反貴族派の若者
「ニャンゴが目立ち過ぎなんじゃねぇか?」
今回の護送には俺が加わっているという情報を流して、反貴族派の残党が仲間の救出を諦めるか、あえて襲撃してくるなら一網打尽にしようという思惑がある。
ところが、旧王都を出発してから丸二日、襲撃の気配どころか不審者すら見当たらない状況が続いていた。
あまりにも平穏で、あまりにも長閑な道中に退屈したセルージョが、冗談半分で俺に文句を言ってきたのだ。
「目立ち過ぎって言われても、先に怪しい連中を見つけないと粉砕の魔道具とか使われると防ぎきれないかもよ」
「そらそうかもしれねぇけどよ、一行の頭の上を黒猫人がフヨフヨ飛んでたら、奴ら警戒して出て来ないんじゃねぇの?」
「そう言われてもなぁ……」
「何も上から見張るなって言ってる訳じゃねぇ、もう少し工夫した方が誘き寄せれるんじゃねぇか?」
という訳で、セルージョの意見も取り入れて上空からの警戒方法に工夫を加えてみた。
一つ目は、ポジションだ。
これまでは、一行の真上を飛んでいたが、どうせ遮る物は無いのだから、街道から外れた場所を飛んでいくことにした。
二つ目として、見張る高さもこれまでよりも高くしてみた。
そして最後は、白い布に包まっていることにした。
これなら、前方からだと行列の方に目を奪われて、街道からズレて飛んでいる俺は見つかりにくくなるはずだ。
そうした工夫が実を結んだ訳ではないのだろうが、行程三日目は朝から襲撃を目論んでいる連中を発見した。
「ライオス、馬車を停めて。前方の林に待ち伏せている奴らがいる」
「手を貸すか?」
「いや、大砲で街道の方を狙っているから、そのまま待機していて。十人ちょっとだから俺が制圧しちゃうよ」
「分かった。終わったら知らせてくれ」
「了解」
反貴族派と思われる連中が待ち伏せをしていたのは、街道の両側に林が迫っている場所で、十人ほどの男が武装して隠れていた。
そして、そいつらの傍らには、新王都の巣立ちの儀の襲撃でも使われた、粉砕の魔法陣と土管を組み合わせた大砲が設置されていた。
大砲の中身は散弾だと思うので、発射されれば負傷者が出る危険性がある。
なので、ここは俺がササっと制圧してしまおう。
街道を大きく外れて飛行して、反貴族派の連中の後ろに回り込む。
「それじゃあ、制圧しちゃいますかね……雷!」
まずは、大砲がある側の七人を雷の魔法陣を使って沈黙させた。
ちょっと強めの魔法陣にしたので、七人とも悲鳴も上げられずに倒れ込んだ。
七人全員が倒れたのを確認してから、街道の反対側に潜んでいる六人も制圧する。
十三人全員を昏倒させた後も、他に隠れている者がいないか入念に調べた。
反貴族派による襲撃というと、ラガート子爵の車列が襲われた時や新王都の巣立ちの儀の騒乱など、四段構え、五段構えの執念深さを想像してしまうが、今回はそうした手の込んだ襲撃ではないようだ。
大砲をシールドで封じ込めた後、通信機を使ってライオスに連絡した。
「ライオス、終わったよ」
「もう終わったのか?」
「うん、たぶん……もうヒゲがビリビリするような気配は無いから大丈夫だと思う」
「そうか、それじゃあ今から向かう」
「了解」
きっと、こいつらなりに準備を整えてきたのだろうが、大砲を発射するどころか剣を抜く暇さえあたえずに制圧してしまった。
同じく制圧するにしても、せめて相手が誰だったのか気付かせてからにすべきだったかな。
元々護送していた反貴族派が二十七人、そこに新たに十三人が加わって、反貴族派は総勢四十人になった。
護送用の幌馬車は大型で、これまでは足を伸ばして座れるぐらいの余裕はあったが、十三人が加わったことで、膝を抱えて座るのがやっとの状況になってしまった。
そこで、護送用の馬車に乗っていたセルージョ、シューレ、ミリアムは野営の資材を積んだ馬車に移り、護送用の馬車と資材用の馬車の順番も入れ替えることになった。
御者台に座っていたライオスとレイラも交代して、ライオスが護送用の馬車の御者台に座る。
本来、大公家が捕らえた反貴族派は、大公家が取り調べを行ってから王国騎士団に引き渡されるが、今回は新王都に向かう途中なので、このまま引渡してしまうそうだ。
「反貴族派の襲撃も撃退したし、俺も馬車に揺られていこうかな」
「何言ってんだ、まだ襲撃があるかもしれないだろう。ニャンゴは上だ、上っ!」
レイラに抱えられて、乳枕を堪能しようかと思ったのに、セルージョに寒空へと追いやられてしまった。
まぁ、周囲を空属性魔法のドームで囲って、温熱の魔法陣を発動させれば温かいんだけどね。
反貴族派にしては杜撰な襲撃だったし、あるいは一部の人間が暴走したのかもしれない。
となれば、もう今日は襲撃は無いだろう……なんて思っていたのだが、怪しい二人組の若い男を見つけてしまった。
「ライオス、怪しい二人組がいる」
「反貴族派か?」
「分からない、格好は旅人だけど木立に入って隠れながら行列の様子を見てる」
「怪しいな、少し様子を探って反貴族派なら捕らえてくれ」
「了解」
二人とも大きな鞄を背負って、ブラブラと歩いている姿は旅人のように見えたのだが、騎士たちの姿を視界に捉えると、慌てた様子で街道脇の木立へと入り込んだ。
一人は水牛人、もう一人は熊人で、どちらもかなり体格が良い。
先程捕縛した連中の中にも、何人か体格の良い男が混じっていたが、こちらの二人の方が体が引き締まっているように見える。
二人から見つからないように、街道を大きく外れて木立の上へと回り込んだ。
空属性魔法で集音マイクを作り、二人の会話を聞いていると、やはり反貴族派の一員のようだ。
話の内容からすると、この二人は偵察要員らしい。
「その話、もう少し詳しく聞かせてくれるかな?」
空属性魔法のスピーカーで背後から声を掛けると、二人ともギョっとした様子で後を振り返った。
熊人の男はパニックに陥っているが、水牛人の男は落ち着いている。
「面倒だから抵抗しないでくれるかな」
俺の問い掛けに、熊人の男は反抗的な態度を示したが、水牛人の男は観念したらしく素直に指示にしたがって武装解除した。
二人が街道に戻ったところで念のために、空属性魔法のラバーリングで拘束してから近付いた。
熊人の男は反抗的な態度で睨み付けてきたが、水牛人の男は落ち着いている。
「エルメール卿、話を聞いてもらえませんか?」
話し掛けて来た水牛人の男は、俺と同年代のように見える。
反貴族派なのに、名誉騎士の俺に対して礼儀正しい態度を崩そうとしない。
「話って何かな?」
「反貴族派の拠点の場所を教えますから、こいつらみたいに騙されて利用されている連中を助けてもらえませんか?」
「ウラード、お前裏切るつもりか!」
熊人の男は拘束されているのも忘れて、水牛人の男に掴み掛かろうとした。
「ランゲ、俺はイルファンたちを信用できないし、あいつらに従っていても利用されるだけで、平民が幸せに生きられる時代なんて来やしないぞ」
話の感じからすると、ウラードという水牛人の男は最近、反貴族派に加わったようだが、幹部と
反りが合わずに反目しているようだ。
ウラードの言うことを信じかけたところで、大公家の騎士に注意された。
「エルメール卿、気を付けて下さい。我々を誘き出す罠かもしれませんよ」
「あっ、そういう事も考えられるのか……」
改めて疑いの視線を向けると、ウラードは意外なことを口にした。
「信じて下さい、エルメール卿。俺はオラシオと同期の見習いだったんですが、昨年末に振るい落されて、旧王都に向かう途中でイルファンという男に反貴族派だと明かされずに誘われたんです」
「えっ、オラシオを知ってるの?」
「はい、ザカリアスも、ルベーロも、トーレも知ってます、同期ですから」
ウラードの意外な経歴を知って、もう少し詳しく話を聞いてみることにした。





