この紋章が……
「ご協力ありがとうございました、エルメール卿。おかげ様で負傷者も出さずに制圧することが出来ました」
「お役に立てて何よりです。それでは、俺は自分のパーティーに戻らせていただきます」
夜明け前と同時に始まった反貴族派の摘発は、昼前に殆ど決着したので、俺はチャリオットに合流することにした。
クリフ師団長と握手を交わした後、新王都を目指して飛行して、第一街区にある大公家の屋敷に向かった。
大公家の屋敷は、王城へ入る門に一番近い場所にある。
大聖堂から続く坂道を空属性魔法で作ったキックボードで進んでいくと、擦れ違った魔導車の御者や騎士などが振り返って眺めていた。
王城の門の前を敬礼しながら通り過ぎると、警備していた騎士は怪訝な顔をした後で、慌てて敬礼を返してきた。
ごめんねぇ、おかしな猫人で。
大公家の屋敷に着いて、これでやっとチャリオットと合流できると思いきや、にゃんと全員俺を置いて王都見物に出掛けた後だった。
「エルメール卿、こちらを……」
「はぁ……」
新王都の屋敷の執事さんから手渡されたのは、衣装箱と一通の手紙だった。
封筒には金の縁取りがしてあって、真っ赤な封蝋には王家の紋章が押されている。
衣装箱の中身は、ご丁寧に名誉騎士の騎士服だった。
しかも、微妙にサイズがアップしていて、今の体型を測って誂えたようだ。
封筒の中身は、国王陛下からの呼び出しで、反貴族派摘発の様子を伝えるように書かれている。
まぁ、王家からはお金も貰ってますし、なにより名誉騎士という地位を貰っているので無碍には断れないんだよね。
簡単な食事を用意してもらって昼食を済ませ、ライオス達が宿泊している部屋に案内してもらって身支度を整えた。
ライオス宛てに、夜には戻れるはず……と書置きを残した。
王城までは、またキックボードで行こうかと思ったのだが、大公家が魔導車を出してくれた。
王城の敷地と大公家の敷地は道一本を挟んだ隣同士だが、大公家の敷地も広いし、王城は輪をかけて広大なので、歩いていくと結構時間が掛かるのだ。
大公家の魔導車であっても、招待状とギルドカードを提示させられ、人相も確認された。
そこまで念入りにするものなのだ……と思いきや、担当した騎士達から握手を求められた。
うん、君たち職権乱用じゃないのかい。
まぁ、いずれオラシオ達の先輩になる人だろうから、邪険にはしないけどね。
王城に着いて、執事さんに案内されたのは、日当たりの良い応接室だった。
大公家の執事さんが色々手配をしたり、時間調整してくれたようだが、いきなり王族を訪ねれば待たされるのは当然だ。
香りの良いお茶と、サクサクな焼き菓子をうみゃうみゃしたら、やる事が無くなってしまった。
今朝は夜明け前から摘発の作戦に動いていたし、ソファーは座り心地が良いし、日当たりが良くてポカポカだし……つまりは眠い。
このままソファーに丸くなって眠れたら、どんなに気持ち良いだろう……なんて考えるな……考えたら眠くにゃるぅぅぅ……。
眠気に負けそうになって、頭がガックンガックンなりながら待っていると、現れたのは国王陛下と第二王子のバルドゥーイン殿下だった。
慌ててソファーから飛び降りて、敬礼の姿勢を取った。
「エルメール卿、急に呼び出してすまなかったな、楽にしてくれたまえ」
「はっ!」
いつもはにこやかな国王陛下だが、今日は厳しい顔付きをしていて、それはバルドゥーイン殿下も同じだ。
あれっ、俺なにかやらかしたっけ?
「さて、早速だが反貴族派の摘発の様子を話してくれるか? そうだな、反貴族派の拠点があるという情報を得たところから頼む」
「はい、今回、自分の所属する冒険者パーティー・チャリオットは、大公殿下からの依頼で旧王都で捕らえた反貴族派の護送に加わっていました……」
護送三日目に襲撃があった後、怪しい二人組を捕らえて、その一人ウラードから情報を入手してから今日の摘発までを順を追って説明した。
「ほぅ、廃村をアジトとしておったのか」
「はい、クリフ師団長の話では、アジトとなった廃村は王家直轄地と大公家の領地の境にあり、水害の際に支援が上手く行われなかったようです。周囲を高台に囲まれた水捌けの良くない場所のようで、水害からの復興を諦めて廃村となった場所のようです」
秋から冬に掛けての今の時期は、反貴族派がアジトとしていた辺りは雨が少なく、浸水被害などの心配は無かったようだが、春の終わりから夏に掛けては雨が増えて水害に悩まされるらしい。
「王家の足元で、そのような事になっていたとは不明を恥じるばかりだな」
「空から見ると、南側の高台の一部を切り開けば、川への水路が作れそうにも見えましたが、労力に見合う土地なのかは自分には判断できませんでした」
「そうか、分かった。さて、今日の本題なのだが、捕らえた反貴族派の幹部に白虎人の男はいなかったか?」
国王陛下の視線がバルドゥーイン殿下へと向けられた。
すっかり忘れていたが、カバジェロがバルドゥーイン殿下の画像を見て、反貴族派の幹部だと言った話は大公家にも伝わっていた。
大公家に伝わっているのだから、王家に伝わっているのは当然だろう。
直接報告しなかったのは、やっぱりマズかったのだろうか。
「いいえ、今回のアジトには、殿下に似た男はおりませんでした」
「そうか……エルメール卿、知り合いの市民がバルドゥーインの絵を見て、反貴族派の男だと言った時の事を話してくれるか?」
「かしこまりました」
昨年末、アツーカ村に里帰りする途中で雨に降られ、急遽立ち寄ったキルマヤの街での俺の偽者騒ぎや、その時に再会したタールベルクの部屋でアーティファクトを披露した話をした。
勿論、カバジェロの身元は、反貴族派の幹部が活動をしていた開拓村の出身者とだけ言っておいた。
「なるほど、そうやって貧しい村を回って生活を援助して、自分達の組織に引き込むのだな?」
「という話でした。その者が暮らしていた開拓村も廃村となって、一部の者達はその時に組織に取り込まれてしまったようです」
「それで、その中心的な役割を果たしていたのが白虎人の男だったのだな?」
「はい、そうです。アーティファクトで画像を見せていた時に、瞬間的に声を上げていましたから、殿下に良く似た男なんだと思います」
「そうか……」
まさか、この場でバルドゥーイン殿下とダグトゥーレは同一人物なんですか……なんて聞く訳にはいかないけど、聞いてみたい誘惑に駆られてしまう。
そんな俺の表情を読んだのだろうか、バルドゥーイン殿下はニカっといつもの笑みを浮かべてみせた。
「エルメール卿、心配は無用だ。その反貴族派の幹部と私は別人だ。可能であれば、私もその男のように自由気ままに各地を歩いてみたいのだが、王族ともなると己の身も自由には出来ぬものなのだ」
フラリとダンジョンに現れるぐらい自由奔放に見えるバルドゥーイン殿下でも、何時、誰と、何処に滞在していたのかは常に把握されているそうだ。
自由に出来る範囲は、ダンジョンに現れた時のように、その日滞在すると決まっている旧王都の中で移動する程度の自由度しかないそうだ。
そして、グロブラス伯爵領に滞在した事は無いらしい。
「レトバーネス領までは年に何度か足を運ぶが、その先までは足を運ぶ機会が無いな」
他の王族も同様らしく、王家直轄領の隣りか、そのまた隣りの領地程度までしか足を運ぶことは無いらしい。
「父上、もう少し王族も国の隅々まで足を運ぶべきではありませんか?」
「だが、今回のようなケースでは、お前の姿が広く知られるほど、奴らの思う壺ではないのか?」
「いいえ、私が国民に反貴族派ではないとアピールすれば良いだけです。私の姿、声、考えを知らぬから、あらぬ疑いを掛けられるのです」
バルドゥーイン殿下の強い口調には、自分の存在を反貴族派に利用された憤りが感じられた。
国王陛下は、小さく頷きながらバルドゥーイン殿下の話を聞いた後で、おもむろに口を開いた。
「なるほど、言いたいことは理解できるし、一部はその通りなのだろうが……単純にそなたが遠出をしたいだけではないのか?」
ニヤっと笑った国王陛下に、バルドゥーイン殿下も笑みを返す。
「否定はしませんよ。ですが、王族はもう少し外に出るべきだという考えは変わりません」
前世の日本風に考えるならば、開かれた王室……みたいな考えなのだろう。
「王族が国の隅々まで足を運び、今現在の国の姿を自分の目で確かめるという考えには反対しない。だが、王族が動くとなれば、相応の警備が必要になる。大勢の騎士を引き連れて現れれば、訪問された家は余計な考えに囚われたりするものだ」
「ならば、護衛の人数を減らせば良いだけです」
「何を言うか、王族の警護を蔑ろになど出来るはずがなかろう」
「父上、なにかお忘れではありませんか?」
「忘れている?」
「エルメール卿を不落と称されたのは父上ですよ」
いや、ちょっと待って。
思わぬ方向に転がり始めた話がどこに落ち着くのか、聞きたくないし、知りたくも無い。
ニカっと爽やかな笑みを浮かべたバルドゥーイン殿下が、俺に向かって手を差し伸べながら言った。
「という訳で、盾として、矛として、俺が諸国を巡る供をしてくれないか、ニャンゴ」
「水戸黄門かよ!」
予想もしていなかった申し出に、王族が相手なのに叫んじゃったよ。
どうしよう……。





