロで冒険者を続けていたんだ。俺がガドの代わりに盾役を務めればバランスも取れる。心配は要らないぞ」
言われてみれば、その通りで、ミリアム以外は冒険者として経験豊富な三人だし、チャリオットとしても何度も依頼をこなしてきている。
気心も知れているし、互いの力量も分っているから問題無いだろう。
翌日、俺以外のチャリオットのメンバーは大公家の騎士達と一緒に旧王都へ戻り、俺はまた騎士服に着替えて王城へと向かった。
案内された応接室で、お茶と焼き菓子をサクサクうみゃうみゃしていると、待たされることなくバルドゥーイン殿下が現れた。
「おはよう、エルメール卿。気持ちは決まったかな?」
「おはようございます。その件なんですが、チャリオットから俺以外にもう一名参加させてもらえませんか?」
「エルメール卿からの推薦ならば構わないが、何か理由があるのかい?」
「俺以外の皆さんは、王国騎士団の所属ですよね」
「その通りだ。騎士団から選りすぐりの人材を選んだつもりだ」
「勿論、殿下が選んだ方々ですから、その実力を疑うつもりは無いのですが、その……俺だけ騎士団以外の人間ということで……出来れば仲間が一緒の方が心強いと言いますか……」
「なるほど、確かにその方がエルメール卿もやりやすいだろうな」
しどろもどろになりつつも、どうにかレイラを同行させるための理由を説明して、バルドゥーイン殿下に納得してもらえた。
「ところで、エルメール卿。その同行を希望する人物だが、どんな人物なんだい?」
「あっ、そうでした。レイラは、近接戦闘を得意としていて、魔法の属性は水です」
「レイラというと……女性だね?」
「はい、そうです」
「なるほど、なるほど……エルメリーヌには黙っておいてあげるよ」
「いや、レイラはそういうのじゃ……なくはないのですが……というか、エルメリーヌ姫殿下とは……」
「うん、うん、皆まで言わなくても良いぞ。有能な人間は周囲の者が放っておかないからな」
「はぁ……」
なぜだろう、名前と戦闘スタイルと魔法属性しか伝えていないのに、どうしてレイラとの関係性とか推測されてしまうのだろう。
というか、レイラとの関係はエルメリーヌ姫にバレたら不味いものなのか。
「私としても、私の守りを固めることに夢中で、エルメール卿が息抜きできる環境までは思いが及ばなかった。だが、これで問題無く出立できるな?」
「はい。ですが長期の依頼になりますので、一度旧王都の拠点に戻って支度を整えて来たいと思っています」
「構わんよ。私の方は、声を掛ければ今日にでも出立できる準備は整っている」
「ならば、なるたけ早く戻って来られるようにいたしますが……王城からの出立では、殿下の身分を隠せないのではありませんか?」
「あぁ、それは大丈夫だ。出立は、騎士団の施設からにする」
出立する時、バルドゥーイン殿下は王家の魔導車で騎士団まで向かい、そこで衣装を整え、選抜したメンバーと共に、普通の幌馬車に見える特別仕様の馬車に乗り込むそうだ。
「では、支度を整えたら騎士団に向かえばよろしいですか?」
「そうしてくれ。エルメール卿とレイラが到着次第、私に連絡が来るようにしておく」
「かしこまりました」
俺とレイラは、いつも通りの冒険者としての服装、装備で良いそうだ。
バルドゥーイン殿下は、新王都のとある大店の若旦那という設定で、騎士団の四人はボディーガードと侍女という設定で行動するらしい。
金持ちのお坊ちゃまという設定ならば、案外バレないで行動できそうな気がする。
騎士団に集合した時に、俺とレイラの変装用のギルドカードまで用意してくれるそうだ。
そういえば、あれは用意されているのだろうか。
「殿下、殿下の本当の身分を証明する証の品物とかは持って行かれないのですか?」
「私が身分を明かしてしまったら、身分を隠して行く意味が無くなってしまうではないか」
「そうなんですけど……例えば、視察に向かうグラースト侯爵領で大規模な悪事が行われていて、それを阻止するのに時間が残されていない……なんて状況に遭遇したら、殿下が身分を明かしてでも止めるべきだと思うのです」
「なるほど、そうした事態は想定していなかったな」
「はい、例えば、こんな感じで身分を明かすと効果的かと……」
俺は、騎士服の内ポケットからギルドカードを取り出しながら、あのセリフを口にした。
「えーい、静まれ、静まれ! この紋章が目に入らぬか! ここにおわす方をどなたと心得る。シュレンドル王家のバルドゥーイン殿下にあらせられる。一同、頭が高い! ひかえおろう!」
「ふはははは、良いな! そのアイデアは面白い。確かに王家の紋章を手に出来る者は限られている。王子である証を示して、悪党どもの観念させるのか……良し、何か考えてみよう」
俺の言葉の意図を汲み取ったバルドゥーイン殿下は、印籠的な何かを用意してくれるようだ。
うん、これで準備万端かな。





