摘発に向けて
『善良な馬鹿は、頭の良い悪党に騙される』
ウラードが反貴族派の情報を第三師団長クリフ・ミュルドルスに伝えている時に、何度か口にした言葉は、言い得て妙だと思ってしまった。
反貴族派と聞いて、俺が真っ先に思い出す人物はカバジェロだが、襲撃の直後と昨年末に再会した時では別人かと思うほど人が変わっていた。
カバジェロが話していたが、襲撃を行った当時は食料や種籾、種芋などを支援してくれるダグトゥーレという人物を信じ込んでいたそうだ。
自分たちに良くしてくれる人物が悪い人であるはずがないという思い込みや、ダグトゥーレが話す内容の真偽を判断する知識の不足のせいで、良い様に操られていたらしい。
反貴族派に加わっている若者の多くは、カバジェロのように毎日の食事にも困っていて、勉強なんかする余裕の無い貧しい者たちだろう。
中には法を破ってでも良い思いをしたいと思う者もいるだろうが、大半は貧しさと無知に付け込まれて利用されている者たちなのだ。
ウラードが潜入していた廃村のアジトでも、一部の幹部たちが意思決定を行い、若い連中を思うように使役する環境を作っているそうだ。
騎士見習いとして教育を受け、腹一杯食える環境にいたからウラードは幹部の話がおかしいと気付けたそうだが、殆どの者は盲目的に従っているらしい。
「お願いします。悪いのはイルファンとか一部の幹部連中なんです。どうか善良な馬鹿を助けてやって下さい」
ウラードは、アジトに関する情報を伝え終えると、机に額が付くほど頭を下げて頼み込んだ。
反貴族派のアジトで寝食を共にして、操られている若者たちに情が湧いたようだ。
「勿論、王国騎士団として出来ることはやるつもりだ。そのためには、まずアジトを急襲して幹部連中を捕える必要がある」
クリフは、ウラードに頭を上げるように言った後で、俺の方へと視線を向けて来た。
「エルメール卿、協力してもらえますか?」
「捕縛のスケジュールは、どんな感じになりますか?」
「本日中に出動体制を整え、明朝夜明けと共に出立、捕縛は明後日の夜明けを待って行うことになります」
「分かりました。それでは一旦、パーティーの所へ戻らさせていただきます。王国騎士団が出動することを伝えて、作戦に参加できるように打ち合わせてきます」
「明日中に、こちらに合流してもらえますか?」
「はい、なるべく早く合流……いや、それよりも偵察してきましょう」
「エルメール卿が偵察に行くのですか? これだけ情報があれば十分だと思いますが」
「空の上から、アーティファクトで写し取った絵は要りませんか?」
ウラードが情報を伝えてくれたが、廃村の全てを把握できている訳ではない。
そこに上空からの偵察映像が加われば、より効果的な作戦が立てられるだろう。
以前、旧王都を空撮した画像を見せると、三人とも画面に目を奪われていた。
ゴチャゴチャ入り組んでいる旧王都の街並みの建物の形、細い路地の一本一本まで詳細に写し取った画像は、あれこれ説明するよりも遥かに説得力がある。
「こんなに詳細な絵が写し撮れるものなのですね」
「アーティファクトには方角を見極める機能もありますし、遥か上空から撮影すれば街道や川との位置関係も良く分かると思いますよ」
ウラードの話によれば、反貴族派がアジトに使っている廃村は、新王都と旧王都を結ぶ街道から一本道を入っていった所にあるそうだ。
他に道が無い場所にアジトを構えているのだから、攻め込まれた時に逃げ場を失う可能性ぐらいは考えているだろう。
そうなると、抜け道のようなものが用意されているはずだ。
ウラードは分からないと言っているが、それこそ幹部連中のみが知る抜け道があってもおかしくはないだろう。
「アーティファクトにそのような使い道があるとは思っていなかった」
「いいえ、たぶん本来の使い方とは違っていると思いますが、俺の魔法と組み合わせれば偵察には持って来いだと思います」
「そうですね。是非お願いします」
クリフと合流までの動きを打ち合わせた後、一度チャリオットの所へ戻ることにした。
「それじゃあ、ウラードはこちらに預けてよろしいですか?」
「えぇ、アジトの情報以外にも反貴族派の内部情報を聞く必要がありますので、こちらでお預かりいたします」
「よろしくお願いします。じゃあ、ウラード、またね」
「はい、ありがとうございました!」
クリフはウラードを預かると言ってくれたが、どういう意味で預かるのかまでは分からない。
騎士見習いとしてなのか、それとも反貴族派の容疑者としてなのか。
俺としては、騎士見習いに戻る道が開ければ良いと思うのだが、それほど王国騎士団が甘くないのも知っている。
初めて騎士団を訪れた時には、不用意に探知魔法を発動して厳しい警告を受けた。
巣立ちの儀の前に、第六王子のファビアン殿下と一緒に訪れた時でさえも、こちらの要望を通すのは大変だった。
今、俺みたいな得体の知れない猫人がそれなりの扱いをしてもらえるのも、王族からの覚えが良いからに他ならない。
だから、俺に対する待遇についての要求は通るだろうが、ウラードを騎士見習いに戻してくれと頼んでも、叶えてもらえるとは限らない。
というか、下手に俺が口出ししない方が良いような気がする。
舞台は整えたのだから、ここから先はウラード自身で勝ち取るしかないのだろう。
騎士団の門までは、デリックの兄アドルフォ・エスカランテが送ってくれた。
というか、俺一人で騎士団の中をウロウロさせられないのだろう。
建物の外に出ると、既に日が傾いて夜の帳が迫って来ていた。
「エルメール卿、今夜は騎士団に泊まられたらいかがですか?」
「明日の偵察もありますし、パーティーと落ち合う場所は決めてありますから大丈夫ですよ」
「しかし、この時間からでは夜道を進むことになりますよ」
「いえいえ、空を飛んで戻りますから大丈夫です。あぁ、国王陛下から城壁を越える許可はもらってますよ」
「そうですか、お気をつけて……」
「ありがとうございます。では、明日……」
アドルフォと敬礼を交わした後で、魔力回復と重量軽減の魔法陣を貼り付けた防具を着込み、身体強化魔法とステップを使って一気に上空へと駆け上がった。
いくら猫人が身軽でも、こんな勢いで飛び上がるとは思っていなかったのだろう、アドルフォは目を丸くしながら俺を見送っていた。
辺りは暗くなり始めていたが、街道は残照に照らされているし、アーティファクトを使えば方向を見失う心配は要らない。
街道沿いに滑走し、三十分ほどで打ち合わせしておいた野営地に到着できた。
「ただいま、セルージョ」
「おっ、飯の匂いに引き寄せられて戻ってきたな? てか、騎士団で美味いものを食わせてもらえば良かったんじゃないのか?」
「うにゃぁぁぁ! そうだよ、失敗した!」
「うははは、今から戻るか?」
「いや、さすがにそれは面倒だよ。あー……なんで思いつかなかったんだろう」
どうせなら騎士団の食堂とか、新王都の街で、うみゃうみゃしてから戻ってくれば良かった。
「それで、騎士団はアジトの制圧に動くのか?」
「うん、今日中に部隊を編成して、明日の朝には新王都を出発して、明後日の夜明けと同時に着手する予定」
「ほう、随分と手際が良いな」
「巣立ちの儀の襲撃では第一王子アーネスト殿下が暗殺されてるからね。騎士団にとっては反貴族派を見逃すようなことは出来ないんだと思う」
夕食を食べながら、ライオスと護衛部隊の隊長に明日の予定を伝えた。
明日は俺も夜明けと共に飛び回らなければならない、今日は早めに休ませてもらおう。





