幹部との対決
※今回は反貴族派に潜り込んだウラード目線の話になります。
唐突にランゲが文句を言って来た。
「ウラードのせいで怒られちまったじゃねぇか!」
「何がだ?」
「何がだじゃねぇ、ウラードが俺に考えろって言ったんだろう」
「そうだが、それでどうして怒られるんだ?」
「面倒なことは幹部の皆さんが考えてくれるんだから、俺達は心配しなくていいんだよ!」
この前、幹部に頼り切りではなく自分で考えろと諭したら、ランゲは俺の言葉に従って幹部に質問を繰り返して煙たがられたらしい。
「何も考えずに幹部の言う通りにしてろってことなのか?」
「そうだ、俺達が変に考えたら現場が混乱するだけだ!」
「それはおかしいだろう。何も考えずに働くだけなら、奴隷や家畜と一緒じゃないか。俺達は人間なんだぞ、同じことをやるにしても、何故それをやるのか、どういう意味があってやるのか理解しなかったら成長できないだろう。従う従わないと、考えないことは全く別だぞ」
やはり反貴族派は、ランゲのような善良な馬鹿を騙して利用することで成り立っている組織のようだ。
幹部になれる人材は、何も教えなくても自分が楽を出来る方法に気付いて擦り寄って来る連中だけなのだろう。
「そ、そんな難しい話は俺には分からない……」
「またそうやって考えることを放棄するのか? 仮に幹部に従ったランゲの行動が間違っていたとしたら、その責任は誰のものだ。お前は、自分の行動の責任を他人に押し付けるのか?」
「そ、そんなこと言われたって分からねぇよ! 俺はウラードみたいに頭は良くないんだ」
ランゲにしてみれば、幹部から怒られ、俺からも責められて立つ瀬が無いのだろう。
今の俺の言い方は失敗だ。
「あぁ、悪かった。何も考えていなかった頃の自分を思い出して八つ当たりしちまった。すまん……」
「分かってくれればいいんだけど、ここにはここのやり方があって……」
「いや、ランゲにはすまないと思っているが、何も考えずにここのやり方に従うのは俺には無理だ」
「ウラード……」
「ところで、ランゲを怒ったのは誰なんだ?」
「イルファンさんだが……ちょっ、まさか文句を言いに行くんじゃないだろうな?」
「なにか問題でもあるのか?」
「あるに決まってるだろう! ウラードが文句を言いに行ったら、世話役の俺まで怒られちまう」
「なんでだ。現にランゲは俺が文句を言いに行くのを止めてるじゃないか、それでも俺が勝手に行くんだから、ランゲが責任を負う必要なんか無いだろう」
「そ、それは……そうかもしれないけど……」
こんな事は言いたくないが、ランゲを丸め込むのは簡単だ。
簡単だが、騙して丸め込むのでは、ここの幹部連中と一緒だろう。
「俺はイルファンに手を貸してくれと言われてここに来たが、訳の分からない事にまで手を貸すつもりは無い」
「でも、ウラードだって飯を食ってるじゃないか」
「そうだな、食事の恩義は感じている。感じているからこそ、組織が怪しい行動をするのは見逃せないし、協力もできない。ランゲは、この組織が間違った行動をするのに手を貸すのか?」
「それは……」
「まぁいい、この先はイルファンに聞く」
「ちょっ……待って、ウラード!」
色々と問い詰めてやろうと思っていたイルファンが、ちょうどこちらに向かって来るのが見えた。
探す手間が省けて助かったと思っていたのは、向こうも一緒だったらしい。
「おぉ、ランゲも一緒だったか、それなら話は早い」
「俺に何か用か?」
「あぁ、そろそろ働いてもらうぞ、ウラード」
「何をすればいい?」
「まぁ、話は中でしよう、今日は風が強い」
そう言ってイルファンは、俺とランゲを掘っ立て小屋の中へと誘った。
この掘っ立て小屋では、俺とランゲの他に二人ほどが暮らしているが、今は作業に出掛けている。
「さて、腕っぷしに自信があるお前らには、仲間の奪還を手伝ってもらう」
「仲間の奪還?」
「あぁ、捕まった仲間が新王都へ送られるのを阻止して奪い返す」
「奪い返すって、誰からだ?」
「大公アンブロージョ・スタンドフェルドだ」
イルファンは自信たっぷりに言い放ち、聞いていたランゲはゴクリと唾を飲み込んだ。
「ということは、大公家の騎士が護送しているのを襲うってことか?」
「そうだ。そう聞いただけでは恐ろしいだろうが、ちゃんと作戦は考えてあるから大丈夫だ。お前らは俺達の指示に従って動くだけでいい」
イルファンの言葉を聞いて、ランゲはギョっとした様子で俺の顔を見た。
ランゲの目が、余計なことを言うなと俺に訴えているようだが、その要望には応えられない。
「そもそも、奪い返すという話だが、そいつらは何で捕まってるんだ?」
「無実の罪だ」
「無実の罪? 何もしていないのに捕まったっていうのか?」
「そうだ、だから奪い返すんだ」
「いや、それはおかしな話じゃないのか? なんで何もしていないのに捕まるんだ?」
「それは、俺たちの存在が大公にとっては都合が悪いからだ」
「それって、大公にとって都合の悪いことをやったってことだろう? 何をやったんだ?」
重ねて問い掛けると、イルファンは苛立たしげに眉間に皺を寄せた。
「我々は正しいことをしているだけだ。何も間違ったことはしていない!」
「だから、正しいとか間違っているじゃなくて、何をやったんだ?」
「お前らは、そんな事まで考えなくていいんだ。面倒な事は全部俺達が……」
「駄目だろう、何も考えられないんじゃ奴隷や家畜と一緒じゃないか。正しいと言うなら、何をやったのか話せるだろう。それとも話せないような事をやってるのか?」
「こいつ……」
イルファンは、顔を真っ赤にして目を吊り上げた。
殴りかかって来るか、それとも左の腰に下げている剣に手を伸ばすのかと身構えていると、イルファンはフーっと大きく息を吐いてから、ブルブルっと頭を振ってみせた。
「いいだろう、そこまで言うなら話してやる」
激高するかと思われたイルファンだが、冷静さを取り戻して組織が旧王都で何をしたのか語り始めた。
「大公アンブロージョは、ダンジョンから新たに発見された数々のアーティファクトを独占している。本来、ダンジョンから発見された物は広く世の中に出回って、多くの人がその恩恵を享受すべきものだ。それなのにアンブロージョは、学院と特定の冒険者のみに扱う権利を与え、その富を独占しようとしている。だから我々は、アーティファクトを広く世の中に流通させるために強奪を試みたんだ」
イルファンは、どうだ納得したかとばかりに胸を張ってみせたが、まるで納得など出来ない。
こいつらがやったことは、金目の物の強奪を試みたに過ぎない。
「アーティファクトを特定の人物が扱うのは当然じゃないのか?」
「馬鹿を言うな、どれほどの価値があるのか分かっているのか?」
「価値がある物だからこそ、取り扱いは慎重になるべきだろう」
「どういう意味だ?」
「俺は新王都にいる頃に、王国騎士の見習いと知り合いになった」
嘘は言っていない、俺自身が騎士見習いだったと言っていないだけで、同期の連中とは間違いなく知り合いだ。
騎士の見習いと知り合いだと聞くと、途端にイルファンは警戒するように表情を引き締めた。
「その騎士見習いの同期にエルメール卿の幼馴染がいるそうで、時々エルメール卿本人が顔を出していたそうだ」
「それとアーティファクトに何の関係がある?」
「何を言ってんだ。今話題になっているアーティファクトの殆どは、エルメール卿が発見したものだろう」
「そ、それで、どうしたんだ」
「その知り合いの騎士見習いもアーティファクトの実物を見せてもらったそうだが、ただのタイルにしか見えなかったそうだぞ」
残念ながら俺もアーティファクトの実物は見せてもらえなかったが、オラシオと同室のルベーロから詳しい話を聞いている。
ただのタイルにしか見えない黒い板が光り、恐ろしく精細な絵が見れて、その絵が動き、音まで鳴るそうだ。
エルメール卿の手元を見ていたが、何をどうしているのか全く分からなかったそうだ。
「だ、だからどうした。見た目がどうであろうと、独占する理由にはならんだろう」
「いや、なるだろう。知識が無い者が見たら価値が分からないんだから、最初は知識がある者が扱って、その知識を広めた上で世の中に流通させるのが正しいんじゃないのか? そもそも、アーティファクトを奪ったとして、ここの連中に扱えるのか?」
「ぐぬぅぅぅ……」
別に煽るつもりは無かったのだが、イルファンは再び顔を真っ赤にして歯を食いしばった。
「それでは、我々の行動が間違っていたと言うのか!」
「そうだ、間違っていた」
「貴様……」
「その間違いを招いたのは、幹部たちだけで考えて、組織全体で考えなかったからじゃないのか? そもそも人間は間違う生き物だろう。だったら、より多くの人間で知恵を絞って間違えないようにしないと駄目じゃないのか? 黙って従っていろじゃ、悪徳貴族の連中と同じじゃないか」
「こいつ……」
いよいよイルファンの忍耐が限界を迎えたかと思った時、小屋の外からイルファンを探す声が聞こえてきた。
「イルファンさん! どこですか! イルファンさん!」
「ここだ! 何かあったのか?」
「大変です、黒い悪魔です」
「エルメール卿がどうした?」
「護送の護衛に加わったそうです」
「なにぃ! くそっ、作戦は中止だ!」
イルファンは俺とランゲを放置して、探しにきた若い男と一緒に幹部が集まる建物の方へと去っていった。
対決が中途半端な形で終わってしまい、手持ち無沙汰を感じていると、ランゲに声を掛けられた。
「ウラード、お前は何者なんだ?」
「俺か? 新王都で仕事をクビになって、旧王都に行こうとしていた途中でイルファンに誘われた者だ」
「いや、そういう話じゃなくて、どうしてそんな知識があるんだ?」
「新王都で食っていこうと思うなら、この程度の知識は当たり前だぞ。新王都では、人の好い馬鹿は悪党に利用されちまうからな、騙されたくなきゃ賢くなるしかないんだよ」
「そうなのか……」
そう言うと、ランゲは俺から視線を外して何やら考え込んでいた。
善良な馬鹿に、少しは刺激を与えられているみたいだ。





