摘発
反貴族派摘発作戦は、夜明け前から動き出していた。
野営地のあちこちで火が焚かれているが、準備を始めた騎士や兵士の吐く息は真っ白に染まっている。
俺はといえば、既に魔力回復の魔法陣を組み込んだ防具を身につけ、体の周りは空気の層で包んでいるから寒さは感じない。
空属性魔法の空気の層と自前の毛皮のコラボレーションで、氷点下と思われる寒さもへっちゃらだ。
これから夜が明けるまでに反貴族派の拠点近くまで移動し、夜明けを待って作戦を開始する。
夜襲を仕掛けないのは、闇に紛れて逃げおおせる者を出さないようにするためだ。
「エルメール卿、出発します」
「行きましょう」
摘発部隊を率いる王国騎士団第三師団長、クリフ・ミュルドルスの号令によって一行が動き出す。
まだ東の空は、ほんの少しだけ白み始めたばかりで、一行は星明かりを頼りに進んでいる状態だが、馬は夜目が利く動物だし、王国騎士なら身体強化魔法で視力の強化程度は出来て当り前だ。
「それじゃあ師団長、俺は先行して位置に付きますね」
「後は、手筈通りにお願いします」
「了解です」
師団長と並走する形で飛んでいた俺は、速度と高度を上げて先行する。
徐々に高度を上げていくと、東の稜線が明るくなっていく。
俺の仕事は、拠点奥に隠されていた抜け道の封鎖だ。
崖を抉って作った道を、粉砕の魔法陣で崩して通れなくする。
その爆破音と共に、摘発が着手される手筈だ。
師団長には空属性魔法の通信機を渡してあるので、着手のタイミングはあちらから指示が来る。
真冬の夜明け前とあって、白み始めた空の下で、まだ反貴族派の連中は眠っているようだった。
どこの建物も窓や戸を固く閉ざし、出歩く人影は見えない。
物音一つせず、しーんと静まり返っている様子を眺めていると、もしかしてこちらの動きが察知されて反貴族派は一人残らず逃げてしまったのでは……なんて考えが頭をよぎる。
だが集落の奥へと進んでいくと、放牧地の柵の中には馬達が寄り添い合って暖を取る姿があった。
馬は、移動のための足であり、馬車を引く動力であり、畑を耕す相棒であり、そして財産でもある。
その馬を残して逃げるはずがないので、まだアジトの中には幹部連中も残っているはずだ。
幹部用のアジトを見下ろしながら、更に奥へと進む。
配置に付いたところで、師団長に連絡してみた。
「師団長、ニャンゴです。予定の位置に付きました」
「了解です。こちらは敵の見張りを排除しているところです。もう少し待機していて下さい」
「了解です」
反貴族派の連中はこうした摘発に対して、街道から入ってくる道の脇に粉砕の魔道具を埋め、見張りを置いて備えている。
摘発があった場合、相手の先頭を爆破によって攻撃すると同時に、拠点にいる連中に音で襲撃を知らせる仕組みを敷いていた。
だが、粉砕の魔導具が埋められている場所や見張りの配置は、ウラードの情報と俺の偵察で騎士団に筒抜けだ。
師団長クリフは、金ピカな鎧を着こんだ目立つ部隊の他に、目立たない工作員も連れてきていた。
そうした者達が、摘発部隊に先行して、見張りを無力化するのだ。
見張りを無力化して、後続の部隊が安全に踏み込める体制が整ったところで、師団長から俺に合図が来る予定だったのだが……。
突然、朝の空気を震わせて、ドーンという大きな音が響き渡った。
「エルメール卿、見張りの無力化に失敗したようです。このまま着手しますので、そちらも進めて下さい」
「了解です……粉砕!」
あらかじめ設定しておいた場所で、粉砕の魔法陣を発動させる。
大音響が二回、そして、小さな音が三回響き渡った。
大きな音は抜け道の崖を崩すため、そして小さな音は放牧地の柵を壊すためだ。
抜け道が完全に通れなくなったことを確認してからアジトへ戻ると、慌てた様子で服を着込みながらアジトを飛び出してくる男の姿があった。
「くっそぉ! どうなってやがる、馬が一頭もいないじゃねぇか!」
「馬が駄目なら自分の足で逃げるだけだ。金だけ持ってズラかるぞ!」
アジトの中へと駆け戻った幹部と思われる連中は、すぐに荷物をまとめて出てきた。
摘発が始まっている拠点の方角には見向きもせず、アジトの裏の抜け道へと入っていった。
このまま見逃しても、先は通行出来ないので逃げられる心配は少ないが、それでも捕らえるまで時間がかかってしまいそうだ。
なので、幹部連中の前方を爆破した。
ドーンという大音響と共に、巨大な火柱が噴き上がる。
上に向けて爆風が飛ぶようにした粉砕の魔法陣と、巨大な火球を組み合わせて発動させたのだ。
粉砕の魔法陣だけでも大音響は演出できるが、火球の魔法陣を組み合わせることで、火柱というビジュアルも演出できる。
前世日本で特撮映画の爆破シーンでは、火薬とガソリンを組み合わせていると聞いたことがあったので、この組み合わせを試してみたのだが、思った以上に迫力がある。
脇目も振らずに逃げて来た幹部連中が、驚愕に目を見開いて足を止めていた。
それならば、もう一発サービスしちゃおうかな。
今度は少し場所をズラして、幹部連中から見て、俺の背後になる場所で爆破を行った。
ドーンという爆破音と共に、幹部連中の視線が一斉にこちらを向き、その直後恐怖に顔を歪ませた。
「黒い悪魔だぁぁぁ!」
「逃げろぉぉぉ!」
顔を引き攣らせた幹部連中は、今来た道を脱兎のごとく駆け戻っていく。
まったく、こんな美猫な俺をつかまえて、悪魔呼ばわりとか失礼千万だよね。
なので、幹部たちの斜め後方辺りを狙って、爆破を繰り返してやった。
轟音、火柱、熱気……幹部連中が必死に逃げる姿は映画のワンシーンのようだった。
「しまった! スマホで撮影しておけば良かった」
気付いた時には後の祭り、幹部連中は抜け道を抜けて拠点に戻ってしまった。
特撮撮影は、また今度の機会にしよう。
「大人しく武器を捨てて投降しろ! 部下たちにも戦闘を止めるように指示しろ!」
「うるせぇ! 捕まってたまるか!」
幹部の一人が、持っていた銀色の筒を俺に向けて引き金を引く。
ボッ、ボッ、ボッという音ともに、貧弱な火球が撃ち出されるが、全て俺に届く前に空属性魔法で作った壁にぶつかって、弾けて消えた。
「くそっ、この化け物め……」
お返しに、こちらからも砲撃を食らわせてやる。
ドン、ドン、ドンっと重たい発射音と共に、命中した地面が大きく弾け飛ぶ。
威力としてはグレネードランチャーぐらいをイメージしている。
本気の砲撃だと、爆風とか破片で死人が出そうだからね。
「無理だ、あんなのに敵うわけねぇ……」
「た、助けてくれぇ……」
魔銃の筒を放り出した幹部たちは、俺に向かって命乞いを始めた。
地面に這いつくばって命乞いをする薄汚いおっさん連中と、それを上空から睥睨する黒猫人って……俺が悪者みたいじゃん。
「立って拠点の中央に向かって歩け! 両手は開いて頭の上に挙げておけ!」
「わ、分かったから、撃たないでくれ!」
「モタモタするな! 部下にも投降を命じろ!」
突入の一番最初でつまずいた王国騎士団だったけど、その後は体勢を立て直して、拠点の制圧を進めていた。
反貴族派の連中は、仲間が捕まったと知っているはずなのに、拠点を捨てて移動するとか、騎士団の摘発に備えておくなどの措置はとらなかったようだ。
多くの者がまだ眠っていたらしく、着の身着のままの姿で、女性や子供までが集められている様子は痛々しい。
俺が幹部連中を追い立てて行くと、僅かに抵抗を続けていた連中も諦めて、立て籠もっていた小屋から出て来た。
大体の制圧が終わると、待機していた騎士団の馬車が拠点の中までは入ってきて、物資を降ろし始めた。
集められていた女性や子供には、毛布や藁沓、携帯食などが配られた。
その横では焚き出しが始まり、温かいスープができると、こちらも女性と子供を優先して配られた。
今回の作戦で師団長クリフからは、極力建物は壊さないでくれと頼まれていた。
修繕した建物を壊したり、持っていた物を放棄させる事は、自分達の頑張りを騎士団に奪われたと思われる原因になるからだそうだ。
幹部連中と他で犯罪を犯して手配書が出されている者を除いて、このままここで暮らすことを希望する者達は、騎士団の監視下で生活を続けさせるつもりらしい。
その背景には、各地で捕縛された反貴族派が王都へと送られてきて、留置場や刑務所が足りなくなっているという事情があるようだ。
結局、反貴族派に数名の死傷者を出したが、騎士団側には負傷者もなく、無事に摘発は終了した。
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