護送開始
大公殿下からのリクエスト、捕らえた反貴族派の新王都までの護送を行う日が来た。
護送する反貴族派は全部で二十七名、その中の二人は幹部クラスという話だ。
護送は、馬十六騎に馬車が二台という体制で行われる。
反貴族派の連中は四頭立ての大きな幌馬車にまとめて放り込まれ、もう一台の馬車には野営のための資材が積まれている。
王都までは順調にいけば四日の道程だが、当然反貴族派による襲撃が予想される。
襲撃があった場合に一般人を巻き込まないように、街の中には宿泊せず道中は野営を行うそうだ。
大公家の騎士団からは、騎乗する十六人の他に馬車の手綱を握る二人、そして護送中に監視を行う二人、合計二十人の騎士が参加する。
そこに俺達チャリオットのメンバーが加わる形だ。
前を走る資材を積んだ馬車の御者台にライオス、護送用の馬車の御者台にレイラ。セルージョ、シューレ、ミリアムは、護送用の馬車の荷台に反貴族派の連中と一緒に乗る。
セルージョは普段通りに後ろからの襲撃に備えるためで、シューレはミリアムに反貴族派の連中の様子を見させるために一緒の馬車に乗るそうだ。
テオドロの尋問の時もそうだったが、シューレはミリアムに冒険者のダークサイドも徐々に見せていこうと考えているようだ。
ミリアムが冒険者として独り立ち出来るかどうかは分からないが、シューレは可能なかぎり可能性を与えるつもりらしい。
まぁ、大人しく抱き枕役を務めてくれるミリアムをシューレが手放すとは思えないけどね。
ちなみに、俺は空属性魔法で作ったボードに乗って、空の上から監視を行う。
ライオスとレイラには通信機を預けておくので、連絡は問題なく行える。
待ち合わせ場所である大公家の騎士団の施設に出向くと、護送される反貴族派の連中が牢から引き出されてきたところだった。
馬車に乗せられる前に整列させられた反貴族派の面々に、護送の指揮を執る隊長が訓示を行った。
「これから貴様らを新王都の王立騎士団まで護送する。最初に言っておくぞ、逃げ出そうなんて考えないことだ。今回の護送の警備には、ニャンゴ・エルメール卿が加わって下さる。エルメール卿には逃亡した者は射殺して構わないと伝えてある。無駄な足掻きはやめておけ」
隊長の訓示だけを聞くと、いかにも反貴族派の連中が脱走を目論んでいるように思えるかもしれないが、その心配は殆ど無いようだ。
反貴族派の面々は、大公家の騎士団や官憲によって厳しい取り調べを受けたようで、脱走を試みる気力が残っていそうな者は見当たらない。
文字通り、死なない程度の取り調べだったようで、死んではいないが、生きているといって良いか疑問が残るような状態だ。
全員が手枷を嵌められ、数珠繋ぎにされて馬車の荷台に乗せられたのだが、数段の階段を昇るのもやっとという感じだ。
生成りの囚人服の背中には、どす黒い染みが出来ている者もいて、おそらく血が滲むほど鞭や棒で叩かれたのだろう。
反貴族派の連中が馬車に乗り込む様子をセルージョやシューレは平然と見守っていたが、やはりミリアムは顔を強張らせていた。
体格的にも、性格的にも、ミリアムは荒事には向いていない気がする。
早朝に旧王都を出発した一行は、実にノンビリとしたペースで進んでいく。
馬車が一緒であっても、急げば新王都まで三日で着けるが、ゆっくりと進んでいるのは反貴族派の襲撃を誘う意味もある。
出発前に、大公家は今回の護送に俺が参加するという情報を街に広めたそうだ。
俺の名前に怖気付いて襲撃を諦めるならそれでいいし、あえて襲撃してくるならば返り討ちにして捕らえてしまおうという作戦らしい。
ていうか、俺を狙って総力戦を挑んできたらどうするつもりなんだろう。
いくら俺でも守るには限界がある。
ヤワな襲撃程度は跳ね返すけど、物量で押し込まれたら危ういかもしれない。
ピンチを招かないためにも、先手を取られないようにしたい。
いつもならボードを空属性魔法のドームで囲い、ヌクヌクな空の旅を楽しむところだが、今日は囲いを付けず、寒風に晒されることで気を引き締めた。
「ニャンゴ、異常は無いか?」
「今のところは何も無い……あっ、ちょっと待って、前から馬車が来る」
「先行して様子を探ってくれ」
「了解」
車列の上空を離れ、回り込むように先行して横から様子を探る。
「見た感じでは商人の幌馬車みたい……御者台には商人風の男と冒険者風の男が乗ってる」
「荷台中は覗けそうか?」
「ちょっと待って……箱とか毛織の敷物が見える。それと荷台にも一人冒険者風の男が乗ってる」
「分かった。戻って守りを固めてくれ」
「了解」
反貴族派といえば、粉砕の魔道具を使った自爆攻撃が頭に浮かぶ。
この商人風の男達が反貴族派だった場合、擦れ違いざまに自爆……なんてこともあり得る。
こちらの車列と擦れ違う時には、俺が空属性魔法のシールドで仕切りを作ることになっている。
騎士が率いる車列が近付いているのに気付いた幌馬車の御者は、馬車を街道の脇に寄せると、護衛らしい冒険者風の男と共に道の脇に跪いて頭を下げた。
通常、騎士が車列を率いていても、ここまで敬意を示すことはない。
やはり、何か企んでいるのかと思い、商人の馬車をシールドで囲み、いつでも制圧出来るように準備を整えたのだが……何事も起こらなかった。
念のために商人風の男と冒険者風の男のところに空属性魔法で作った集音マイクを設置しておいたが、聞えて来たのは商売人らしい会話だった。
「旦那、こんなに仰々しく頭を下げなくても大丈夫ですよ」
「馬鹿を言うな、何もせず馬車を走らせて擦れ違ったとして、不遜な奴だと顔を覚えられたら、後々商売の足を引っ張ることになるかもしれんだろうが!」
「いやぁ、覚えてなんかいないっすよ」
「そんな事は分らんだろう。礼儀正しい奴だと覚えてもらえて、大口の契約を結べるかもしれんぞ」
「いやぁ、無理だと思いますよ。箱馬車だったらまだしも、幌馬車には貴族様は乗ってませんよ」
「それは冒険者の考えかただろう。我々商売人は、僅かな可能性も見逃さずに積み上げていくもんなんだよ」
恰幅の良い羊人の商人は、俺達の車列が通り過ぎていくのを見送ると、そそくさと馬車に乗り込んで旧王都の方角へと去っていった。
一応、商人たちの会話はライオスに伝えておいた。
反貴族派の襲撃があるとすれば、旧王都に近い場所で行われると思っていたのだが、結局一日目は何事も起こらず野営地へと到着した。
明るいうちに野営の準備を始め、夜の間はチャリオットメンバーと大公家の騎士が合同で警戒にあたる。
「ニャンゴは休んでいて良いぞ。魔法を使いっぱなしで疲れただろう。明日も上空から警戒してもらわないといけないから、ゆっくり休んでくれ」
「ありがとう、ライオス。魔力回復の魔法陣を使っていたから魔力は足りているけど、馬車が来る度に警戒していたから気疲れしちゃったよ」
資材を降ろした馬車の荷台に、空属性魔法のクッションを敷いて丸くなろうとしたのだが……レイラに捕まってしまった。
野営地だから丸洗いの御奉仕はないけれど、いつも通りに抱き枕を務める羽目になった。
「ニャンゴが一緒なら、冬の野営もポカポカね」
「俺はレイラの湯たんぽじゃないよ」
「当り前でしょ。ニャンゴは私の大切な人なんだから、湯たんぽなんかと一緒にする訳ないでしょ」
そう言いつつも、レイラは俺を腕の中に抱え込んで放そうとはしない。
まぁ、レイラとくっついていると俺も温かいから良いんだけどねぇ……踏み踏み。





