偵察のゆくえ
※今回は反貴族派に潜入した元騎士見習いウラード目線の話になります。
そろそろ潮時だろうか、それとももっと深く潜入を試みるべきなのだろうか。
反貴族派から抜け出すのには良いタイミングだと思うが、その一方で、まだ何も探り出せていないという思いが強い。
幹部の一人、イルファンとは意見を交わすというか、口論する程度のことはできているが、組織の全容とか、もっと上の人間などについては何も分からない。
もっとイルファンとかに媚びへつらっていれば色々な話も聞けるのだろうが、気に入らないことをやりたくないという思いが邪魔をしている。
反貴族派の中に身を置いてみると、末端の者たちの多くは善良な馬鹿だというのがよく分かった。
自分で考える術を奪われて、幹部の言いなりになっているうちに、反貴族の思想を植えこまれてしまっている。
イルファンの命令に逆らって仲間の救出に向かったトリオロたちも、組織に反抗しようと考えている訳ではなく、むしろもっと役に立ちたいと考えているはずだ。
むしろ、組織の在り方に疑問を持ち始めているのは、俺と一緒に偵察に行くと言い出したランゲの方だろう。
イルファンの意図を感じ取って俺を監視するというよりも、俺の行動を見て組織の正しさを確かめたいと思っているはずだ。
「ウラード、偵察するっていうけど、どうするつもりなの?」
「通行人を装って近づくしかないだろうな。着替えとかを鞄に詰めて持っていくぞ」
「分かった。他には?」
「身分証を忘れるなよ」
「えっ……身分証?」
「持ってないのか?」
「村から飛び出してきたっきりだから」
「旧王都にいたんだよな? ギルドの登録もしていないのか?」
「うん……」
呆れたことに、ランゲは身分証すら持っていなかった。
これでは、どこかの騎士に身元を問われたら怪しまれるにきまっている。
「しょうがない、もし騎士に捕まるようなことになったら、これからギルドで登録するところだとでも言っておけ」
「ウラードは身分証を持ってるの?」
「持ってるぞ、まだEランクだがな」
普通、冒険者ギルドに登録する場合にはFランクからのスタートになるのだが、三年間騎士団で訓練を受けていた恩恵でEランクで登録できた。
まぁ、それきりランクは上がっていないのだが、三年でEランクは珍しくないそうだ。
「俺も登録しておけば良かったのかな?」
「そうだな、身分を保証されるってのは大きいぞ。自分は怪しい人間ではないと証明できるんだからな」
「そうか、これからでも登録した方が良いのかな?」
「当然だろう。というか、なんでイルファンたちは、そうした世話を怠っているんだ?」
「さぁ……ギルドは国や貴族と繋がっているから……とか、聞いたような気がする」
「はぁぁ、ランゲ自身のことなんだから、もう少し真剣に考えろ」
「そうだな」
掘っ立て小屋に戻った俺たちは、着替えなどを詰めた鞄を担いで旅人を装って廃村を出た。
「急ごう、ウラード。行列に接触していなければ、トリオロたちを止められるかもしれない」
「慌てるな。旅人は何もないところで走ったりしないし、理由も無く速足でも歩かないぞ」
騎士の訓練場で不審者を見抜く方法として教えられた。
旅人は一日の行程を考えて歩くから、妙に急いでいる者には何らかの理由があり、つまりは怪しい人物と思われるのだ。
ランゲには訓練場の話はできないので、スリや置き引きを見抜く方法だと言っておいた。
「やっぱりウラードは色んなことを知っているな」
「言っただろう。知らないと、奪われて利用されるだけだって」
「そうか、俺ももっと色んなことを知らなきゃ駄目なんだな」
ゆっくり歩くように促しながら、ランゲと一緒に街道を目指す。
二時間ほど歩くと新王都と旧王都を繋ぐ街道に突き当たったのだが、そこからどちらに行くかが問題だった。
「どうした、ウラード」
「いや、あいつらどっちに行ったのかと思って」
「あっ、そうか。右か……左か……」
右に行くと旧王都、左に行くと新王都だが、トリオロたちが向かった方向が分からない。
「足跡……なんて残ってないか」
このところ雨が降っていないので、道が乾いていて足跡は分からない。
というか、とっくに襲撃は行われてしまっただろうし、良くて全員捕縛、悪くすれば全員殺されているだろう。
騎士訓練場にいた頃、グロブラス領で反貴族派の罠にはまったオラシオたちの話を聞いた。
実戦でのエルメール卿の容赦の無さは、幼馴染のオラシオでさえも恐怖を感じるほどだったそうだ。
名誉騎士になる功績を上げた新王都での巣立ちの儀の襲撃でのエルメール卿の奮闘は、王国騎士の間でも語り草となっているそうだ。
そんな相手に、ロクな訓練も受けていない寄せ集めが向かっていったところで結果は目に見えている。
昨晩、トリオロと口論になった時にも、俺は怖いとか怖くないとかいうレベルではなく、向かっていくのは現実が見えていない馬鹿だと言ったのだ。
それなのに、ビビっているとか、腰抜けとか、勝手に盛り上がった挙句に本当に突っ込んで行ったのだから救いようがない。
「とりあえず、旧王都の方へ向かおう」
「分かった!」
「だから、そんなに慌てて歩くな」
「ご、ごめん。でも気になるだろう」
「いいか、俺たちは旧王都に仕事を探しに行く旅人だ。仲間を救出に向かった身の程知らずの連中なんて関係ないと思え」
「分かった……」
仲間思いのランゲは、分かったと言いつつ不満そうだ。
この調子では、トリオロたちが捕まっているのを見たら突っ込んで行きそうだ。
俺たちの姿は鞄を背負い、護身用の短剣を腰にさげた旅人そのものだ。
そもそも、こんな格好では騎士とだって戦えない。
「俺たちの目的は偵察、見るだけだ。間違っても助けようなんて考えるなよ」
「分かった」
実力、装備、人数、何一つ勝てる要素なんか無いんだと釘を刺すと、ようやくランゲは納得したようだった。
早足になりそうになるランゲを引き止めながら、ブラブラと旧王都に向かって街道を歩く。
いっそこのままランゲを連れて旧王都まで行き、ギルドで登録をさせて反貴族派から足抜けさせてやろうかと思っていたら、遠くに鎧を着た騎士の一団が見えた。
「ウラード、あれじゃないか?」
「道の脇に隠れるぞ」
街道脇の林に踏み入り、騎士が近付いてくるのを見守る。
「トリオロたちは、どうなったんだろう?」
「ここからじゃ分からないよ」
遠くに見えた騎士達は、ゆっくりと進んでくる。
大公家の騎士団ならば、たとえ馬車が一緒だとしても、もっと速く進んでもおかしくないはずだ。
もしかすると、トリオロたちが襲撃を仕掛けたせいで警戒を強めているのだろうか。
「ウラード、トリオロたちが捕まっていたら、何とかして逃がせないかな?」
「無茶言うな、エルメール卿が護衛に付いてるんだぞ。それに、俺たちは武器も、実力も、人数も足りないって言っただろう」
「でも、せめて何とか連絡だけでもできないかな?」
「連絡って、何を言うつもりだ? お前らが捕まったのは確認したぞ、でも助ける当ては無いとでも言うつもりか?」
「いや、希望を捨てるなとか、きっと助けに行くとか……」
「あのなぁ、本気で助かりたいと思うなら、組織について知ってることを洗いざらい喋って協力するしかないぞ」
まだ少し距離はあるが、騎士や馬車には襲撃を受けたような痕跡は見えない。
砲を一本持ち出したと聞いたが、まだ襲撃していないのか、それとも襲撃したけど完封されたのか、どちらなのかは分からないが、何となく後者っぽい気がする。
「仲間を裏切れって言うのかよ」
「このまま反貴族派にいることが、本当に幸せに繋がると思うのか?」
「でも、少なくとも飢えずに済む」
「あんな生活を何年も続けるのか?」
「ウラードみたいに物を知っているなら街でも暮らせるんだろうが、田舎暮らししか知らない俺には無理だ」
「お前、旧王都で暮らしてたんじゃないのか?」
「荷物を受け取りに行く以外は、あんまり外に出るなって言われてたから……」
「なんだよ、せっかく旧王都にいたのに勿体ない」
そうランゲに言いながらも、自分も三年間新王都にいながら殆ど訓練場で過ごしていたのを思い出して苦笑いした。
「ウラード、近付いてきたよ」
「捕まっていたとしても幌馬車の中じゃ見えそうもないな」
「イルファンさんには何て報告する?」
「ありのままを伝えるしかないだろう」
「黒い悪魔はどこにいるんだろう?」
林の中から近付いてくる行列を見守りながら、ランゲと言葉を交わしているが、エルメール卿の姿は見当たらない。
「まさか、別の一行なのか?」
「でも、あれは大公家の紋章だよ」
「そうか……じゃあ、何も分かりませんでしたって報告するか」
「そんな……それじゃ役立たずじゃないか」
「その話、もう少し詳しく聞かせてくれるかな?」
突然後ろから声を掛けられて、ランゲと一緒に振り向いたが誰もいない。
「だ、誰だ!」
ランゲが周りをグルグルと見回しながら声を上げた。
「馬鹿、声がデカい!」
気付くと騎士や馬車は動きを止めている。
「面倒だから抵抗しないでくれるかな」
今度の声は、頭の上から降ってきた。
腕組みして俺たちを見下ろしている黒猫人の姿に気付いて、ランゲが短剣に手を掛けたのを見て慌てて止めた。
「やめておけ、敵う相手じゃない」
「でも……」
「エルメール卿、投降しますので話を聞いてもらえますか?」
「じゃあ、剣を腰から外してそこに置いて、両手を頭の後ろに組んで街道まで歩いて」
「分かりました。おい、言う通りにするぞ」
「分かった……」
渋々といった様子で腰から短剣を外したランゲを促して街道へ向かって歩く。
一体どこから見られていたのか、どの時点で気付かれていたのか分からないが、騎士見習いから振り落とされた俺と名誉騎士のエルメール卿では、最初から勝負になんかならないのだろう。





