漫遊記?
「エルメール卿、その、ミトコー……何とかというのは、何のことな……」
「そ、そんなことより! バルドゥーイン殿下、何を考えていらっしゃるのですか! 俺一人に警護を任せるなんて危険すぎます!」
俺は声を大にしてバルドゥーイン殿下に反対した。
それはもう、声を大にして……水戸黄門なんて言葉は忘却の彼方に消え去ってしまうように。
「そうだろうか、エルメリーヌを守っていた時の様子は、遠目からではあったがしっかりと見ていたぞ。あれだけの攻撃をしのぎながら、あれほどの人数を討伐した腕前は見事としか言い様が無い」
「しかし、あの時は周囲に騎士の方々も控えていらしゃいましたし、応援が駆け付けて来られる状況でした。孤立無援の状況では、魔力が切れる心配もあります。あの時も、途中で魔力ポーションを補給しながら戦っていました」
「そうか、ならば質の良い魔力ポーションを用意させよう」
「いや、そういう事では……それに、刃物や魔法の攻撃は防げても、食事に毒物などを混ぜられたら、俺だけでは対処できませんよ」
「その点は心配要らないぞ。毒物への備えは騎士団の専門職を連れて行く予定だ」
「だとしても、治療が出来る人は必要ですよ」
「勿論、治癒士は連れて行くぞ」
「まさか……エルメリーヌ姫ではないでしょうね?」
「ははっ、さすがにエルメリーヌを連れていく気は無いよ。本人に話せば行きたいと言うだろうがな」
話を聞いてみれば、先程の王族の警備がどうとか、不落と称したのは父上とかいう話は、国王陛下とバルドゥーイン殿下による小芝居のようなものだった。
王家の目の届かない領地には、騎士団の調査員を送り込んでいるらしいのだが、それだけでは十分ではないと二人は考えているそうだ。
そこで、身分を隠したバルドゥーイン殿下が、少数の護衛を連れて諸国を回り、自分の目で実情を確かめようということらしい。
思わず叫んでしまった、水戸黄門漫遊記そのものの計画で、既に俺以外のお供の人選も終わっているらしい。
正直に言うと、これまで行った事のない領地を旅してみたい気持ちはある。
ただ、バルドゥーイン殿下が一緒となると話は別だ。
「この話は、自分にバルドゥーイン殿下の近衛騎士になれ……という事なのでしょうか?」
「いいや、そうではない。これは冒険者ニャンゴへの護衛依頼だと思ってくれ」
これまでにも、チャリオットとは別行動で依頼を受けたケースはある。
ラガート子爵一家を護衛して新王都まで来たのもそうだし、先日の漂流船の調査もそうだ。
「エルメール卿が、チャリオットの一員としての活動を重視しているのは分かっているが、そのチャリオットはダンジョンへの立ち入りが出来ず、全員での活動は停止しているのだろう?」
ダンジョンの崩落を止めるための工事も始められたが、まだ時々、小規模ながら崩落が発生しているらしい。
本格的な調査の再開は、現在急ピッチで進められている地下道の工事が完了してからになりそうだ。
「先程も少し話したが、基本的に王族の所在は常に把握されていて、自由に動ける時間は短い。今回の漫遊計画は例外中の例外になるのだが、それでも何年も城を空けている訳にはいかない。どんなに長くとも、一ヶ月が限度だ」
「つまり、地下道が完成するまでには、余裕を持って王都に戻って来られるんですね?」
「そういう事だ」
王族を少人数で警護して直轄地以外の領地を巡るなんて、責任重大にも程がある。
リスクを考えたら逃げ出したくなるが……これこそが冒険なんじゃないかと、俺の中の俺が囁いてくる。
てか、君は悪魔ニャンゴなのか、天使ニャンゴなのか、どっちなんだ。
「じ、自分の一存では決められないので、返事はパーティーのリーダーと相談してからでよろしいでしょうか?」
「かまわんよ。冒険者ニャンゴ宛ての依頼だから、当然報酬も支払う。パーティーからニャンゴを借り受ける費用が必要だというなら、そちらも支払おう」
バルドゥーイン殿下から提示された報酬は、大金貨一枚。
前世の日本の金銭感覚だと百万円ぐらいだ。
王族の警護を一ヶ月もするのに、この金額では安すぎだと思ったら、一日あたりの金額だった。
日当百万円、しかもバルドゥーイン殿下を守り通して、無事に王都まで戻れたら成功報酬として大金貨十枚が支払われるそうだ。
仮に、出発から帰還まで三十日間を無事に守り通せた場合には、大金貨四十枚、四千万円相当の報酬となる。
だが、毒物の専門家、治癒士の他には、腕利きの騎士が二名、そこに俺と殿下を加えた六名で行動だと考えると、妥当かむしろ安いのかもしれない。
「ところで、目的地はどこなのですか?」
「グラースト侯爵領を予定している」
「確か、王都からは南西の方角ですよね?」
「そうだ、馬車での移動でも、片道十日は掛かるだろうな」
新王都を東京だとすると、俺の故郷アツーカ村は群馬と新潟の境で、バルドゥーイン殿下が行こうとしているグラースト侯爵領は名古屋あたりになる。
「なぜ、グラースト侯爵領を選ばれたのですか?」
「決まっている、反貴族派の活動が活発化しているからだ」
「それって、襲撃されに行くようなものじゃないですか」
「だから身分を隠して行くのだろう」
「なにか、反貴族派が活発化する理由があるのですか?」
「それを調べに行くのだろう」
バルドゥーイン殿下は、ニヤニヤと笑みを浮かべてグラースト侯爵領行きが楽しみで仕方ないといった様子だが、物凄い思いつきで勢い任せな計画のような気がする。
「大丈夫だ、エルメール卿。何も下調べをしていない訳ではないぞ。騎士団の調査隊も動いているし、ギルドからも情報は入手している。だが、それらの情報を聞くだけでは駄目なのだ。自分の目で見て、耳で聞いて、肌で感じる必要がある」
これまでも、王家には様々な情報が入ってきていたはずだが、それが王族に届かなかったり、意図的に隠されていた疑いがあるようだ。
今日、摘発を行った反貴族派の拠点も、廃村になった経緯などが国王陛下やバルドゥーイン殿下には届いていなかったらしい。
都合の悪い話は耳に入れず、王家をお飾りにしてしまおうと思っている人間が居るようだ。
「俺は、王家の慣習を少しずつでも変えていきたいと思っている。勿論、守るべき伝統まで壊す気はないが、変えるべき悪習は思い切って廃止すべきだ」
バルドゥーイン殿下が言う悪習とは、情報の伝達不足のことを指しているのだろうが、どうしても獅子人しか王位に就けないという仕来たりが頭に浮かんでしまう。
アーネスト殿下を暗殺して、ほとぼりが冷めて来た頃に、王室改革の名の下に、古い習慣の見直し、廃止に手を付け、自らが次の王位を狙っているのでは……なんて考え過ぎだろうか。
前回会談した時には、国王になったら気軽に出歩けなくなるから、王家の仕来たりは変えるつもりはないと言っていたが、どこまでが本心か分からない。
だが、冷静になって考えてみると、王家からのリクエストなんて断れるはずもない。
物見遊山で旅をして終わりなら良いが、旅先で不正や陰謀を暴いて、その功績を大々的に発表されたら、俺はバルドゥーイン殿下の派閥の一員と見なされてもおかしくないだろう。
バルドゥーイン殿下は、王位継承争いをしているディオニージ殿下の兄でもある。
王位継承争いは、王妃同士の競い合いでもあり、それを支える勢力同士の争いだとも聞く。
手を貸せば、なし崩し的にディオニージ殿下の勢力に組み込まれてしまうのではないだろうか。
ただ、これらは俺の推測でしかなくて、バルドゥーイン殿下は本心から王家の改革を望んでいるのかもしれない。
だとしたら、一国民としても力を貸すべきではなかろうか。
「まぁ、突然の話でエルメール卿が戸惑うのも当然だろう。結論は今でなくとも良いが、出発するとなれば準備も必要だ。明日の夕刻までには返事をもらえないか?」
「かしこまりました。帰ってパーティーのメンバーと相談させていただきます」
とりあえず、依頼は受けざるを得ないだろうし、チャリオットを離れるならばライオスとの打ち合わせは不可欠だ。
大公家の屋敷に戻って、今後の対策を練ることにしよう。
「ところで、エルメール卿。先程の、ミトコー……とかいうのは……」
ふにゃぁぁぁ! 忘れてなかったのかよぉ!





