偵察飛行
夜明けと共に野営地を出発して、街道沿いに進んで反貴族派の拠点を目指す。
天候は晴れ、薄い雲が所々にあるけれど視界は良好。
ただし、少し風が強くて、気を付けていないと流されそうになる。
普段ならドーム状に周りを囲って移動するのだが、この日はボードに腹這いになって、風防も極力薄く作るようにした。
それでも気流は前後左右だけでなく、上下にも流れているので煽られそうになる。
「周りを囲って移動しながら、暖房付きの換気をして……結構魔力を消耗しそうだにゃ」
季節柄、気温が低いのは仕方ないが、上空に上がると更に気温が下がる。
あまりにも寒いので、腹這いになるボードに温熱の魔法陣を組み込んで床暖房を入れた。
「うん、これならあったかい……けど、眠くなりそう……」
ウラードの情報に従って、街道から続く一本道を辿っていくと、反貴族派が拠点として使っている廃村が見えてきた。
日は昇っているけど、まだ地上も暖かくはないはずだが、既に畑に出て農作業をしている人の姿があった。
建物は、朽ちかけていた建物を修繕したのだろうか、これ以上強い風が吹いたら倒れるのではないかと思うほど頼りない。
あまり接近して発見されると不味いので、離れた上空から視力を強化して眺めているのだが、働いている人達の表情は意外にも明るい。
朝食の支度なのだろうか、あちこちの建物の煙突からは煙がたなびいている。
家の周りでは、走り回っている子供の姿もあって、上から見た感じでは普通の農村と変わらない風景に見える。
「なんか、すっごく普通に見えちゃうんだけど……」
反貴族派の拠点というと、ダンジョンに来る途中のグロブラス伯爵領で、王国騎士団の作戦を手伝ったことがある。
あの時、反貴族派が使っていたのは、陶器を作る窯元の跡地だった。
設営されてからの時間も違うのだろうが、あちらは周囲の山を切り開いて射撃場のような施設まで作られていた。
それに比べてこちらの拠点には、訓練施設のようなものは見当たらない。
強いて普通の村との違いを探すとすれば、奥まった場所に馬を放牧する柵が設けられていることだろう。
野球のグラウンドぐらいの広さの草地を木製の柵で囲い、二十頭以上の馬が放牧されている。
俺の故郷のアツーカ村でも馬は飼われていたが、村長が馬車に使うものを含めても数頭で、農作業などで使う馬は数件が共同で所有していた。
村全体でも十頭に届かなかったと思うし、こんなに一ヶ所に集めて飼育されていなかった。
そして、ウラードの情報によると、馬の放牧地の近くにある建物が幹部たちが暮らす家らしい。
一本道を進んだ一番奥に幹部の建物を置くのは、構成員たちに守らせるためのような気もするが、騎士団が相手では逃げ道を失うだけのような気がする。
何かからくりが有るのではないかと思っていたのだが……背後の林に近付いてみると、獣道のようなものが見えた。
上空からでは、よーく目を凝らして見ないと分からないが、そこだけ踏み固められているようだし、鬱蒼と繁っている灌木が切り開かれていた。
更に辿っていくと、急な斜面を回り込むように崖が抉られて通れるようになっていた。
その先は、斜面をくだって川原に下りられるようになっていて、川原を下ると流れが穏やかな浅瀬に出た。
ここで川を渡って、更に川原を下っていくと、どこかの村に出る道へ上がれるようだ。
「なるほどねぇ……もし騎士団が摘発に来た場合には、道の脇にしかけた粉砕の魔法陣とかを使って足止めして、その間に幹部連中は馬に乗って抜け道から逃げるつもりなのか」
護送の部隊を率いている隊長さんに聞いた話では、反貴族派の摘発を進めているが、幹部連中を捕えられるケースが本当に少ないそうだ。
捕まった反貴族派の構成員の中には、奥には重要な書類がある、逃げられないなら処分する必要があるから、せめて処分する時間を稼いでくれ……などと頼まれた者もいるそうだ。
実際には、書類を処分したような跡も残されていなければ、指示を出した幹部の姿も無かったらしい。
要するに幹部の連中は、自分たちさえ捕まらなければ、組織なんていくらでも立て直せると思っているのだろう。
悪徳貴族を排除して、民衆のための世の中を築く……なんて理想とは真逆の行動だ。
捕まった構成員たちの話では、幹部も自分達と同じ簡素な食事をしていたそうだ。
ただし、幹部連中は他の支部との打ち合わせだとか、食糧や資金の調達だとか、様々な理由をつけては代わる代わる外出していたらしい。
その外出先で、どんな行動をしていたのか、どんな食事をしていたのかなんて、追及するまでも無い気がする。
この他にも抜け道は存在していないか、待ち伏せをするような場所は無いか、グルグルと上空を飛行し、撮影をしながら偵察を続けた。
「こんなもんでいいかな。ここまでの感じだと、ウラードの情報に誤りは無いみたいだ」
ウラードを疑う訳ではないが、俺の偵察はウラードからもたらされた情報を検証して裏付けする作業でもある。
情報に虚偽があれば、ウラードを疑わなければならないし、情報が正しければ、ウラードの信用度が上がる。
雲の上の存在である師団長クリフに、ガチガチに緊張しながらも一生懸命情報を伝え、ランゲを始めとする若者の罪状が考慮されるように訴えていた姿に嘘は無かったと思いたい。
俺の偵察が、ウラードの頑張りを補助してやれることを祈りつつ、偵察を切り上げて街道を西へと向かった。
街道に沿って飛行を続けていると、陽光に煌めく磨き上げられた鎧の一団が見えて来た。
クリフ・ミユルドルス率いる王国騎士団第三師団の騎士達だろう。
ざっと見ただけでも、百人以上の騎士と兵士や物資を載せた馬車が二十台以上連なっている。
街道脇から並走するような形で徐々に高度を落とし、隊列前方、馬車の車列の前を進む師団長に接近した。
「おはようございます、クリフさん、どうぞ、そのまま進んで下さい」
「おぉ、エルメール卿、ご参加感謝します」
「すごい人数ですね」
「非戦闘員も含めてですが、相手は二百人以上ですから、こちらは倍の人数を投入します」
「でも、これだけの人数で進軍を続けたら、気付かれてしまうのでは?」
「ご心配なく、斥候の者を先行させていますので、知らせに戻るような怪しい行動をする者は残らず拘束しています」
摘発を始める遥か前に知らせが届いて、幹部たちが逃げ出してしまったら意味がないが、ちゃんと手は打ってあるようだ。
「先程、反貴族派の拠点を偵察してきましたが、やはり幹部用の抜け道がありました」
「なんと、やはりエルメール卿に偵察してもらって良かったです」
「詳細は後程伝えますが、どうしますか、先に抜け道だけでも潰しておきますか?」
「可能であれば潰してもらいたいところですが、向こうに気付かれずに行えますか?」
「そこなんですよね。潰す自体は簡単ですが、俺がやるとなると音を立てずに実行するのは難しいです」
抜け道を塞ぐならば、崖を抉って作った道を崩してしまうのが一番簡単だが、その為には粉砕の魔法陣か魔銃の魔法陣で砲撃するしかない。
当然音が出るし、それを切っ掛けにして摘発に気付かれてしまうかもしれない。
「そうですか、では、抜け道を塞ぐのは、着手と同時にしてもらいましょう。それまでに幹部に逃げられたら、その時は諦めましょう」
「分かりました。では、後ほど打ち合わせをさせて下さい」
このまま師団長と並んで飛んでも良いのだが、許可を貰って馬車の幌の上で休ませてもらう事にした。
幌にボードを固定してしまえば落ちる心配も無いし、今朝は早かったから暖房を調整して一眠りさせてもらおう。





