暴動未遂
明日は夜明けと共に偵察に向かい、その後で王国騎士団と合流して反貴族派のアジトを摘発する打ち合わせをしなければならない。
天候さえ崩れなければ問題なくこなせる日程だが、体調を整えるために早く眠ろうとしたのだが、何やら騒ぎが起こっているようだ。
最初は何かの言い争いのように聞えていたのだが、段々と声を上げる人の数が増えて不穏な空気を感じるようになった。
「にゃ、にゃんの騒ぎ?」
「捕まえた反貴族派が騒ぎ始めたみたいね」
俺を抱き枕にして一緒に眠ろうとしていたレイラも起き上って、天幕の入口から声のする方向を眺めているが、暗がりの中から怒号が聞こえてくるだけで様子が分からない。
「ちょっと行って来る」
「休まなくっていいの?」
「うん、これじゃ眠ってられないでしょ」
「それもそうね」
天幕を出てステップで二階ぐらいの高さに上がり、上から状況を眺めてみると、槍を突き付ける大公家の騎士たちに囲まれながら反貴族派の連中が喚いていた。
その先頭にいるのは、ウラードと一緒にいたランゲとかいう若者だった。
「卑怯者のウラードを出せ! どこにやった!」
目を血走らせて叫んでいる様子からして、ウラードの行動を誤解しているように見える。
王国騎士団で報告を行っている間、ウラードは終始反貴族派の若い連中は無知なことを利用されているだけだと訴えていた。
だが、眼下で騒いでいる連中は、ウラードが最初から反貴族派を摘発する目的で潜入してきた騎士団のスパイだと思っているようだ。
騒ぎの対応にはライオスやセルージョも加わっているが、襲撃してきた連中を捕えたせいで、当初の予定を超える人数になっていて対応に苦慮しているようだ。
騒いでいる反貴族派の連中は、目の前にいる騎士に怒りをぶつけるのに夢中で、上から眺めている俺には気が付いていないようだ。
そこで、空に向かって大きな火球を打ち上げ、直後に粉砕の魔法陣で吹き飛ばした。
ゴォ……という熱気と明るさの直後、ズドーンという大音響が響き渡り、反貴族派だけでなく騎士達までもが空を見上げて息を飲んだ。
騒いでいる反貴族派を含めて、野営をしている場所を照らし出すように明かりの魔法陣を発動させた。
「そこまで、言いたいことは新王都の騎士団で話して。これ以上騒ぎ立てるって言うなら俺が相手をするけど、これでも手荒な真似は好きじゃないんだ。ほら、そこ! 手枷を外して逃げようなんて考えないでね」
騒ぎに乗じて、嵌められている手枷を外そうと歯を立てていた奴を指差すと、ブルブルと首を横に振りながら手枷から口を離した。
「そうやって、力を振るって俺たちを言いなりさせるつもりなんだろう!」
足元から叫び声が聞えたので、芝居がかった動きで、ゆっくりと顔を向けて睨みつけると、ランゲは唾を飲み込みながら黙り込んだ。
「今の自分の姿を良く見てみろ。喚き散らし、騒ぎ立て、力を振るって騎士を屈服させようとしている奴が、何を言ったところで説得力なんか無いぞ」
「う、うるさい、猫人のクセに貴族の味方しやがって!」
「はぁ……騎士団で必死に頭を下げて、お前らを助けてくれって訴えていたウラードが哀れに思えてくるよ」
「えっ……?」
俺を血走った眼で睨みつけていたランゲの張り詰めた空気が揺らいだ。
「ウラードは昨年末に王国騎士の見習いをクビになった男だ。幹部の男に声を掛けられて、付いて行った先がお前たちの暮らす拠点だったそうだ」
「嘘だ、あいつは裏切者だ!」
「まぁ、ウラードにも手柄を立てれば騎士団に戻れるのでは……なんて目論みもあったそうだよ」
「そらみろ、あいつは俺たちを裏切って自分だけ良い思いをしようとしやがったんだ!」
「だったら、もっと早い段階でアジトを抜け出して騎士団に通報してたんじゃないのか?」
「それは……」
「ウラードは、ウラードなりにお前たちの考えを理解しようとしてたんだよ。アジトに行ってから、世話役のお前と色んな話をしたんじゃないのか?」
「それは……そうだ……」
ウラードと過ごした日々を思い出したのだろう、風船が萎むようにランゲのテンションは下がっていった。
「善良な馬鹿は、頭の良い悪党に騙される……騎士の訓練所で耳にタコができるほど繰り返し教えられる言葉だそうだ。貧しい生活の中で、金をくれる、食糧をくれる、支援してくれる人間を信じたくなるのは当然だろう。でも、反貴族派がやっていることは本当に正義なのか? 新王都の巣立ちの儀が襲撃された現場で、いったいどれほど多くの人が犠牲になったのか知ってるか? その中には、苦しい生活の中でも自分の子供に晴着を用意して、儀式を受ける姿を楽しみにしていた人達も沢山いたんだぞ」
「そ、それは、俺たちとは別の組織がやったことで……」
ランゲの言い訳は、反貴族派にとっては常套句のようなものだ。
「本当に別の組織なのか? 自分達は悪くないというなら、何で廃村なんかに隠れ住んでる? ウラードが言ってたよ、みんな考えることを止めさせられて、幹部の言いなりに動くようにされているって。自分を救ってくれた人間だからって、盲目的に信じるな。自分の行動は、自分で考えて、自分で決めて、自分で責任を取れ」
「お、俺は……」
「お前たちには、反貴族派として世間を騒がせた容疑が掛けられている。自分が正しい、間違っていないと思うなら、新王都の騎士団に行って、胸を張って自分の考えを主張してみせろ!」
ランゲがガックリと膝をつくと、騒いでいた他の連中も馬車や天幕に戻って身を寄せ合って眠り始めた。
それを見届けた護衛部隊の隊長が、ほっとした表情で声を掛けて来た。
「助かりました、エルメール卿」
「あのランゲとかいう若者は、例のウラードと行動を共にしていたらしくて、その分裏切られたという思いが強いのでしょう」
「そういえば、そのウラードはどうなりました?」
「王国騎士団の第三師団長に預けてきたので、悪いようにはならないかと」
「そうですか、王国騎士への道に戻れると良いですね」
「そう思いますけど、騎士団は厳しいですからね」
隊長と挨拶を交わして天幕に戻ろうと思ったら、ニヤニヤした笑みを浮かべながらセルージョたちが歩み寄ってきた。
「やるなぁ、さすがは名誉騎士様だ」
「もう、茶化さないでよ」
「いやいや、真面目な話、あれだけの人数が騒ぎ立てているのを一発で黙らせるのは大したもんだぜ。俺やライオスでは出来ない芸当だ」
「セルージョの言う通りだ。斬って捨てても構わないなら、あるいは何とかなるかもしれないが、殺さず、傷付けずに黙らせるのは無理だろうな」
うんうんと頷きながらライオスもセルージョに同意してるけど、あの人数を物理的に斬って捨てられる方が凄いと思うぞ。
「ニャンゴ」
「なに、ライオス」
「明後日の摘発の時は気を付けろよ」
「分かってる、大丈夫だよ」
「ニャンゴの腕前を疑う訳じゃないが、時には非情に徹しないと、自分や味方を危険に晒すことになるからな」
「分かった、気を付けるよ」
可能であれば、ウラードの希望は叶えてやりたいと思っているが、場合によっては命を奪わないとならないケースもある。
それは、新王都の巣立ちの儀で嫌というほど味わったから、今度も大丈夫だとは思うけど、油断せず対処できるように心構えをしておこう。
天幕に戻ると、レイラが笑顔で迎えてくれた。
「ただいま」
「お帰り、これで静かに眠れるわね」
「レイラは暴動鎮圧とか興味ないの?」
「無いわね。縛られてる連中を何人殴ったところで楽しくないわ」
「ふふっ、そうだね」
天幕の中は温風の魔法陣を発動させているので、外に比べて暖かい。
空属性魔法で作ったお布団の上で、レイラに抱えられて毛布に包まれば、後は朝までグッスリだ。





