幹部の企み
※今回は反貴族派の幹部イルファン目線の話になります。
旧王都に行けば何とかなる。
半年前までは、そう言われていたし、実際その通りだった。
旧王都はダンジョンによって栄えてきた街だ。
ダンジョンは先史文明の地下都市だとされてきたもので、様々な物が発見された。
見たこともない金属で作られた加工品や精巧なガラス製品、用途不明の魔導具の残骸など、今の技術では再現不可能な品物は高値で売買された。
素人の目にはガラクタにしか見えない品物が、オークションに掛けられると好事家によって目玉が飛び出すような値段になった。
まさに一攫千金といった状況だが、そうした品物が眠っているのは光も届かない、危険な魔物が潜んでいる地下深い場所だ。
それ故に、挑むのは命知らずの者に限られていたし、まとまった金を手にすれば探索稼業から足を洗うのが普通だった。
勿論、潜ったままで戻って来ないというのも珍しくなく、旧王都は常に命知らずな奴らを求めていた。
命懸けでダンジョンに挑む探索者を集めるために、旧王都では他の領地に比べると身元の確認が緩かった。
例え、他の土地で罪を犯してお尋ね者となっていても、ダンジョンからお宝を持ち帰ってくるなら目を瞑ろうという方針だったのだ。
身元確認が緩いのは、俺たち反貴族派にとっても有難い状況だった。
組織の中には、反貴族派とは名ばかりで窃盗や詐欺、強盗などを繰り返して追われている者もいる。
資金集めや荒事には役に立つから飼っているが、そうした状況も旧王都に良く似ていた。
旧王都にいくつかのアジトを構えて、資金調達やら人材集めなどをしてきたのだが、ある出来事をきっかけにして状況は一変する。
それは、ダンジョンの崩落だ。
崩落の原因は、誰とも知らぬ人間が地竜を討伐しようと粉砕の魔道具を使ったからとされ、それが反貴族派の仕業と断じられたのだ。
実際、粉砕の魔道具を複数持ち逃げして行方が分からなくなった若造がいたし、そいつらが流れ者の裏組織の男とツルんでいたという話も聞いている。
あるいは、本当にそいつらがダンジョン崩壊の切っ掛けを作ったのかもしれないが、それによって旧王都を取り巻く状況は一変してしまった。
他の土地と同様に、いや他の土地よりも厳しく身元確認が行われるようになってしまった。
同時に、大公家の騎士団、官憲、それにギルドまで加わって、反貴族派の取り締まりが大々的に行われた。
取り締まりによって何人もの構成員が捕らえられ、アジトを急襲され、俺たちの組織は急速に弱体化した。
このまま旧王都に拠点を置いておくのは危険だと判断し、俺たちは移転先を探した。
そして見つけたのが、水害を理由に打ち捨てられた廃村だった。
住む者も無く、訪れる者もいない廃村は、反貴族派が隠れ住むのに適していた。
俺たちは、この廃村を拠点として組織の立て直しを図ることにした。
幸い旧王都で溜め込んだ資金は持ち出せたが、人員の減少は顕著だった。
大公家によって捕らえられた者もいれば、身の危険を感じて組織から逃亡した者もいたようで、一番多かった時の半分以下まで人数は減っていた。
そこで幹部の中でも、お尋ね者になっていない俺がスカウトに乗り出したのだ。
単純に人を増やすだけならば難しくない。
どこの土地にも食いっぱぐれている連中は存在している。
そうした連中は、食い物さえ与えてやれば言う事を聞かせられるが、役に立つとは限らない。
食うに困っているような奴らは、そもそも才覚に乏しいから貧しいのだ。
そうした連中を拾ってきても、使えるようにするには時間が掛かる。
それよりも、即戦力として使えそうな人材が必要だ。
体格が良く、それでいて世の中に不満を抱いているような連中だ。
ただし、あまり悪事に慣れている連中も使いにくいし、下手をすれば金を持ち逃げしかねない。
お尋ね者になるほどスレておらず、それでいて不満を感じている若い男……こいつならと目を付けて連れてきたのがウラードなのだが、どうも望んでいたような人材ではないようだ。
乗り合い馬車で出会った時には、自分は物を知らない、頭も良くないと言っていたのだが、どうやらそれは新王都では……ということらしい。
田舎の村で不遇を囲っている若い連中は、本当に物を知らないし、世間を知らない。
それだけに食い物さえ与えて、難しいことは俺たちがやってやると言っておけば、思い通りに動かせた。
だがウラードは、新王都で痛い目に遭ったようで、何かにつけて疑り深い。
それに、新王都で暮らしていたから、色々な情報を知っていた。
それこそ、俺でさえも知らないエルメール卿の話まで知っていて、他の連中のように舌先三寸で丸め込むのは難しいようだ。
組織の若い連中の中では古株だったランゲに面倒を見させたのだが、組織のやり方に馴染ませるどころかウラードに感化され始めている。
元々考えなしに生きてきた若造を集めて、そのまま考えさせずに手足のように使えるから、俺たち幹部は危険な目にも遭わずに金や物を手に入れられるのだ。
それなのに、ウラードの野郎はランゲたちに考えろと言って回っている。
しかも、幹部に頼りきりでは駄目だとか、黙って従っていろでは悪徳貴族と同じだ……などと言われ、止めるに止められなくなってしまった。
今はまだ、ウラードが組織の中で浮いている状態だが、他の若い連中と口論になる度に感化される者が増えているように感じる。
このままでは、反貴族を理由にした不法行為がやり難くなりそうだ。
もっと早く気付いて追い出してしまうか、あるいは始末してしまえば良かったのだが、感化されるにしろ、反感を買うにしろ、ウラードの存在感は大きくなりすぎた。
どうやってウラードを排除するか頭を悩ませていると、若手の一人が血相を変えて飛び込んで来た。
「イルファンさん、大変です!」
「どうした?」
「トリオロたちが仲間の救出に向かったみたいです」
「はぁ? 黒い悪魔が出て来たから作戦は中止だと言っただろうが!」
「それが、ウラードと口喧嘩になって……売り言葉に買い言葉というか……」
「くそっ! またウラードか!」
トリオロは虎人の男で、若手の中では一目置かれている存在だ。
新入りのウラードとは、事ある毎に対立していた。
「いえ、ウラードは止めておけって言ってたんですけど、トリオロがムキになって……どうすれば……?」
「トリオロの他に何人出ていった? 出ていったのはいつだ?」
「全部で十人前後だと思いますが、夜明け前に出ていったみたいです」
「はぁぁ……もう手遅れだ」
夜明け前に出ていったとすると、今頃は護送の列に遭遇している頃だ。
「奴らは何か持ち出して行ったのか?」
「砲を一本持ち出したみたいです」
「馬鹿が、砲一本で黒い悪魔が倒せる訳ないだろうが!」
黒い悪魔ことニャンゴ・エルメールは、反貴族派にとっては天敵のような存在だ。
これまでに、何度も襲撃を邪魔されて、多くの仲間を殺されたり捕まえられたりしている。
こちらが甚大な被害を受けているのに、向こうはかすり傷一つ負っていないのだから、相性が悪いどころではない。
「イルファンさん、トリオロを見殺しにするんですか?」
「見殺しではない、今から追い掛けていっても何も出来ないだけだ。いや……待てよ。おい、ウラードを呼んで来てくれ」
「分かりました」
しばらくして現れたウラードは、ランゲを連れていた。
「何か用か?」
「トリオロたちが仲間の救出に向かったらしい」
「中止にしたんじゃないのか?」
「勿論中止にしたが……お前が自分で考えて行動しろとか言ってるから、俺たちの命令を聞かなくなったんだろうが。どうするつもりだ!」
「どうするも何も、トリオロが自分で判断した結果だろう。俺がとやかく言うことじゃないだろう」
「そうやって責任逃れするつもりか?」
「何で俺の責任になるのか分からんが、どうしろって言うんだ?」
「偵察して来い。せめてトリオロたちがどうなったのか見届けて来い」
ウラードは少し考え込んだ後で頷いてみせた。
「いいだろう、だが見て来るだけだぞ。救出はしない」
「構わん、行って来い」
「イルファンさん、俺も一緒に行ってきます」
ランゲが同行を申し出たから許可してやった。
救い出して来いと言ってもウラードは従わないだろうが、見届けて来いと言えば動くかもしれないという予想は当たった。
黒い悪魔がいるのなら、上手くすればウラードを見つけて捕えてくれるだろう。
ウラードに感化されているランゲも邪魔になりつつあるので、丁度良い機会だ。
掘っ立て小屋の方へと歩み去る二人を見送りながら、この時ばかりは黒い悪魔の活躍に期待した。





